東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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EX2

「……」

「……」

 蔵の中から異変解決時に使っていたアミュレットを引っ張り出した私と魔理沙はさっそく妖精たちが騒いでいる原因を探しに適当な方向へ飛んでいた。今のところ、妖精と出くわしていないが魔理沙の話では見かけただけでわらわらといたらしい。きっと、数年前の私なら妖精相手にそこまで手間取ることはなかっただろう。しかし――。

「……なぁ、霊夢」

「……何よ」

「それ、大丈夫なのか?」

 しばらく無言で飛んでいた私たちだったが魔理沙が私の両隣に浮かぶアミュレットを指さす。私もそれに目を向けると何故かアミュレットから煙のようなものが吹いていた。もちろん、機械仕掛けではないので本物の煙ではなく、霊力が漏れているだけなのだが、それでも壊れる寸前なのは一目瞭然であった。

「煙、吹いてんじゃん。爆発するとかやめてくれよ?」

「爆発しないわよ。ただ霊力が漏れてるだけ……多分」

「……それ、捨てていこうぜ」

「いやよ、勿体ない」

 もちろん、博麗のお札の補充はそこそこの頻度でしていたので枚数は十分あるのだが、アミュレットは完全に放置していた。ここ数年、異変が起きなかったせいでアミュレットの整備を怠っていた弊害である。

 だが、このアミュレットには博麗のお札が装てんされており、相手を捕捉すると自動的に射出してくれる便利なものなのだ。これを直すとなるとそれなりの代金を要求されるだろうし、何より今は時間がない。ないよりはマシなはずだから私はこれを捨てるつもりなど毛頭なかった。

「それよりもそっちはどうなのよ」

「あ?」

「八卦炉よ、八卦炉。私みたいに壊れてないでしょうね?」

「壊れてることは認めるんだな……まぁ、私の場合はずっと使ってたからな。きちんと整備はしてたぜ」

 箒に跨って飛ぶ魔理沙は得意げに懐からミニ八卦炉を取り出して私に見せつける。彼女の手にあるミニ八卦炉は確かに数年前と変わらない姿をしていた。しかし、平和だった幻想郷でミニ八卦炉を使う機会はないと思うのだが。

「何に使ってたのよ」

「キノコを焼いてたぜ!」

「あ、そう」

 そんな会話をしていると不意に私の横を霊力の弾が通り過ぎる。すぐに前を見るとテンションが上がっているのか、満面の笑みを浮かべている妖精が霊力の弾をまき散らしていた。今までの異変でも妖精が暴れていることはあったがあれほど嬉しそうにしている妖精は見たことない。

「何か嬉しいことでもあったのかしら」

「他の妖精もあんな感じだったぜ? さて、妖精が向こうから来たってことは方向は間違ってなかったみたいだな。霊夢の勘は頼りになるな」

「はいはい、早くあの妖精を黙らせましょ」

 幸い、妖精の数は一匹。数年ぶりの異変解決なので肩慣らしには丁度いいだろう。そう思っている間に霊力は漏れているがそれ以外の機能は無事だったようで両隣のアミュレットから博麗のお札が妖精に向かって射出される。しかし、妖精の弾幕もいつも以上に激しく、お札は次々に撃ち落とされてしまう。

「なんか……強くね?」

「ええ、まぁ、倒せるでしょう」

 そう言いながら私は博麗のお札を投擲する。アミュレットから放たれたお札が開けた弾幕の穴に吸い込まれ、その向こうにいた妖精に直撃。それだけで妖精はふらふらと眼下の森へと墜落していった。

「おっと」

「ほいほいほい」

 そのお返しとばかりに残っていた弾幕が私たちへと襲い掛かるが私も魔理沙も最低限の動きでそれらを躱していく。時々、弾幕が掠るが私はもちろんアミュレットもそれだけで傷つくほど――。

「……あ」

 いくつか弾幕が掠った両隣のアミュレットからほぼ同時にバフン、という音がして先ほどの妖精と同じように森へと落ちていく。あれは完全に壊れた。私の直感がそう告げる。

「あちゃぁ……ありゃ駄目だな」

「……まぁ、あれば便利程度だったし。先を急ぎ――」

「――あなたの落としたアミュレットはこのボロボロのアミュレットですか?」

 落ちていくアミュレットから目を離し、先に行こうとするが後ろから声をかけられ、動きを止める。魔理沙も少しばかり面倒くさそうにため息を吐いた。

「それとも、この私が装備しているピッカピカのアミュレットですか!」

「……何しに来たのよ、早苗」

 振り返ると壊れた私のアミュレットを掲げるドヤ顔の早苗がいた。わざわざ落ちたアミュレットを拾ってきたらしい。もちろん、彼女の両隣には新品のアミュレットが浮かんでいた。

「何しにって決まってるじゃないですか、調査ですよ、調査。数年ぶりの異変ですからね! これは気合入れて解決しないといけません!」

 そう言って私のアミュレットをポイっと捨ててお祓い棒をブンブン振り回す早苗。先ほどの妖精と同じように久しぶりの異変にテンションがおかしくなっているのだろう。

「因みにさっきのは霊夢のアミュレットだが……正直に答えたら何が貰えるんだ?」

「え? ごほん……正直者にはこの私のアミュレットを――あげるわけにはいかないので河童のところで使えるクーポン券をあげます。あ、このクーポン券というのはですね、外の世界で実際にあったサービスの一環で私の提案で試験的に導入されたんですよー」

「……そう」

 『ささ、お納めください』と私に長方形の紙を渡してきた早苗だが、修理するアミュレットは今し方、森の中へと消えていった。まぁ、貰えるものは貰っておくが使う日はないだろう。そもそもクーポン券とは一体、何ができるものなのかもわからないが、テンションの高い早苗に聞いてもすぐに異変の話に戻されてしまいそうだ。

「じゃあ、気を取り直して先に進むか。じゃあな、早苗」

「ちょ、ちょちょちょっと待ってください! 私も一緒に行きますよ!」

 さすがの魔理沙も今の早苗は面倒くさいようでそそくさとこの場を去ろうとしたが、彼女が跨っている箒の穂先を掴まれてしまう。ここで駄々を捏ねられたら時間の無駄だ。諦めた方が早い。

「まぁ、いいんじゃない? こちらとしても数が多い方が色々楽だし」

「ええ、道中は任せてください。はりきって妖精たちをぶちのめしますから!」

「……」

 『おい、大丈夫か?』と目で訴えてくる魔理沙に私はそっと首を横に振った。そんなやり取りすら早苗には見えておらず、相変わらずお祓い棒を振り回している。

「とにかく……とりあえずはさっきの妖精が来た方向へ向かうってことでいいんだな?」

「ええ、何の手掛かりもないからそれでいきましょう」

「と、なると……目的地は紅魔館だな」

 魔理沙の視線の先――妖精が来た方向には紅魔館がある。なにか異変の手掛かりがあるかもしれないし、寄った方がよさそうだ。

「霊夢さーん、魔理沙さーん、早く行きますよー!」

「……はぁ」

 目をキラキラさせて私たちに手を振る早苗を見て私は思わずため息を吐いてしまう。彼女の姿はまさに先ほどの妖精そのものであり、知らない人から妖精と勘違いされて攻撃されてもおかしくなかった。彼女を仲間に加えたのは間違いだったかもしれない。


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