通せんぼするように両腕を広げながら私たちを見つめるルーミア。彼女も今までと同じように『万屋』を傷つけないためにやってきたらしいが、正直な話、戸惑いを覚えた。
『闇を操る程度の能力』を持つルーミアは普段、自分の周囲を闇で覆い、太陽の光を遮りながら漂っている妖怪だ。もちろん、妖怪なので普通の人間からしてみれば脅威ではあるのだが、私や魔理沙のように異能を使える人間からするとレミリアのような強大な力を持つ人外に比べたら見劣りする。弾幕ごっこを用いれば私や魔理沙でさえ軽くあしらえるほどだ。
「あー、そこ退いてもらえるか?」
「やだー」
「だよなー」
魔理沙の問いに即答したルーミアはジッと私を見つめている。彼女もフランや小町と同じ目をしていた。『万屋』を思い出せない私を責めるような瞳。それに耐え切れず、私は目を伏せた。
「いや、な? 言っちゃなんだが……お前1人で私たちを止められるとは思えないんだが」
「んー、そうかもね。弾幕ごっこじゃなければ勝てるかもしれないけど……それじゃキョーが悲しんじゃうから」
「ッ!」
「ぶへっ」
そう言ったルーミアはにんまりと笑みを浮かべる。マズイ、と思った時には魔理沙に体当たりして右へと避けた。その瞬間、私と魔理沙がいた場所に氷弾が通過する。
「あっ、避けんなよ! 当たらなかっただろ!」
「ち、チルノ!? なんで、こんなとこ――ぎゃあ!」
「――いいから、早く避けなさい!」
体当たりした勢いでもみくちゃになってしまった私たちの背後にいたのは氷精のチルノだった。彼女の縄張りである霧の湖は随分と遠くにある。魔理沙が驚くのも無理はない。だが、今はそれどころではなかったので早苗から借りたアミュレットを魔理沙にぶつけて私から遠ざける。私と魔理沙の間に無数の弾幕が落ちてきた。
「おっと、外しちゃった。やっぱり、夜目にしないと当たらないなぁ」
「今度はミスティアかよ!」
「おっと、残念ながら私もいるよ! 蠢符『リトルバグストーム』!」
とどめと言わんばかりに私の真下にいたリグルがスペルカードを使用する。彼女の周囲に無数の粒弾が現れ、すぐに弾が大きくなり、周囲へと散らばっていく。いつもなら余裕で躱せるのだが、彼女との距離が近すぎて思うように弾を避けられない。このままでは――。
「さすがに数が多すぎるんじゃないか? 魔符『スターダストレヴァリエ』!」
だが、私が追い込まれる前に魔理沙が無数の星弾を放ち、リグルのスペルを吹き飛ばした。その隙に魔理沙の方へ移動して『博麗のお札』を構える。向こうも態勢を立て直したかったのか、追撃することなく、4人が一か所に集まった。
「ルーミア、チルノ、ミスティア、リグル……これはまた随分と集まったな」
「それだけ『万屋』の人望……いえ、人外望が厚いようね」
『死の大地』まであともう少しというところで複数の敵を相手にしなければならないのは少し辛い。『万屋』が大人しく退治されるとは思えないし、できる限り、力を使いたくないのだが。
――ここで負けたら『万屋』に会わなくて済むのでは?
「ッ……」
脳裏を過ぎったそんな言葉に私は思わず目を丸くしてしまう。今、私は何を考えた? 『博麗の巫女』としてあるまじき思考に一瞬でも揺らいでしまった自分に驚いてしまう。いや、驚いたのではない、失望したのだ。私は、そんな臆病な人間だっただろうか。
「むぅ、倒せなかった」
「でも、相手は2人だし、あたいもいるんだから大丈夫だって!」
「あ、ルーミアの能力でこの辺りを闇で覆っちゃうってのはどう? そうすれば私の歌で皆を『夜目』にできる!」
「いや、そもそもルーミアの闇の中じゃ『夜目』じゃなくても何も見えないんじゃ?」
私が体を硬直させている間、ルーミアたちはごちゃごちゃと作戦会議をしていた。内容自体は子供染みたお粗末なものだが、私たちを本気で倒そうとしているのは伝わってくる。『万屋』のことを一向に思い出せず、自覚のないまま、彼を傷つけようとしている
一方、私は妖精が騒いでいるという理由だけで特に理由もないまま、異変の原因を探しているだけに過ぎない。ふわふわとした根拠だけで『万屋』を傷つけようとしている。
「……第十七問」
「え?」
不意に隣にいた魔理沙がカウンセリングの続きを再開した。まさかこのタイミングで問われるとは思わなかったのでルーミアたちから視線を外し、魔理沙の方を見てしまう。彼女はいつもの勝気な笑みを浮かべてミニ八卦炉を私に向けていた。
「あなたはどうしてそんなに悩んでいるんですか?」
「……は?」
悩んでいる、理由? そんなもの、決まっている。妖精が騒いでいるだけで異変らしい異変ではないのだから、わざわざ自分が動く必要性があるのかわからないからだ。『博麗の巫女』だから、なんて当たり前の建前すら疑い始めている。
自分が何をしたいのかわからない。
自分が何を考えているのかわからない。
自分が何を為すべきなのかわからない。
わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。
「……ふっ、ふふふ……あーっはっはっは!」
どうしていいかわからず、奥歯を噛み締めていると唐突に魔理沙が大笑いし出した。私はもちろん、ルーミアたちも何事かと魔理沙に視線を向ける。
「いやぁ、なんだよその顔……てか、実はお前の顔がおかしくておかしくてずっと笑いそうだったんだからな」
「何が、おかしいの?」
「だって……そんな如何にも悩んでますって顔、お前に似合わな過ぎて」
笑いすぎて目から涙が出たのか、目元をこする魔理沙。こっちは大真面目に悩んでいるのにそれを笑われ、カッと怒りがこみ上げる。
「あんたねぇ!」
「そもそも今までの異変もちょっと迷惑だからって碌な理由もないのに、手当たり次第にぶっ飛ばしてただろ。私からしてみれば今更何言ってんのって感じだわ!」
「……」
確かに。うん、確かに魔理沙の言うとおりだ。今までの私なら異変を解決する理由はもちろん、異変を起こしたという根拠すら考えずに目に付いた相手を適当にぶっ飛ばしていた。そして、何となく向かった先に異変の元凶がいただけにすぎない。
「だから、お前が考えるべきなのはそんな大層な理由だとか、自分の役目だとか考えるんじゃなくて……どうして、今回の異変に限ってそんなに悩んでるかって点だと思うぜ?」
「悩んでる、理由」
「……いいや、むしろ、考えるな。ごちゃごちゃ考えるから悩むんだ。悩む前に動け。考える前に前に進め。色々考えるのは『万屋』に会ってからでも遅くないんじゃないか?」
「……」
ストン、と魔理沙の言葉が胸に落ちた。ああ、そうか。最初からそうすればよかったのだ。いや、違う。今までがそうだったのだ。私に理由なんていらない。ただ怪しい奴をぶっ飛ばして、それっぽいところに向かって、何となく元凶っぽい奴を退治する。それが私だった。
一向にこの胸の蟠りは消えないけれど、その正体も『万屋』に会ってから突き止める。
「……よし、その顔だ。いつも通りに戻ったな」
「そう、かしら」
「ああ、あとは『万屋』に会ってからどうするか、決めろ。そのための……よーいドンの号砲ぐらいは務めてやる」
そう言って魔理沙はミニ八卦炉の銃口を前に――ルーミアたちに向けた。そして、魔理沙の魔力を十二分に注がれたそれは今にも爆発してしまいそうなほど輝きを発している。
「それじゃあ、もう一度質問するぞ……第十七問、あなたはどうしてそんなに悩んでいるんですか?」
「わかりません。その答えは『万屋』に会ってから見つけます」
「ああ、上出来だ! さぁ、『博麗の巫女』の再出動だ、派手にいこうぜ!! 恋符『マスタースパーク』!」
スペルカードが発動すると魔理沙の手にあるミニ八卦炉から極太のレーザーがルーミアたちへと一直線に射出された。ミニ八卦炉を向けられたのを見ていたからか彼女たちは悲鳴を上げながらバラバラに散らばって直撃を逃れる。その隙にレーザーの軌道に沿って一気にルーミアたちを追い越した。
「あ、待って! 絶対にここは――」
「――通さないぜ? 私が、な! ほれ、おかわりだ、たんと味わえよ! 恋心『ダブルスパーク』」
「ぎゃあああああああ!」
背後から連続で『マスタースパーク』を放つ轟音とそれに混じって聞こえる4人の悲鳴に私は思わず合掌する。
だが、すぐに気持ちを切り替え、私は前に進む。
目指す場所は『死の大地』。
会うべき人は『万屋』。
他のことは何もかも『不明』。
さぁ、この気持ちの正体を確かめに行こう。