東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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EX17

 白銀の大きな翼。両手を覆う白い鱗。ブン、と一振りするだけで突風が起こるほど巨大な尻尾。目は爬虫類のように瞳孔が縦長く、鋭い牙が生えている。

 それはまさに人間と竜種(ドラゴン)が融合した姿そのもの。弾幕ごっこ(お遊び)ではありえないほどの濃密な殺気に背筋が凍りついた。

「怖いか?」

 その威圧に身動きが取れないでいると不意に『万屋』は私に問う。たった四文字の言葉を発しただけで冷や汗が止まらなくなる。

 ああ、きっと私は怖いのだろう。弾幕ごっこに慣れてしまったせいで忘れていた死の匂い。彼が弾幕ごっこを無視すれば一瞬で殺されてしまう事実。

「怖くないわ」

 震える声はそのままに私は自然と笑みを浮かべてそう即答した。

 確かに『万屋』は私のことを簡単に殺すことができるかもしれない。だが、あくまでもそれはただの事実である。現実ではない。

 彼はそんなことしない。

 何の根拠もなく、まだ彼のことを思い出したわけではないのにそう信じることができた。信じることができたのなら怖がる必要はない。ただそれだけ。

「……そうか」

 私の答えに『万屋』は微かに笑みを浮かべ、大きく翼を広げた。それと同時に彼の目の前に1枚のスペルカードが現れる。弾幕が来る。早苗のアミュレットにお札を装填しなおし、お祓い棒を構え――。

 

 

 

 

 

 

「逆鱗『青龍の慟哭』」

 

 

 

 

 

 

 ――『万屋』がスペルを発動すると同時に真上に向かってエネルギー砲を放ち、世界から音が消えた。

 そのあまりの威力に音が消し飛び、空を覆っていた雲が一瞬にして消滅。それから数秒遅れて凄まじい衝撃が幻想郷を襲う。

「ぐっ……きゃあ!」

 衝撃波で吹き飛ばされないように空中で踏ん張るが最後の最後に数メートルほど吹き飛ばされてしまった。何とか『死の大地』から弾き飛ばされることはなかったが態勢を立て直すのに少しばかり時間がかかってしまう。

 だからこそ、それに気づくのが遅れてしまった。

「……え」

 顔を上げ、彼が放ったエネルギー砲から飛び散る弾幕に思わず声を漏らしてしまう。ゆっくりと、それでいて確実に落下するスピードが速くなるそれはまさに『流星群』。『死の大地』目掛けて落ちるそれらは当たり前のように私へと襲い掛かった。

 慌ててその場で右へバレルロール。巨大な流星弾が通り過ぎていく。

 しかし、それを最後まで見届ける暇はない。すぐに前へと加速し、二つの流星弾の隙間を通り抜ける。ちらりと上を見れば流星群は定期的に発生しているようで、途切れることはないらしい。でも、上から落ちてくる巨大な弾を回避するだけなら――。

(あ……死――)

 そして、視線を前に戻し、こちらに向けて今まさにエネルギー砲を放とうとしている『万屋』を見つけ、死を覚悟した。音を消し飛ばし、雲を消滅させ、余波だけで私を吹き飛ばすほどの威力を持っているのだ、それの直撃を受ければきっと私は消し炭になるだろう。

 そんな当たり前なことを考えながら彼がエネルギー砲を放ち――。

「……あれ」

 ――飲み込まれたにも拘わらず、私はどうしてか生きていた。

 慌てて周囲を見渡せばエネルギー砲どころか、流星弾すら見当たらない。いや、上を見れば流星弾は私を避けるように別方向へ軌道を変えていた。

(まさか……)

 どうやら、『万屋』が放ったエネルギー砲自体に当たり判定はないらしい。それもそうだ。これはあくまで弾幕ごっこ。あれほどの威力を持つ攻撃が当たれば相手は死んでしまう。

 また、エネルギー砲と流星弾は干渉するようでエネルギー砲に飲み込まれている間は完全な安置になる。もしかしたら、派手なわりに避けやすいスペルカードなのかもしれない。

 そう、思った時だった。

「ッ!?」

 『万屋』がエネルギー砲の放出を止め、安置が消えた刹那、流星弾とは他に私を囲むように無数の弾が弾け飛んだ。もちろん、エネルギー砲が消えたので流星弾もそこに加わる。

 ああ、それもそうか。上から降り注ぐ流星弾だってエネルギー砲の余波(・・・・・・・・・)を弾幕として表現したものだ。真横に放っても余波が発生するのは変わらない。

 そんな呑気なことを考えている間に流星弾と余波弾が一斉に私へと迫る。まずはこの状況をやりすぎそう。そう判断して急降下して流星弾と余波弾を回避しようとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前で流星弾と余波弾が激突し、小さないくつかの星弾が弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ」

 クルクルと回転しながらこちらへ向かってくる星弾を紙一重で躱しながら顔から血の気が引いていく。

 上からは巨大な流星弾。

 左右から巨大な余波弾。

 そして、流星弾と余波弾が激突すると小さな星弾へと変わる。

 また、『万屋』が実体のないエネルギー砲を放てば弾幕の軌道が変わり、弾が増え、戦況がかき乱される。

 ああ、そうか。このスペルカードには全く法則性がない。つまり、攻略法のない、気合で避けるしかない弾幕なのである。

(でもッ!)

 法則性がないとしてもエネルギー砲が放たれればその中は安置になる。数秒程度しかないが、周囲から弾がなくなることが大事だ。エネルギー砲の中に入ればまだ勝機はある。

 私は増え始めた小さな星弾をお祓い棒で殴り飛ばしながら『万屋』を観察する。彼は再びエネルギーを口内へ溜め始め、首だけ右を向いた。急いで右へ移動しようと思ったが、嫌な予感がしたので急停止。私のすぐ目の前を流星弾が落ちていった。

「――――――――」

 流星弾に足止めを喰らっている間に『万屋』が右方向へ3発目のエネルギー砲を放つ。そして、そのまま左へと横薙ぎに首を振るう。もちろん、エネルギー砲もその動きに合わせて左――私の方へと向かってきた。

「くっ」

 エネルギー砲の余波に押されるようにこちらへ飛んできた流星弾やら余波弾やら星弾を躱し、一瞬だけエネルギー砲が私を飲み込んで通り過ぎていく。そのおかげで私の周囲の弾はなくなったが、エネルギー砲が通り過ぎた後には新たな余波弾が生まれ――。

(これは、さすがにきついわね!)

 駄目だ。エネルギー砲の中に潜り込む暇がない。流星弾が、余波弾が、星弾が。まるで、無数のデブリが浮いている宇宙空間へ放り出されたように全方向から私に襲い掛かってくる。今までスペルカードを使用せずに回避できている方が奇跡かもしれない。

「――――――――」

 そんな私をあざ笑うように再びエネルギー砲が放たれる。今度は下から上へとかち上げるように放たれたため、上から新しい流星弾、出鱈目な動きをしていた弾幕が上へと昇るような軌道に変わった。

 右へ、左へ、上昇、降下、急停止、バレルロール。思考回路が焼き切れそうなほど頭が熱を持っている。

 躱せ、躱せ、躱せ、躱せ。

 お祓い棒で目の前にある邪魔な星弾を撃ち落とし、アミュレットから放たれるお札が余波弾を相殺。とにかく当たらなければいつか終わる。

 右手に緊急回避用のスペルカード――『夢符『封魔陣』』を握りしめ、その時が来るのを待つ。まだか。まだ。早く、早く!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がああああああああああああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、私は弾を躱すことに集中しすぎたのだろう。それが竜種(ドラゴン)の逆鱗に触れた。

 その慟哭が聞こえた時には全てが遅すぎたのである。

 『万屋』が絶叫した瞬間、エネルギー砲を初めて放った時と同じように凄まじい衝撃波が周囲にまき散らされた。

「ぐぅ……」

 なんとか吹き飛ばされないようにその場で踏みとどまった。私の左右を次々に漂っていた弾幕が通り過ぎていく。

(この、ままじゃ……)

 彼は今もなお、叫び続けている。それはまるで街を破壊しようとしていた竜種(ドラゴン)が予想以上に抵抗する人間にイラつきを覚えているようだった。

 ああ、そうだ。きちんと宣言していたではないか、『青龍の慟哭』だと。

 今までは竜種(ドラゴン)(わたし)を破壊する様子を表していた。

 そして、最後まで生き残ったせいで私は竜種(ドラゴン)の怒りを買い――。

 

 

 

 

 

 

 

「ガッ」

 

 

 

 

 

 

 

 ――私と同じように慟哭に飛ばされた小さな星弾が私の右肩に直撃した。


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