「……合成?」
妖怪少女が目を丸くしながら繰り返す。それを無視して再生した左腕の調子を確かめる。正常に機能しているみたいだ。
「ま、待ってよ! どうして、左腕が!! もう、あんたには霊力がなかったはずじゃ!?」
「考えてみろ。力を合成出来るんだ。霊力を少量に対して、魔力、妖力、神力で水増しすればいい。それに今の俺は10分間、ぶっ続けで弾幕を撃ち続けるほどの霊力を外に出せるようになったし」
体の中を流れている魔力、妖力、神力の量もこの指輪を使えばコントロールする事が出来るようだ。
「……じゃあ、その霊力がなくなるまであんたを傷つければいいわけだ」
「出来たらな」
俺がそう答えると同時に妖怪少女が翼を伸ばす。
「神力……」
右手を前に翳し、指輪が白に変わった。
――ガキーン……
「ッ!?」
妖怪少女の翼は俺が創り出した結界に遮られ、あらぬ方向へ飛んで行く。
「さっきのはそれ?」
「そゆこと」
スキホに番号を打ち込み、目の前に3枚の白紙のスペルカードを出現させる。夏休みの途中に紫に貰ったのだ。
「結界を生み出せるなら!!」
また、6枚を組み合わせてドリルを作る。きっと、神力で出来た結界でもすぐに壊れてしまう。
(出来た!)
「雷撃『サンダードリル』!」
神力でドリルのように螺旋を描いた鋭利な結界を作る。更にパチュリーに習った魔法で雷を生み出し、ドリルに纏わせる。即席で作った俺のスペルだ。
「いっけええええ!!」
勢いよく撃ち出し、妖怪少女のドリルと真っ向勝負を挑む。金属と金属がぶつかり合うような甲高い音が響き渡る。
「まだまだ!!」
妖怪少女が舌打ちをしてから背中に4枚の翼が生えた。どうやら、今までは本気ではなかったらしい。
「食らえっ!!」
ドリルを迂回するような軌跡を描き、俺へ翼を伸ばす。新しく生まれた翼は他の翼と違って先端が鋭く尖っている。貫通性があるはずだ。結界を破られる。
「雷輪『ライトニングリング』!」
2枚目のスペルを使い、俺の右手首と左手首に雷で出来た輪が装備される。きちんと両手を魔法で保護してあるので感電などしない。
「え?」
妖怪少女の驚く声が耳元で聞こえる。無理もない。俺が一瞬にして妖怪少女の懐まで潜り込んだのだ。
「吹き飛べっ!!」
右ストレートを放つ。パンチは妖怪少女の頬にクリーンヒットし、思いっきり吹き飛んだ。そのせいで妖怪少女の翼が動き、少女のドリルがバラバラになってしまった。目標を失った俺のドリルがこちらに向かって突進して来る。
「追加だ!!」
ドリルの背後に回り込み、右拳と左拳を同時に前に突き出す。すると、輪が雷弾となり、ドリルを挟み込む。俺が雷弾をコントロールするとドリルが妖怪少女のいる方向へ飛んで行く。
「いつつ……ちょっ!?」
木にぶつかっていた妖怪少女が起き上がり、ドリルが目の前まで迫っている事に気づき、驚愕。そのまま、衝突した。
俺が発動したスペル、『ライトニングリング』は肉体強化を目的としたスペルだ。人間は脳から送られる電気信号で体を動かす。その電気信号を雷の力で増幅させてやれば肉体強化も可能だ。それだけではない。2回だけ雷弾を撃つ事が出来る。その代わり、使い捨てだが。今回はそれをドリルのコントロールに使った。ドリルも帯電している。それを利用したのだ。
これらのスペルは全て、指輪がなければ作る事の出来なかったスペルだ。純粋な神力や魔力ではなく、霊力や妖力を混ぜる事によって『扱いやすさ』や『威力』を高める事にも成功した。
「ぐぬぬ……」
妖怪少女はドリルを10枚の翼を使って受け止めていた。起き上がる時間がなかったようで、木に背中を預けている。それを確認し、ドリルの両側にあった雷弾を操り、それぞれを妖怪少女の両脇に設置した。
「な、何を……うおっ!?」
ドリルと雷弾の接続は切っていないのでドリルが雷弾に近づこうとする。その結果、妖怪少女への負担が大きくなったのだ。
「こ、のや……ろうっ!!」
妖怪少女が右足で地面を叩き、いくつもの炭素で出来た棘をドリルにぶつける。回転していて元々、不安定だったドリルは更に安定性を失い、妖怪少女の近くに墜落した。
「や、やってくれるじゃん……」
「それはどうも」
肩で息をしている妖怪少女。でも、何か来る。そんな気がした。
「っ!? しまっ――」
そこで妖怪少女の翼が2枚だけ地面に刺さっているのに気付き、急いでジャンプし、地面に向かって結界を貼る。その刹那、地面から翼が飛び出し、結界に衝突した。だが、結界は2秒ほどで破れてしまう。右手を真横に伸ばし、思いっきり合成弾を撃ち出した。
「あぶっ……」
合成弾を撃った反動で俺の体が動き、翼は空を切った。
「安心するのは早いと思うけど!!」
「のわっ!?」
妖怪少女の方から8枚の翼が時間差で襲って来る。それを合成弾で吹き飛ばし、結界で弾き、体を捻って躱した。それでも、いくつかの切傷が生まれる。
「そこっ!」
「つっ……」
真上から1枚の翼が振り降ろされ、仰向けの格好で地面に叩き付けられた。運が良かったのは縦ではなく面で叩かれたところだ。しかし、安心するのは早かった。面で押し付けられた俺はそのまま動けなくなってしまったのだ。
「串刺し……」
妖怪少女がニヤリと笑い、何を考えたのか勘付く。だが、どうする事も出来ない。妖怪少女は9枚の翼を地面に突き刺す。
(や、やばっ……)
両掌を地面に向けて合成弾を撃つ。地面にぶつかった合成弾は大爆発を起こし、俺を吹き飛ばした。
「が、がああああああああああっ!?」
背中に大火傷を負ったが、すぐに霊力を流し込み、再生。先ほど、俺がいた場所を見てみると9枚の翼が地面から飛び出していた。あのまま、あそこにいたら体をバラバラにされただろう。
「すごい判断力。普通、あんな事はしないよ」
「し、しなかったら死んでたから」
「なるほど」
そう言いながら頷く妖怪少女。
「でも、まだ私の方が優勢だよね」
確かに妖怪少女の方が優勢だ。このまま戦いが長引けば、合成する霊力、魔力、妖力、神力もなくなり、ゲームオーバー。それに対して、妖怪少女はどうだ。ただ耐えればいい。俺が力尽きるのを待っていればいい。だが――。
(もうそろそろか?)
「どう? それでも諦めない?」
「……お前は勘違いしてる」
「え?」
意味が分からなかったのか首を傾げる妖怪少女。
「俺は元々、この指輪でお前を倒そうなんて思ってない」
スキホを取り出し、番号を入力する。
「え? でも、イヤホンないじゃん」
「イヤホンは確かにない。でもな?」
スキホの液晶から真新しい白いヘッドフォンが出て来る。
「なっ!?」
「すっかり忘れてた。1週間ほど前に紫に貰った物なんだ」
ヘッドフォンを耳に当てて、右耳の方にある赤いボタンを押す。すると、頭にフィットする。毎回、合わせる時間がないので楽だ。
「何でそれを使ってなかったの?」
「言っただろ? 忘れてたんだよ。それにイヤホンもまだ使えたから勿体ないなって」
そのせいでこんなに追い詰められているのだが、気にしない。
「PSPはまだ、ミンチになったあんたの左腕の中に埋まってるよね?」
「……それが、そうでもないんだな」
「へ?」
「さっきも見たと思うけど、この携帯には物を転送する機能があるんだ。その機能にはもう一つの効果があって……」
一番、最初に妖怪少女の翼を結界で防いだあの時、俺はある番号を入力していた。それはいつもPSPを取り出す時とは全く逆の番号だ。
「『簡易スキマ』には登録した物を再び、このスキホの中に転送する機能がある」
「っ!? させない!!」
番号を押そうとしたその時、妖怪少女がドリルを伸ばして来た。それだけではない地面にも4枚ほど突き刺している。地面からも来るだろう。そこで取って置いた最後のスペルを発動させた。
「神箱『ゴッドキューブ』!」
俺を囲むように6枚の結界が展開される。その硬度は普通の結界の何倍もある。ドリルさえも弾いた。地面の翼は結界に阻まれ、外に出る事すら出来ていない。
「くっ……」
「さて……」
番号を入力し、PSPが自動的に俺の左腕に括り付けられる。
「ここからが本当の勝負だ。炭素野郎」