響が歌い始めてどれほどの時間が過ぎただろうか。それを正確に把握している者はいないが少なくとも空が白み始めているので1時間以上は経過していた。
「――――」
それでも響はまだ歌い続けている。彼の『象徴を操る程度の能力』を使い、咲の『鎮魂』と白い鳩の『平和』をその身に宿して東の復讐心をなくす。だが、あくまでも響にできるのは願いと想いを込めて歌うことだけ。それが東にどう影響するのか、そもそも作戦が上手くいくのかさえ定かではなかった。
「―――――――」
しかし、だからこそ響は歌うしかなかった。歌い続けるしかなかった。もし、途中で歌うのを止めたせいで東の復讐心を取り除けなければその時点で作戦は失敗してしまう。地力が底を尽きても、喉から血が溢れても、限界を超えても、響は歌い続ける。それが今の彼にできる精一杯のことだったから。
事実、響の努力はすでに報われている。東の復讐心は響の能力によって生み出された幻影により、取り除かれ、『死の大地』に倒れているのだ。だが、それを知る術を響は持っていなかった。
「―――――――――――…………」
そして、その時は唐突に訪れる。
いきなり歌うのを止めた彼は白み始めた空を眺め、どこかやりきった表情を浮かべると突然、2対4枚の翼が弾け、真っ白な2種類の羽根が響の周囲に散らばった。
「……」
翼がなくても霊力を使えば空を飛べる響だが、能力を発動させた際に地力のほとんどを使い切ってしまった。自力で飛ぶことのできない彼はゆっくりと頭が地面へと落ち始める。その速度は重力加速度に従い、徐々に上がっていく。吸血鬼特有の再生能力――『超高速再生』は地力不足で使えず、1日1回限定の翠炎の蘇生能力もすでに使用済み。もし、このまま何もせずに地面に叩きつけられれば幾度となく死地を駆け抜けた響でさえ、ひとたまりもないだろう。
「本当に……無茶するんだから」
羽根が舞う中、一つの人影が響の体を受け止めようと両手を広げる。まだ落下し始めたばかりだったのでその人影も特に怪我することなく、受け止められた。
「……お疲れ様、響」
そう言って自身の腕の中で死んだように眠る響を労ったのは博麗神社の巫女――『博麗 霊夢』であった。魂が自分の体に戻った後、霊奈の協力してもらって何とか飛べるまで回復した彼女は響のいる『死の大地』に向かっていたのである。『マルチコスプレ』中、フランドールから作戦を聞いた時から響が自力で飛べなくなるまで無茶をするとわかっていたため、そのフォローをするためだ。そのおかげで響は今日も生き残った。皆と一緒――とは簡単に言えないほど大切な存在を失ってしまったけれど。
(本当に、救ったのね……)
肌を刺すような寒さに白い溜息を吐き、暖を取るように響の体を抱きしめた彼女は眼下に広がる『死の大地』を眺める。そこには星型の結界を組み合わせて作られた巨大な星型の結界が展開されていた。そう、『二重五芒星結界』である。これこそ響が東を『死の大地』に誘い込んだ理由。
「『未来予知』に似た直感……いえ、あなたの場合は『
『マルチコスプレ』が解除され、自分の体に戻った後、博麗神社にいた雅たちから状況を聞き出した霊夢は響の『薄紫色の星が浮かぶ瞳』のことを知っている。また、博麗巫女特有の直感で響がどうやってこれほどまでの結界を東にばれずに仕掛けたのかわかっていた。
弥生の『式神武装』――
もちろん、その時点で響は『マルチコスプレ』の存在はおろか、東を救済するために『象徴を操る程度の能力』を使うことすら考えていなかった。ただ、『薄紫色の星が浮かぶ瞳』がそうした方がいいと響に知らせただけ。東を救済するという普通であるならば考えもつかない
術者である響が気を失ったせいか、『死の大地』に展開されていた『二重五芒星結界』は紅い粒子を放ちながら崩壊し始めた。そして、『死の大地』の中心で倒れる東の姿を見つけ、霊夢はやっと安堵の溜息を吐き、空を見上げる。
「……朝ね」
地平線の向こうから顔を覗かせた朝日に目を細め、彼女は独り言を呟く。もう見られないかもしれないと思っていた太陽を見て霊夢はやっと戦いが終わったのだと実感した。
そう、永い……永い戦いの終幕。
一人は愛する者を殺され、無力ながら何度も『死に戻り』、復讐しようとした男。
一人は『死に戻り』を繰り返しながら何度も復讐を成し遂げようとする男に立ちはだかった
そんな2人の戦いは1万以上の世界線を越え、とうとう終わりを迎えたのである。
「……先ほどぶりですね、響」
「……母さん?」
だが、戦いは終わっても物語は終わらない。
気づけば何もない真っ白な世界に立っていた響は目の前にいるレマ――自身の産みの親である『博麗 霊魔』を見て目を白黒させた。
「ええ、あなたのお母さんです」
そんな彼を見てコロコロと笑いながら頷く霊魔。たったそれだけで響はまだ今回の異変は終わっていないのだと悟り、どこか諦めた様子で溜息を吐いた。
次回から後日談です。
永かったこの物語もそろそろ終わりが見えてきました。
皆様、最後までお付き合いください。