――よりによって霊夢が読み間違えるなんて……本当に、もう……もう、もうもうもうもう!
悪魔の妹が『万屋』の名前を読み間違えただけで親の仇を前にした子供のようにギロリとこちらを睨んで癇癪を起こした。
――おいおい、もう少し語らせてくれよ。あたいだって霊夢の態度を見て何も思わないわけじゃないんだ。
三途の水先案内人は普段のあっけらかんとした性格にしては珍しく、目を鋭くさせて私を試すように見つめていた。
――むぅ……そこの兎が厄介だなぁ。これじゃあ、霊夢を撃ち落とせないよ。
――がまるで虫けらを見るような目で私を見据え、ただ近くを飛んでいる蠅を撃ち落とすような気軽さで私に攻撃してきた。
――そんなことすら忘れているお前たちに彼と会う資格はない。思い出してから出直せ!
表情豊かなポーカーフェイスは無表情のまま……それでいてはっきりと怒りを顕わにして私を落とすために薙刀を振るった。
――私、これでも怒ってるんです。これだけヒントを得ても一欠けらも思い出そうとしない霊夢さんに。
祀られる風の人間は仲間だった私に背中を向け、怒りで震えそうな声を必死に抑えながら先に行くように助けてくれた。それと同時に最後の情けだと言われたような気がした。
「……ぃ」
どうして、皆は『万屋』を庇うのだろうか。
何故、思い出せない私を責めるのだろうか。
なんで、私は彼のことを思い出せないのだろうか。
「お……む……」
確かに今回の異変は妖精が騒いでいるだけで目立った事件は起きていない。もしかしたら、今回の異変は異変ですらないのかもしれない。
「おい……」
私を止めに来た人たちの言うとおり、『万屋』のことを思い出すまで私は神社に引きこもっている方がいいのだろう。妖精による被害も小町の話では『万屋』が何とかしてくれるのだからわざわざ私が異変を解決する必要は――。
「おいってば!」
「ッ……」
そこまで考えたところで魔理沙の怒声が鼓膜を震わせ、思考の海から浮上した。彼女の方を見ると案の定、魔理沙は呆れたような表情を浮かべていた。その視線に耐え切れなくなり、私は視線を前に戻す。
「なんだ? 気にしてんのか」
「……」
「……お前らしくないな。いつもだったら異変を解決するためだったら相手の言い分なんて無視してただろ」
魔理沙の言うとおり、今までの私ならこんなに悩まずにひたすら異変解決のために動いていただろう。
しかし、今回は何か言われる度に心が乱れる。直感も時々しか働かないし、胸の奥にある蟠りはどんどん大きくなるばかり。確かに私らしくないな、と自覚できるほど今の私は調子がおかしかった。
「こりゃ重症だな」
「……ええ、私もそう思うわ」
「……ああ、そこで認める時点で本当に末期だってのがわかった」
そう言いながら横から感じる魔理沙の視線に思わず身じろぎしてしまう。何も言っていない彼女の視線さえ今の私には攻撃的なものになっていた。
「……なるほど。よし、なら霧雨魔法店出張サービスの時間だ」
「は?」
数秒ほど悩んでいた魔理沙はいつもの勝気な笑みを浮かべ、私の前に移動する。自然と目が合ってしまい、気まずくなって視線を逸らしてしまった。
「まずはカウンセリングだな。いいか、正直に答えろよ? 正直に答えなきゃミニ八卦炉がマスパを吹くからな!」
「……はいはい、わかったから」
そう言ってミニ八卦炉を私に向け、魔力を注ぎ始める魔理沙。このままでは消し炭にされてしまいそうなので仕方なく逸らしていた視線を彼女に戻す。それでも魔理沙はミニ八卦炉を仕舞うことはなかった。
「それは第一問、あなたのお名前はなんですか?」
「……」
「ほれ、答えろよ。マスパは食らいたくないだろ?」
「……『博麗 霊夢』」
「おう、上出来だな! それでは第二問、あなたの職業はなんですか?」
この茶番はいつまで続くのだろうか。それから魔理沙はどうでもいい質問ばかりを繰り返し、私は脅されながらも正直に答えていく。
「じゃあ、第十三問、今回の異変の首謀者は誰ですか?」
「ッ……『万屋』」
だが、突然、異変の質問になり、ギクリとしながらもなんとか答える。その様子を見て魔理沙はニヤニヤ笑いながら更に質問を重ねた。
「第十四問、あなたはその『万屋』と知り合いですか?」
「……おそらく」
「第十五問、あなたはその『万屋』のことをどう思いましたか?」
「色んな人から慕われてるなって」
そうでなければ『万屋』が傷つくからと言って私たちの前に現れたりしないだろう。それは『万屋』に対する印象。
「……」
しかし、正直に答えたはずなのに魔理沙はミニ八卦炉をくいっと一瞬だけ持ち上げ、先を促した。どうやら、今の回答は正直に答えたことにはならなかったらしい。
「……あとは、不器用な人なのかもしれないわね」
「その心は?」
「だって、あれだけ慕ってくれる人がいたのに自分の存在を食べたのでしょう? 何かしらの事情があるにしてもどうして他の人には相談しなかったのかしら」
「他の人に相談した上で仕方なく存在を食べたんじゃないのか? そうするしかなかったとかさ」
「自分の存在を食べられるほどの実力者なのに?」
あくまで
「ふむふむ……では、第十六問、どうして異変を解決しようと思ったんですか?」
「はぁ? そりゃ、妖精が騒いでるから――」
「恋符『マス――』」
「わかったからやめなさい!」
私が止めなければ本気でマスパを撃っていただろう。未だに魔理沙の魔力で満たされた輝くミニ八卦炉を見ながら私は思考を巡らせる。
異変を解決しようとした理由。それはもちろん、自分が『博麗の巫女』だからだ。異変は『博麗の巫女』が解決する。今までもそうだったし、これまでもきっとそうだろう。
しかし、今回の異変は事情が違う。まだ妖精が騒いでいるだけだし、わざわざ私が解決する必要もない。
「……ああ、なるほど」
確かに魔理沙の言うとおり、どうして私は異変を解決しようとしているのだろうか。『博麗の巫女』だから? いいや、違う。
「……第十七問、に行く前にやることができたみたいだな」
「え?」
私に向けていたミニ八卦炉を別の方向へ向けた魔理沙に驚いてその先を見る。そこにはこちらへ接近する人影が一つ。フランたちのように私を撃ち落としにきた奴かもしれない。だが、その人影の正体がわかった途端、私と魔理沙は目を丸くしてしまう。
「……こいつは意外だな」
「ねぇ、あなたたちはキョーを傷つける人間?」
そう言いながら両手を広げ、私たちの前に現れたのは微笑みながらも目が笑っていない宵闇の妖怪――ルーミアだった。