「くそっ!!」
今、俺に攻撃手段はない。このまま妖怪少女と対峙していたら殺される。そう思った次の瞬間には妖怪少女に背を向けて走り出していた。左腕がないので走りにくい。
「逃げるんだ?」
つまらなそうに妖怪少女は呟き、1枚だけ翼を伸ばして来た。
「っ!?」
その翼は俺の背中を叩き、そのせいで俺は地面に倒れてしまう。
「……あ、なるほど。やっと、わかった」
起き上がろうとした時、翼がお腹に巻き付いて来て捕まってしまった。
「最初の紫パジャマは魔女。次の赤もんぺは……不死?」
暴れるが翼から抜け出せそうにない。
「次の羽衣は何だろう? その次は見てないけどあのナイフだよね。あ、時間でも止めたのかも? で、あの猫」
妖怪少女がぶつぶつと俺の変身して来た人たちの特徴を言い当てていく。
「まぁ、もうPSPもイヤホンもあんたの手元にはない」
「ちっ……」
翼によって妖怪少女の近くまで引き寄せられる。足をバタバタさせて抵抗するが空中にいるので足は空を切るだけだった。
(使いたくなかったけど……)
暴れながらズボンのポケットに手を突っ込む。
「死に方は……串刺しでいいか」
残った5枚の翼が俺の方を向く。
「死ね!!」
「嫌だ!!」
スキホを勢いよく取り出し、『5』を3回だけ押した。
「はぁ……はぁ……」
「あ、あれ? どこに行った?」
紫に頼んでスキホに追加させて貰った機能――『瞬間スキマ』。これは瞬間移動する為の機能だ。だが、これを使うと著しく疲れる。更に自分では場所指定が出来ないし、飛べる範囲は使った場所から半径10メートル以内だ。しかし、妖怪少女の視界から逃げる事に成功した。溜息を吐いて、俺は大きな木に背中を預ける。
(どうすっかな……)
状況を整理しよう。左腕の傷は止血してあるから大丈夫。PSPは逃げるのに夢中であの場に置いて来てしまったので今、持っているのはスキホのみ。PSPは後でも何とかあるし、これで紫に助けを求める事が出来る。だが――。
「果たして……助けてくれるか?」
自信はない。これは最終手段として取って置こう。スキホをズボンのポケットに押し込んだ。しかし、本当に他に持ち物はない。
「……いや、あったけど」
黙って右手の中指を見る。そこには緑色の鉱石が光っていた。そう、香林堂で見つけたあの指輪だ。しかし、これはただのアクセサリー。何の役にも立たない。
(待てよ?)
あの時、俺はどこからあの指輪を見つけた? 確か、いいお土産が見つからないから試しに武器コーナーに行ったはずだ。そこにこれがあった。
「この指輪……もしかして、武器?」
いや、こんな小さな物が武器なわけがない。第一、どうやって攻撃するのだろう。メリケンサックみたいに殴る? 普通よりは痛そうだが、指輪にする必要などないはず。
「……」
考えろ。考えろ。頭の回転速度を上げろ。森近さんは言った。『合力石』。この緑色の鉱石の名前。『合わせる』。それが用途。
(じゃあ、何を?)
名前に『合力』と付くのだから『力を合わせる』と考えていい。でも、この力とは? 筋力? 知力? それとも――。
「見つけた」
「っ!?」
声に反応し急いで立ち上って走り始めた刹那、炭素で出来た翼が木を粉々にする。木片が辺りに散らばった。
「何をやったかわからないけど、もうおしまいだよ」
ニヤリと笑う妖怪少女はどこか子供の頃に出会ったフランに似ていた。
(考えろ。何か……何か、あるはずだ)
ふと、思い出したのは八卦炉で怪鳥を吹き飛ばした光景だった。そして、違和感に気付く。
「おらっ!」
「ぐっ……」
翼が右腕を切り裂く。一瞬、足がもつれたが何とか態勢を立て直す。
「へ~。結構、根性あるね」
妖怪少女は慌てず、追いかけて来る。楽しんでいるようだ。
(合力……指輪……八卦炉……力)
単語が俺の頭でぐるぐると回る。もう少し、もう少しで閃く。
「……そうか」
思わず、足を止めてしまった。
「あれ? 諦めちゃった?」
「いんや……その逆だ」
妖怪少女の方に体を向ける。
「左腕がない状態で、変身すら出来ない状況で何が出来るの?」
「……俺もさっきまでは何も出来ないと思っていた」
俺の言葉に違和感を覚えたのか妖怪少女が目を細める。
「さっきまで?」
「さっきまで」
ギュッと右手を握る。
「それに……まだ、俺にはこれもあるしな」
ズボンに入れていたスキホを取り出して、番号を入力する。
「っ! させない!!」
妖怪少女は俺を殺そうと翼を伸ばした。
「……嘘」
私は目の前の光景にただただ、呆然とするしかなかった。
「成功、みたいだな」
女の声が聞こえる。
「何を……何をしたの!!」
私の翼は女には届かず、何かに弾かれてしまっていた。
「簡単だよ。妨害したんだ。これでな」
右手の中指にキラリと緑色の鉱石が埋め込まれた指輪があった。
「知ってるか?」
「え?」
「指輪って……はめた場所によって意味が変わるんだ」
その口調はまるで私が翼の秘密を教えた時のようだった。
「気になったら調べないと落ち着かない性格でな。この指輪を手に入れた時にインターネットで調べたら出て来たんだ。代表的なのは結婚指輪。左手の薬指だな。意味は『愛と幸せ』、『願いの実現』。じゃあ、質問するが俺はどこの指にはめてる?」
「……右手の中指」
素直に答える。
「そう。意味は『行動力、迅速さを発揮する』、『直感力や行動力を高める』。更に中指にはめた指輪の事は『ミドルフィンガーリング』と言うらしい」
「だ、だから何なの!」
耐え切れず、叫んでしまう。
「中指は『直感』、『閃き』の象徴。この指輪を付けてから俺はこの2つが普段よりも鋭くなってる。そう言う能力だからな」
しかし、女は私の問いかけを無視して続けた。
「そのおかげで気付いたんだ。この指輪の意味。能力。そして、このピンチを切り抜けるチャンスに」
「ちゃ、チャンス?」
「霊力。主に回復に使われる。俺の中にある力」
女が掌を空に向けて薄い赤色の球体を生み出す。その時、緑色の鉱石が赤に変わった。
「魔力。主に魔法を使う時に使われる。吸血鬼の中にある力」
今度は薄い青の球体に変わる。また、鉱石が赤から青に変化した。
「妖力。主に肉体強化の時に使われる。狂気の中にある力」
薄い青から薄い黄色へ。鉱石も同じように色が変わる。
「神力。主に物を創り出す時に使われる。トールの中にある力」
真っ白な球体に変化して消えた。鉱石も白から緑に戻る。
「な、何なの?」
女の言っている事が正しいならおかしい。普通の人間が持てる力は霊力や魔力。だが、この女は妖力や神力を持っている。
「俺はこうやって弾を作る事なんて出来なかった」
「え?」
「4種類の力を持った俺は力同士が邪魔をし合って、上手く力を外に出せなかった。でも、前にがむしゃらに撃ち出した事がある。まぁ、八卦炉を使ってたけど。その時、俺は魔力、妖力、神力をその八卦炉って奴に注ぎ込んだんだ。それも少しだけな。でも、威力は山を吹き飛ばすほどだった。どうしてだと思う?」
急に質問され、戸惑ってしまい答えられなかった。女も答えを欲しかったわけではないらしく、続けた。
「それは……3種類の力が混ざり合ったからだと思う。『合力』って奴だな。そして、この指輪は――」
右手をギュッと握った女。指輪が赤に変わった。
「――俺の中にある4種類の力を合成する力を持っている」
そう言った女の左腕はいつの間にか再生していた。