東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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EX10

「……私たちだけに、なっちゃいましたね」

 『死の大地』に向かって飛んでいると不意に早苗が声を漏らす。私と魔理沙は顔を見合わせ、思わずため息を吐いてしまう。

「ちょ、ちょっとなんですかその反応!」

「いや、別にそんなに悲しそうに言うことでもないだろ」

「ええ、私たちの目的はこの異変を解決すること。はっきり言って他の3人は調査の途中でたまたま会っただけの部外者よ」

 咲夜は最初からレミリアとフランを探すために何となく私たちについてきただけに過ぎない。それにあの時点で彼女の目的は達成されている。

 妖夢だって幽々子のお使いを終えるために『万屋』のことを調べていただけだ。きっと、小町を抑えてくれたのは彼女の正義感が強かったから。

 鈴仙は――よくわからない。いつの間にか消えてしまった。まぁ、最初から魔理沙と咲夜が捕まえただけだし、隙を見て逃げ出したのかもしれない。そう、思いながらも何故か彼女も妖夢と同じように誰かと戦うために離脱したような気もする。

 とにかく、最初から異変解決のために動いていたのは私たち3人だけだ。むしろ、咲夜、妖夢、鈴仙が増えたのは相当運がよかった。そうでなければきっと、私たちはフランや小町、――に倒されていたはずだから。

「そう、ですよね……なら、私たちだけで『万屋』さんに会うことになりそうですね」

「……」

「お? どうした、霊夢」

「いえ……きっと、そろそろ――」

「――おっと、そこで止まってもらおうか!」

 私の予想通り、私たちの前に人影が現れ、行く手を塞いだ。フラン、小町、――ときて()人目の刺客。しかし、現れた人物を見て思わず目を見開いてしまう。

「……こころ?」

「この先には行かせないからな!」

 何故か般若のお面を付けているこころが薙刀をこちら――いや、私に向けて叫んだ。確か、般若の面は『怒り』を表している。やはり、彼女も私のことが気に喰わないらしい。

「おいおい、いきなりお前にしたら怒るなんて珍しいな」

「そうですね、こころさんはどちらかといえば無表情なのにノリがいい印象ですし」

「いや、別にノリはいい自覚はないけど……」

 般若を猿の面に変えて困惑したように言うこころ。だが、すぐに狐の面に付け直した。とりあえず、怒りは抑えてくれたらしい。

「あなたたちには悪いけど、ここでリタイアしてもらうから」

「『万屋』に会わせないために?」

「うん。さすがに弟子が傷つくところを師匠が黙って見過ごすわけにはいかないから」

「弟子?」

 どうやら『万屋』は小町だけでなく、こころにも何かを教えてもらったらしい。小町は鎌の扱い方だったが、こころの場合、能楽だろうか。

「無駄話はもうおしまい。戦いましょう」

「え、そんないきなり!?」

「いきなりも何も……あなたたちがここにいる時点で話し合いで解決するとは思っていない!」

 再び般若の面を付けたこころが無表情のまま、声を荒げる。彼女と知り合ってそれなりになるが、あそこまで怒りの感情を露わにしたのはあっただろうか。あったとしてもそれを忘れてしまうほど珍しいことだった。

「今の事態がお前たちにとって異変だったとしても、我々にとって『希望』が帰ってきた。

それはまさしく喜ぶべきこと! それなのに、お前たちはそんな()を無自覚で傷つけようとしている!」

「ッ……ぁ!」

「彼……『万屋』は男なのね」

 こころの言葉を聞いて何故か息を飲んだ早苗だったが、それよりもまた新しい情報を得られた。『万屋』は男。それに我々――少なくともレミリアとフラン、小町、――、こころにとってその男は『希望』と呼べる人物。もしかしたら幽々子にとってもその1人なのかもしれない。

「そんなことすら忘れているお前たちに彼と会う資格はない。思い出してから出直せ!」

 そして、こころは私に向かって弾幕を放つ。咄嗟に右に躱すがそこを狙ってこころが薙刀を振るった。それを体を回転させるように回避して後方へ逃げながら私は舌打ちする。今の私にはアミュレットはなく、使える武器は『博麗のお札』のみ。弾幕はともかく薙刀相手にどう戦おうか。

「霊夢さん!」

 その時、早苗が突然、私の前に出てお祓い棒を構えた。彼女が持つそれは白いオーラを視認できるほど霊力が込められている。金属とぶつけ合っても簡単には壊れないように強化しているのだ。

「先に行ってください! こころさんの相手は私がします!」

「はぁ? いや、ここは3人で戦った方が――」

「――思い出したんです!」

 魔理沙の言葉を遮って叫んだ早苗はあれだけ自慢していた新品のアミュレットの主導権を強引に私へと移す。ただならぬ雰囲気を纏う早苗に私と魔理沙は言葉を失い、こころも薙刀を構えながらも様子を窺っていた。

「思い、出した? もしかして、『万屋』のことを?」

「はい……と、言ってもまだ全てを思い出したわけじゃありません。むしろ、思い出してないことの方が多いです」

 こちらを振り返らずに断言する早苗だったが、その声音には明らかに負の感情が込められていた。悲しみ、怒り、後悔。そして、ちょっとの嬉しさ。

「私と『万屋』さん……キョウちゃんは友達でした。まだ私が外の世界にいた頃からのお友達。大親友でした!」

 『でも』と声のトーンを下げた彼女は肩を震わせ、こころに向けたままのお祓い棒の先端がカタカタと震えていた。その震えは親友を忘れていた自分に対する怒りなのか、悲しみなのか。はたまたその両方か、それ以外か。未だ忘れている私には想像もできなかった。

「私は……忘れてました。あれだけ大切だった友達のことを綺麗さっぱり忘れて生きてたんです」

「それは『万屋』が――」

「――それでも!! 忘れたことには変わらないんですよ」

 私たちが『万屋』を忘れていたのは『万屋』自身が自分の存在を食べたせいだ。早苗だって一緒に調査していたのだ。だが、それが事実だったとしても早苗は忘れていた自分のことが許せないらしい。

「なら、なおさら一緒に行動した方がいいだろ? こっちはまだ思い出してないだから」

「……私、これでも怒ってるんです。これだけヒントを得ても一欠けらも思い出そうとしない霊夢さんに」

「……え?」

 早苗が、私に?

 予想外の言葉に私は間抜けな声を漏らしてしまう。まさか早苗もこころたちのように私と『万屋』が会わない方がいいと思っているのだろうか。もし、そうならば少々面倒なことになる。私と魔理沙で早苗とこころを倒さなければならないのだから。

「ああ……だから、私たちを止めようとしてたんですね。うん、そうです。今になってやっとわかりました。みんな、キョウちゃんが大好きなんですね。だから、彼が傷つかないためにこうやって……」

「なんだ、やっと思い出したんだ。なら、一緒に霊夢たちを落とそう」

 こころは薙刀を構えるのを止めて早苗に右手を差し出す。これはまずいと魔理沙も思ったのか咄嗟にミニ八卦炉を取り出して魔力を込め始めた。しかし、私たちの予想とは裏腹に早苗はその場で首を横に振る。こころの誘いを断ったのだ。

「……確かに今の霊夢さんにキョウちゃんが会えばきっと傷つくと思います。でも、それ以上に……きっと、彼は霊夢さんに会いたいんじゃないですか? 一刻も早く霊夢さんの顔を見たいんじゃないですか?」

「……」

「これは私の勝手な考えです。私はキョウちゃんじゃないから違うかもしれません……でも、これだけは言えます。きっと、この幻想郷の住人の中でキョウちゃんが一番に会いたい人は霊夢さんです」

 早苗の言葉に私は思わず奥歯を噛み締める。『万屋』にとって私は相当重要な存在だったらしい。それは今まで私を目の敵にしてきた人たちの言葉を聞いていればわかる。

 だからこそ、今になっても『万屋』を思い出せない自分が腹立たしかった。今まで思い出せなかった早苗もこころの言葉をきっかけに思い出せたのにどうして私は思い出せないのか。思い出せないせいで肥大し続ける蟠りに吐き気を催す。ぎゅっと心臓を握り締められ続けているような錯覚に顔を顰めた。

「でも、キョウちゃんが傷ついて欲しくない気持ちは私も同じです。もしかしたら、霊夢さんと行動してたら私の気が変わっちゃうかもしれない。だから、行ってください。私の、気持ちが変わらない間に」

「……ああ、行こう。霊夢」

「……」

 早苗の言葉に頷いた魔理沙は私の手を引いて早苗とこころの横を通り過ぎる。こころは――と違い、私たちを追おうとはしなかった。それが私にとって辛かった。もし、ここでこころが私を倒してくれたら『万屋』に会わなくてよかったのに、なんて考えてしまったから。


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