「魂を……鎮める」
咲さんの能力名を噛み締めるように言葉にした。その言葉を鵜呑みにするのならば咲さんの能力は魂を鎮める――鎮魂を操る能力になる。おそらく、幽霊の残骸を吸収してもなお暴走せずにいるのは能力を使って幽霊の残骸を鎮めているおかげなのだろう。
そういえば、咲さんは異様に魚を釣るのが上手かった。もしかしたら、無意識の内に能力を使って魚を落ち着かせ、警戒心を解いていたのかもしれない。
「もしかして桔梗の残留意志が咲さんの中にあったのは……」
「うん……桔梗が壊された時、私、何もできなかったからせめてこの世を彷徨わないように慰めようと……」
そうどこか悔しげに言う咲さんだったが、彼女のおかげで俺は桔梗と最後の別れをすることができた。そもそも、咲さんが暴走する俺の魂を鎮めていなければ幽霊の残骸の思惑どおり、自我を失い、成り代わられていただろう。
「そんなこと言うなよ。咲さんがいたから俺は今、こうやって生きてるんだから」
「……そう、かな」
俺の言葉に咲さんは苦笑を浮かべる。それにしても『魂を鎮める程度の能力』は想像以上に強力な能力かもしれない。負の感情をあれだけ溜め込んだ幽霊の残骸を落ち着かせているのはもちろん、ただ頭に触れるだけで魂の暴走を止めてしまう。彼女の能力を世界中に拡散すれば全ての戦争を止めることだって――。
「……なぁ、咲さん。もう少しだけ俺に力を貸してくれないか?」
「力を? これからは表立ってキョウ君の魂に住むからもう少しだけなんて言わずにずっと貸すけど……何か考えがあるの?」
「ああ。上手くいくかわからないが試してみる価値はあると思う」
そもそも東の目の前で愛する妻が妖怪に殺されたことが全ての始まりだった。
そして、その事実を紫に隠蔽され、東は偽物の記憶を受け付けられる。だが、ふとした拍子に彼は記憶を取り戻し、妖怪や紫に対して深い憎悪を抱く。それを危険だと紫に判断され、殺された東だったがどういうわけか『死に戻り』を発動させてしまった。
それから東は何度も死に、何度も妻が逝く直前に戻された。その度に憎悪は膨れ上がり、今では妻の仇を取るという目的よりも仇を取る手段である幻想郷の崩壊にばかり集中している。目的と手段が入れ替わってしまうほど彼の心は擦り切れ、彼自身、殺された妻のことをほとんど思い出せない状態だ。
きっと、彼の『死に戻り』の原因はその自身の身すら燃やしてしまうほどの憎悪。それさえ取り除いてしまえば彼は『死に戻り』せず、仮にしたとしてももう復讐など考えないはずだ。
しかし、その具体的な方法がなく、俺は東を倒して止めるしかなかった。もし、その際、東を殺してしまっていたら再び彼は『死に戻り』、別の世界線で復讐を企てたに違いない。
では、今は咲さんがいる。咲さんの能力を使い、東の魂を鎮めることができれば――。
「……それだけ大きな感情なら私の能力で沈められるかわからないや、ごめん」
すでにいつ空間が崩壊してもおかしくない状況だったため、手短に話したが咲さんは目を伏せて謝った。確かに俺の魂を鎮められたのは桔梗が殺され、衝動的な怒りに身を任せていたからであり、その感情は刹那的なものだ。だが、東のそれは1万回以上の『死に戻り』を繰り返すごとに勢いと濃度を高め、手の施しようがないほどに燃えている。たとえ、負の感情の塊である幽霊の残骸を落ち着かせられるほど強力な能力でも東の憎悪の炎まで鎮火できる保証はない。
「なら、咲さんの能力を底上げする」
「え、そんな方法あるの?」
「ああ、いくつか方法がある。まぁ、全部試せるかは運次第だが」
それでも東の憎悪の炎を鎮火できず、幻想郷の崩壊させるために動くというのなら潔く俺は東を殺すだろう。やはり、桔梗と最後の別れをして多少、気は紛れたが彼女を東が殺したことには変わりない。正直、今にも奴の首を刎ねてしまいたいほどだ。
しかし、それでは何も変わらない。憎悪が別の憎悪を生み、皆傷つくばかり。誰も救われず、誰にも救われない。そんな結末を俺は望んじゃない。目指すのは
「咲さん、最後の抵抗に付き合ってくれ。こんなくそったれな運命――俺が止めてやる」
「……ふふっ。やっぱり、キョウ君は昔から変わってない。うん、お姉ちゃんに任せて!」
咲さんは嬉しそうに笑い、上を見上げてふわりと浮かび上がった。彼女の視線の先には空間の裂け目。あそこから外に出れば『音無 響』は意識を取り戻す。これが正真正銘の最後の戦いだ。
「いい? 今、魂の住人たちはこの騒ぎで魂の中で迷子になってる。だから、彼らの力はキョウ君の魂の修復が終わるまで借りられない」
「まぁ、そんなことだろうと思ったよ」
先ほどから心の中で吸血鬼たちに語り掛けているが一切、反応がない。魂の中なら彼らがどこにいても繋がるはずだが、咲さんの話が本当なら納得がいく。
「じゃあ……行くか」
「うん、行こう」
浮いている咲さんに手を伸ばすと彼女はそれを握り、空間の裂け目へと2人並んで飛翔する。裂け目に近づくにつれ、視界は白い光に染まり――。
「……」
――俺は目を覚ました。
最初に感じたのは肌寒さと鼻につく濃密な死の匂い。それから今にも眠ってしまいそうになるほどの倦怠感と胸のつっかえが取れたようなすっきりとした感覚。『死』になるために奏楽から貰った
手放しそうになる意識を必死に手繰り寄せ、俺は目を開けるが『死』となったオレはさほど移動していなかったようで振り返るとあの死の大地が目に入った。だが、俺が立っている森はすっかり姿を変え、周辺の木々は全て灰となり、地面に砂になってしまっている。やはりというべきか『死』となったことで『生』を手当たり次第に奪っていたようだ。
なにより、あのたくさん浮遊していた白い球体がなくなっている。『博麗大結界』の溶解が止まっているのだ。
(なら、あのネックレスの破壊に成功した? 『死』が何かしたのか)
「キョ、キョウ君! 服、服を着て!」
その時、一緒に表に出てきた咲さんが両手で顔を隠しながら叫んだ。どうやら『死』になった際、俺がどんな状態になったのかまでは定かではないが服が脱げてしまったらしい。すぐに空間倉庫に手を突っ込み、スキホを取り出す。そして、スキホから紫が作った仕事服の予備を出し、高校時代の制服を着た。
「東は?」
「んー……近くにはいないみたい」
「……奴のことだ、俺が『死』ではなくなったことに気づけばすぐに接近してくるだろう」
咲さんは浮上して周囲を見渡し、首を横に振った。東がまだ復讐を諦めていないのなら俺の存在は邪魔になる。『死』になったことで満身創痍状態の俺を放っておかないだろう。東は身体能力を向上させる装置の予備を持っている。それを使えば今の俺を殺すことぐらい容易だ。
「それで具体的にどうするの?」
「どうするもこうするも――」
吸血鬼の力は借りられない。地力は底をついた。式神たちに助けを求めても博麗神社からここまでそれなりの距離があるため、間に合わない。幻想郷の住人たちはネックレスが破壊されたことで解放されたが全員、身動きが取れないほど消耗しているだろう。
「――俺にはもうこれしかないな」
だからこそ、この力に頼る。俺が幻想郷に来た原因であり、それなりに力を付けるまでお世話になっていたあの能力。
スキホから2台のPSPを取り出し、両腕に装着。そして、自分の体を抱きしめるように構え、右手で左腕のPSPの画面を、左手で右腕のPSPの画面を触る。
「『ダブルコスプレ』」
俺はそう呟き、両手でPSPの画面をスライドする。
俺の原点。
始まりの能力。
皆から『幻想曲を響かせし者』という二つ名を貰い、取り戻すことができた『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』を使用した。
一世一代の大勝負。ここで引いた