東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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EX9

 小町を抑えるために妖夢を置いてきた私たちは『死の大地』に向かって飛んでいた。その間、私たちに会話はない。今回の異変に纏わる情報を整理しているのか、それとも考えることを止めたのか。はたまたそれ以外の理由なのか。私にはわからないが少なくとも私は小町の情報を整理するのに少々時間がかかっていた。

(フランや小町の態度を見るに……今回の異変の首謀者は私と関わりがある人物)

 しかし、その人物が自身の『存在』を食べた影響を受け、肝心の私が思い出せない状態。小町が言うには時間が経てば自然と思い出すらしいが、その間に妖精たちの被害が大きくなる可能性もあるし、妖精だけでなく、妖怪の類が暴走し始めるかもしれない。そう考えると黙って思い出す時を待つわけにはいかなかった。

(いや……それ以上に……)

 小町の言葉を聞いてからグルグルと渦巻くいくつもの感情。

 苛立ち、悲しみ、怒り、不安、怯え、焦り。

 だが、そんな負の感情以上に別の感情が私の思考回路を鈍らせる。その思いに何故か明確な名前を付けられなかったがこれは負の感情ではないことだけは確かだった。それがわからないことが余計、私の胸を締め付ける。

「……なぁ、霊夢」

 私がなんとか『万屋』のことを思い出そうとしていると不意に魔理沙が私の隣に移動して声をかけてきた。どこか言いづらそうにしている魔理沙をチラ見した後、頷いて先を促す。

「お前、本当に『万屋』のことを覚えてないのか?」

「……覚えてないわ。なにか引っかかることはあるけどそれ以上は何も」

「……」

「……何よ」

 何か言いたそうに私の方を見続ける魔理沙の視線に耐え兼ね、問いかけると彼女は『いや、何も』と言って後ろに下がった。本当に何だったのだろうか。気になることがあったのなら『万屋』を思い出すきっかけになるかもしれないので言って欲しかったのだが。

「それで現実的な話……その『万屋』さんは一体、何を企ててるんですかね?」

「……きっと何も企ててないわ」

 早苗の疑問に私は率直な意見を述べる。

 小町に『万屋』について聞いた時、彼女は今の異常が異変だと認識していなかった。それこそ『放っておけば『万屋』が何とかする』と断言するほどに今の状態に危機を覚えていなかったのである。

 それに彼女の反応からしてレミリアやフラン、小町は自主的に私たちの前に立ちはだかったのだ。

「私たちを止める理由は何? 『万屋』って人が何も悪いことをしてないのなら私たちを止める意味なんて――」

「――言ってただろ。私たち……いや、今の状態の霊夢に会うとその『万屋』が傷つくってさ」

「傷つく……どうして傷つくんですか?」

「そこまでは知らん」

 鈴仙の疑問に答えた魔理沙だったが早苗のそれには肩を竦めた。小町は私が思い出すまでは待って欲しいと言っていたのでそこがポイントなのだろう。

 今の私に会うことで『万屋』が傷つく。しかし、私が思い出したら『万屋』は傷つかない。

 ならば、その『万屋』は私が忘れている状態で会うことがアウトなのではないだろうか。まだ情報が足りないので憶測の域を超えないが、何となく(・・・・)間違っていないような気がする。

「とにかく今はその『万屋』がいるかもしれない『死の大地』に――」

「――霊夢さん!」

 突然、鈴仙が私の巫女服の襟を掴んで急上昇する。妖怪の腕力に私は逆らえず、呻き声を漏らしながら彼女の後を追うように高度を上げた。

「……え?」

 その刹那、先ほどまで私がいた場所を大量の弾幕が通り過ぎていく。もちろん、遠くから狙い撃ちされたのではない。そうなら鈴仙に助けられる前に気づいている。今の弾幕は文字通り突然、現れたのだ。

「おっと」

「きゃっ!?」

 私の後ろを飛んでいた魔理沙と早苗は左右に分かれるように回避することで何とか弾幕をやり過ごした。もし、鈴仙が間に合っていなければ私は今頃、弾幕の直撃を受けて墜落していただろう。あの弾幕にはそれほどの威力が込められていた。

「ありゃりゃ、外しちゃった。見えてないはずなのに」

 弾幕の出処を探すために周囲を見渡しているとどこからか子供の声が聞こえるが、やはり姿は見えない。何かの能力で姿を隠している? なら、相手はどこに?

「ッ! そこ!」

 瞳をひと際赤く輝かせた鈴仙が人差し指を虚空に向けた後、一発の妖弾を放つ。その弾は凄まじい速度で射出され、そのままどこかへ消えていくかと思いきや突然、何かに弾かれたように明後日の方向へ進路を変更した。

「皆、あそこに何かいる!」

「いるって……何がだよ!」

「そこまではわからない! 波長を変えてもはっきりと見えないの!」

 鈴仙の能力でも見抜けない透明化。まさか鈴仙の言う『何か』もレミリアやフランのように『万屋』から何か細工をしてもらった奴なのだろうか。

「……あ、もしかしてこいしさん?」

「おー、よくわかったね」

「はぁ!? こいしだって!?」

 姿は見えないが先ほど聞こえた声で正体を見破ったのは早苗だった。声も嬉しそうに肯定しているが正直な話、私も素っ頓狂な悲鳴を上げた魔理沙と同じ気持ちだ。

 こいしの能力は『無意識を操る程度の能力』。相手の無意識を操ることで他人に全く認識されずに行動できる能力。しかし、それは鈴仙には通用しなかったはずだし、あれは無意識を操るだけで視界に入っていれば気配は感じられないが視認ぐらいはできた。

「……あれ、今私たち、何に襲われたんですか?」

「早苗、しっかりしろ! 相手は……相手は、誰だ?」

 だが、今のこいしは鈴仙が辛うじて存在を認識しているだけで視認はおろか今まさに『こいしがこの場にいる』こと自体、忘れてしまいそうになりそうである。実際にもう魔理沙と早苗はこいしのことを忘れてしまった。

「何を……したの?」

「んー、別にー。ちょっと、『万屋』に頼んだだけだよ?」

 なんとか目の前にいるであろう妖怪の存在を忘れないように必死に頭の中で『こいし』と連呼しながら質問すると案の定、吸血鬼姉妹と同じ回答を貰った。だが、彼女たちに比べ、こいしのグレードアップは計り知れない。駄目だ、別のことを考えるともう忘れてしまいそうになる。

「あれ、この声、こいしさん?」

「はぁ!? こいしだって!?」

「はい、この……あれ、なんでしたっけ?」

「いや、だから……あれ」

「あんたたちは黙ってなさい!」

 またコントを始めた魔理沙と早苗に『博麗のお札』を投げつけ、もう一度こいしがいる方向へ顔を――向けようとして体を硬直させた。鈴仙が妖弾を撃ち込んだのはどっちだった?

「霊夢さん、急降下!」

「ッ!」

 鈴仙の言葉に咄嗟に全力で急降下する。その直後、大量の弾幕が私の真上を通り過ぎていった。慌てて弾幕が飛んできた方向を見ようとしてまた見失った。まさか彼女の能力がここまで厄介……あれ。

(彼女って……誰だっけ)

「むぅ……そこの兎が厄介だなぁ。これじゃあ、霊夢を撃ち落とせないよ」

「どうしてそこまで霊夢さんを攻撃するの!?」

「決まってるじゃん。この先に行かせないためだよ」

「だから、聞いてるのはその理由であって!」

「なぁ、鈴仙……お前、一人でなに叫んでんだ?」

 鈴仙が1人で喚き始めたので魔理沙が呆れた様子で鈴仙に問いかけた。だが、問いかけられた彼女は信じられないような目を魔理沙に向ける。

「だから、『古明地 こいし』がそこにいるんだってば! どれだけ忘れたら気が済むの!」

「はぁ!? こいしだって!?」

「それはもうやったんだよぉ!」

 ……そうだ。こいしだ。こいしが私を狙って襲い掛かってきたのだ。やはり、何かに気を取られたらすぐに彼女のことを忘れてしまう。私は急いで『博麗のお札』の裏に霊力を流し込み、無理やり『こいしおそってくる』と焦げ目を付けた。

「ああ、もう、埒が明かない! 霊夢さんたちは先に行って! 今の彼女と戦えるのは私だけだから!」

「ええ、そうみたい。お願いね、鈴仙。早く行くわよ!」

 鈴仙の言葉に素直に従い、未だ困惑している魔理沙と早苗に声をかけてその場から全力で離脱する。

「あー、待ってよ! 霊夢だけは絶対に行かせちゃダメなんだから!」

「行かせないっての!」

 背後から2人……2人? いや、鈴仙が1人でその場で弾幕をばら撒いている。何があったのだろうか。

(あれ……なんで、手にお札を……ッ!?)

 手に持っていた『博麗のお札』をひっくり返すと『こいしおそってくる』と拙い字が書かれていた。おそらく指先に霊力を込め、焦がして書いたのだろう。

「これは……本当にマズいわね」

 こいしのことを忘れないように必死に『博麗のお札』を眺めながら私は『死の大地』に向かう。今回の異変、思った以上に厄介な案件なのかもしれない。


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