「東の目的はあなたではなく、幻想郷だった。きっと、あのまま外の世界にいれば東はあなたに危害を加えることはなかった。でも、あなたはそれを知りながらもここを……私たちを守るためにわざわざ危険を冒してここに駆けつけてくれた。それで……あなただけ、たくさんのものを失って……気にしないわけ、ないじゃない」
言葉の最後は聞き取ることも難しいほど掠れており、霊夢は俺を睨みつけていた目を伏せる。俺たちがここに来た時、実際に会ったのは霊夢だけだ。それに彼女とは俺の視力が奪われた後、言葉を交わしている。彼女は意識も朦朧としていただろうがこの様子ではその時の記憶はあるらしい。
「……なぁ、霊夢」
自分でも驚くほど優しい声が出た。霊夢も目を丸くして顔を上げ、俺と目が合う。いつも怠そうに境内の掃除をしている彼女とのギャップに思わず、破顔してしまった。それが気に喰わなかったのか、霊夢はプイっとそっぽを向いてしまう。
「確かに……俺は失明したし、リョウも、桔梗も殺された。他にも雅は右腕を失った。奏楽はいつ目覚めるかわからない眠りについた。望と悟の能力を奪って……他の皆もたくさん傷ついた」
「……」
「でも……それでも、俺は――俺たちはきっと後悔しない。『こうしておけば』と自分の未熟さを呪うかもしれないけれど『あんなことしなければよかった』とは思わない。自分の取った行動を嘆いたりしない」
今までの戦いはただ巻き込まれただけだった。狂気異変も、魂喰異変も、ドグに能力を封じられたのも、氷河異変も、ガドラとの戦いも、地底での戦いも、リョウとの決着も、母校の文化祭の戦いも俺や仲間が狙われ、それを守るために戦った。戦う以外の手段がなかった。気づいた時には戦わされていた。
でも、今回は違う。十分、考える時間があった。何度も自問自答を繰り返し、皆と話し合って決めた。自らの意志で戦うことを選んだ。
「俺がここに来てまだ数年しか経ってないけれど……もう、ここは……霊夢たちは俺にとって危険を冒してでも守りたい存在なんだ。言っただろう、俺の覚悟は『皆で生き残る覚悟』だって。その皆の中にお前たちがいる。それだけで戦う理由になるんだ」
だから、俺はここにいる。
「……そう」
霊夢は小さくそう言った後、こちらに近寄り、俺の胸に顔を埋めた。鼻をすする音は聞こえないので泣いているわけではないらしい。でも、胸から伝わる彼女のぬくもりがとても愛おしく感じる。ああ、俺は守ることができたのだ。今、やっとそう実感することができた。
「響」
「……ん?」
どれほどそうしていただろうか。俺は体が動かせないので霊夢の好きにさせるしかなく、ただ彼女のぬくもりを感じていたが、満足したのか不意に彼女が顔を離し、下から見上げるように俺の方を見た。その上目遣いに思わずドキッとしてしまったが硬直せずに何とか反応してみせる。
「……あなたに渡す物があるの」
「渡す物?」
「ええ、あなたを博麗神社に届けた後、東を捕まえるためにあの土地に戻ったの。その時にはすでに東はいなくて……代わりにそれが」
「……え」
そう言って彼女は布団の中でごそごそと身じろぎし、何かを取り出した。それを見た俺は掠れた声を漏らしてしまう。
「な、んで……それ、が……」
「あの場所でこんな綺麗な物が落ちてるのは変だったから……響の物だと思って持ってきたんだけど、違った?」
霊夢の手には蒼い珠があった。ビー玉よりも二回りほど大きく、
だが、桔梗の
「霊夢……それを、持たせてくれないか」
「え、ええ……はい」
俺の様子がおかしいことに気づいたのか、霊夢は戸惑いながらも俺の右手を布団から引っ張り出し、桔梗の
(機能が、生きてる……桔梗は、生きてる)
しかし、どうして治った? 基本、翠炎は魂の宿る存在しか燃やせない。桔梗の魂は残留意志も含め、すでにこの世にはなく、
「――黄泉、石」
俺が桔梗と旅をしていた時、途中で『香霖堂』を訪れた。その際、桔梗が店の商品を手当たり次第に食べてしまったため、弁償するためにバイトのようなことをしていたが、その時に桔梗が食べた商品の中に『黄泉石』というものがあった。バイトをしていた上、桔梗が食べた商品の数も多く、一つ一つ効果を聞いている時間がなかった。そのため、『黄泉石』に関しては名前しか知らなかったが俺の
本来であれば『黄泉石』はそういった言い伝えのある、ただの石なのだろう。そうでなければもっと『黄泉石』は有名であり、外の世界で忘れられず、幻想郷に流れてこないはずだ。
だが、たとえ、言い伝えしかない何の変哲もないただの石だったとしてもたったそれだけで『象徴を操る程度の能力』が反応して能力となる。
(でも……引き戻したとしても彼女の魂を受け止める
ああ、そうだ。霊夢も言っていたではないか、桔梗の
もし、その『二重五芒星結界』の範囲内に桔梗の
「じゃあ……本当に、桔梗は……」
「桔梗……それって、まさか……」
桔梗の
「ぁ……」
俺の右手に握られた蒼い球体が再び短く輝く。それも何度も、一定のリズムで――それはまさに人間の鼓動とそっくりだった。
「桔梗……」
この戦いで俺は色々な物を失った。仲間を傷つけた。自分の不甲斐なさに嫌気がさした。
ああ、でも、もう取り戻せないと思っていたものが、今、この手の中にある。俺は桔梗の
――マスター、いつまでも待っていますからね。
手の中にある蒼い珠からそんな優しいあの子の声が聞こえたような気がした。
次回、最終話……の予定。