東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第480話 概念の具現化

『マスター! しっかりしてください!』

 必殺であったはずの『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』の呪いを強引に左腕を引き千切ることによって死を免れた東にマスターは一瞬だけ隙を見せ、そこを突かれてしまいました。片腕を失っても勢いが落ちない東の驚異的な身体能力を前に地力を著しく失ってしまったマスターはどうすることもできず、ただひたすら攻撃を受け続けるばかり。『超高速再生』も発動しているため、このままではマスターの地力は底を尽き、彼は死ぬでしょう。

(それだけは……絶対にッ)

 しかし、【盾】で防いだところで耐えられるのは数秒のみであり、すぐに破壊されることは容易に想像できます。それでは意味がありません。東の動きを止め、マスターが能力で勝利への突破口を見つけるまでの時間を稼ぐ。それさえできれば今度こそ、マスターは東を倒し、奴の企みを止めてくれるでしょう。

(そのために、私に何が……)

 もう嫌なのです、あの時のように――咲さんが妖怪に殺された時のように何もできず、無力な自分に打ちひしがれ、ただ涙を流すのは、もう……。

 ですが、私たちの手の内は全て東にばれてしまっているのも事実です。『式神武装』を使おうにもマスターの地力はガス欠寸前。

「……ぇ?」

 その時、不意にマスターが声を漏らしました。あの薄紫色の星が浮かぶ瞳で何かを視たのでしょう。しかし、問題は驚愕でマスターは体を硬直させてしまったことです。すでに東は健在の右腕を振りかぶっていました。今まで、攻撃を受けながらもマスターはなんとか致命傷――つまり、即死だけは逃れていました。『超高速再生』は怪我を治す能力です。即死してしまっては意味がないのです。

 そして、このままでは東の拳はマスターの頭部を粉砕し、マスターは即死するでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――こいしお姉ちゃん! 今の内にキョウ君を!

 

 

 

 

 

 

 

「マスター!」

 あの時はマスターを守ることしかできず、咲さんが死ぬところを黙って見ているしかありませんでした。だからでしょうか、気づけば私は『着装―桔梗―』を解除し、人形の姿でマスターと東の間に飛び出していました。今まさに大切な人が目の前で殺されそうになっているのを見逃すことなんてできませんから。

 特に何の作戦もないのに飛び出すなど我ながら無茶をしたと迫る東の拳を視ながらどこか呑気に考え、無駄だと思いながらも素材の『青怪鳥の嘴』を使い、体を硬化させます。

「がッ……」

 東の拳は私の体を捉え、目の前が真っ白に染まりました。やはりというべきでしょうか、奴の一撃に私の体は耐えられず、粉々に砕かされてしまったようです。意識を取り戻した頃にはすでに体はどこにもなく、頭部はクルクルと宙を舞っているのかノイズの走る視界がグルグルと目まぐるしいほどに回転していました。

「ぁ……」

 少しずつ遠くなっていく意識ですが、その掠れた声はしっかりと耳に届きました。ああ、よかった。無事だった。生きていた。守ることができた。

 それ、だけで……私は、十分、です。

「……桔梗?」

 す縺ァにテ繝ャビの砂嵐縺ョよ縺にノイ繧コば縺りに縺ェ縺」てし縺セった世界で縺が、一瞬だけマ繧ケターの蟋ソが映繧ました。

(マ繧ケ繧ソ繝シ……)

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「ぁ……」

 砕ける小さな体。散らばる破片。くるくると回転しながら舞う頭部(・・)

 桔梗に東の渾身の一撃が決まり、『青怪鳥の嘴』で硬化されているはずの体がコマ送りした映像のようにゆっくりとバラバラになっていく光景を響は目の当たりにする。

 東もまさか桔梗が響を庇うとは思わなかったのか、体を硬直させた。その間に桔梗の体だったものは地面に散らばり、響の前に彼女の頭部が落ちてくる。

「……桔梗?」

 何が起きたのかわからず、響は声を震わせ、目の前に落ちている桔梗の頭を両手で包むように拾い上げる。桔梗はどこか満足げな笑みを浮かべ、完全に機能を停止していた。桔梗は響を庇い、東の手によって粉々に砕かれてしまったのである。

「桔梗……返事、してくれよ」

 そんな彼の声に応えるようにパキリ、という音と共に桔梗の顔に裂傷のような皹が走った。それを見てしまった響は手の震えが止まらなくなり、その震えに耐え切れず、桔梗の頭部が地面に落ちる。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 少しずつ響の呼吸が乱れ、早くなっていく。東との戦いが始まり、リョウを殺され、仲間は傷つき、己の油断のせいでとうとう桔梗まで失ってしまった。その過度なストレスのせいで過呼吸を起こしかけているのである。

「あ……」

 狭まる視界の中、響は落ちた桔梗の頭部の近くに四神が宿っていた珠よりも二回りほど大きい蒼い珠が落ちていることに気づいた。これこそ、桔梗のコア――魂そのもの。

(これが、あれば……)

 東によって破壊されたのは桔梗の体であってコアさえ残っていればいずれ代わりとなる体を作り、桔梗を生き返らせることができる。絶望の中に希望を見出した響はいつまで経っても(希望)を捉えない目を不思議に思いながらもコアである蒼い珠へと手を伸ばす。そして、彼の手が蒼い珠に触れる直前、先ほどの桔梗の顔と同じように蒼い珠にもいくつもの皹が入った。

「ッ――ぁ……あぁ……あああ……」

 能力で桔梗が壊される姿を予知した時に――また、蒼い珠を見つけたのに瞳が一向に光を捉えないことに気づいた時に、きっとこうなってしまうと頭のどこかで悟っていた。

 だが、わかっていたとしてもそれを受け入れられるかは別である。

 

 

 

 

 

 

 

 ――……あら、お呼びかしら?

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああああ!?」

「なっ……」

 どこか楽しそうに笑うそんな声が魂の部屋から聞こえたのを最後に響の意識は真っ赤に染まる。そして、彼の周囲が霙の鉤爪(スリート・タロン)を使っていないのに一瞬にして氷漬けになった。

 この現象に東は見覚えがあった。随分前の世界線で響の魂にいる闇の力が暴走した時に力をコントロールできずに周囲を手当たり次第に氷漬けにしていたのである。つまり、今の響は完全に暴走状態であり、何をしでかすかわかったものではない危険な状態だった。それでも不思議と桔梗のパーツだけは氷漬けになっていないので完全に我を忘れているわけではないのが救いか、と東は結論付ける。

 だが、彼は甘かった。我を忘れていないからこそ――響は自らの意志で禁忌を犯す決意をしたことに気づいていなかった。

「こ……し……やる」

 フラフラと立ち上がり、東を睨みつける響。彼の口から白い息が吐き出され、綺麗な結晶が宙を舞う。

「ころ……てやる」

 響は一歩、前に足を踏み出す。その瞬間、花が咲いたように鋭い氷が彼の足の周りから飛び出した。その氷は罅割れた桔梗の顔を掠り、彼女の肌を少しだけ氷づかせる。

「ころして、やる」

 彼はまた一歩、前に進む。その踏み出した瞬間、再びその足の周りから氷が生えた。その氷は皹が入った桔梗のコアに当たり、少し離れた場所まで弾き飛ばす。

「殺して……やる」

 そのために響は『夢想転身』を発動させる。本来であれば純粋な紅であるはずのオーラは赤黒く染まっていた。

「殺してやる」

 中途半端では許さない。ただ殺すだけでは意味がない。確実に殺す。そのためには『音無 響』では駄目だ。東を殺せる存在にならなければならない。そのための力が、彼にはある。

 これから響が行うのは人間の身で行うにはあまりにも冒涜的な儀式。彼が自身の能力を知ってすぐに思いつき、あまりに危険だからと試すことすらやらなかった禁忌。奏楽から貰った地力(バッテリー)を闇の力で霊力に変換し、『夢想転身』を使用して一時的に身体能力、及び地力のそのものの質を向上させる。

 これで全ての準備が整った。あとは、儀式に必要な呪文を唱えるだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シ……、ク……イ……ン――『死』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 掠れた声で響は何かを呟いた瞬間、彼の右頬は熱で溶けた蝋のようにドロリと地面に落ちる。

 今、この瞬間、儀式は完了した。『音無 響』という人間は溶解し、別の存在に成り代わる。

 そして、この世に概念であるはずの『死』が具現化した。




桔梗の最期の言葉


『最期の最後まで不出来な従者で申し訳ありません。でも、あなたを守ることができて私は幸せでした。どうか、これからのあなたに幸せが待っていますように。』

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