今週からは通常通り、週1投稿しますのでご了承ください。
白い球体が浮遊する森の中は真夜中であるにも拘らず、肉眼でもはっきり見えるほど明るかった。響と東が戦い始めてすでに1時間が過ぎ、徐々に白い球体の数も増えているためである。
「……」
そんな森を東は化け物染みた身体能力を駆使してただひたすらに駆け抜けていた。もちろん、生い茂る木々に激突しないように何度も進路を変更しているのでトップスピードというわけではないが、それでも常人では到底追いつけないほどの速度が出ている。
東の目的はあくまで幻想郷の崩壊。響を殺す必要はない上、本音を言えば敵対したくなかった相手ですらある。だからこそ、あの手この手を使って響を懐柔、もしくは戦意喪失させようとしていた。それほど響は東にとって驚異的な存在だった。
そんな響が東の『死に戻り』で培った知識と『式神武装』という未知の力を手に入れたのである。もはや、今の響は東が知る今までの響とは似ても似つかない存在になったのは間違いない。
死んでも4回は蘇生できるとはいえ油断すれば簡単に殺されてしまうのは明白だ。ならば真正面から戦うより幻想郷が崩壊するまで逃げる方が得策であるのは間違いない。
そして、なにより――。
(
響の目的は東を殺してでも幻想郷の崩壊を止めること。残り4つの『式神武装』も
それに加え、今の響には『穴を見つける程度の能力』が宿っている。彼がはっきりそう言ったわけではないがあの不可思議な回避能力や常に最適解を選択しながら戦う姿を見れば容易に想像できた。
化け物染みた身体能力があるとはいえ、さすがに飛行まではできない東だが、幸い、彼の最高速度は響のトップスピード――猫との『魂同調』+『雷輪』を凌駕していた。追いつかれなければ『式神武装』で殺されることも『穴を見つける程度の能力』で弱点を見つけられることもない。それを
だが、東は過ちを犯した。判断を誤った。
響が東の知識と未知の力を手に入れ、己の
「――ッ!?」
しばらくの時間、闇雲に逃げ続けていた東は唐突に真上に感じた冷気に目を見開き、身を投げ出すように右へ跳んだ。その刹那、先ほどまで己のいた場所に氷柱が出現した。
「やっと追いついたぞ」
そして、『着装―桔梗―』を身に纏った響が氷柱の上に立っていた。突如として現れた響に東が目を見開く中、彼の姿が一部変化していることに気づく。
『着装―桔梗―』の脚部はホバー装置が施され、分厚い装甲が特徴的だった。だが、今の彼の脚部は白い毛に覆われたブーツであり、その足の裏には1枚のブレード。あまりの事態に呆ける東はまるで、スケート靴のようだと他人事のようにそんな感想を頭に浮かべていた。
「お、まえ……」
「どうして追いつけたかって? そんなの当り前だ。お前より俺の方が速かった」
そう言った響は不意に右足を上げる。すると、空中には何もないはずなのに彼の右足はしっかりと何かを踏みしめ、氷柱の上から離れた。それから左足、右足、左足と足を動かせばその分だけ高度を上げていく。その姿はまるで階段を昇っているようだった。
『式神武装』――
霙の想いが込められたその変形の形状はスケート靴。
だが、もちろんただのスケート靴ではない。その名の通り、『水と氷を司る神狼』の特性を宿したそれはブレードが触れた場所に水と氷を生み出せる。そして、
つまり、
「くっ」
もちろん、東は
まず、あのスケート靴は『
また、今の響は東の化け物染みた身体能力の最高速度に匹敵する速度を生み出せること。
最後に現在の状況は己にとって不利であること。
そう判断した東はすぐに身体能力を駆使してその場を全力で離れる。一瞬にして響の姿は見えなくなったが、それでもがむしゃらに森の中を駆け抜けた。
(あいつはあの時、『やっと』と言った……なら、最高速度が出るまでそれなりに時間がかかる!)
いずれ追いつかれてしまうかもしれないがとにかく今は少しでも時間を稼ぐ。幻想郷が崩壊するまで約2時間。それまで死ななければ東の勝ちなのだから。
「はぁ……はぁ……」
迫る木々を体を捻って躱しながら走る東の呼吸はいつしか乱れ始めた。無理もない。白い球体で周囲は昼間のように明るいといっても草木が生い茂る森をいつ響に追いつかれるかわからない状況の中、草に足を取られながら、木々を回避しながら、背後を常に気にしながら全力で駆け抜けているのだ。身体的にも精神的にも負荷がかかるに決まっている。
だが、そんな彼の耳に森の中では決して聞くことのない
「く、そがッ……」
今頃になって東は理解する。最高速度が出るのが遅くなったのではない。
また、飛ぶことのできない東は森の中を木を躱しながら走っているが
もちろん、
「弥生ッ!」
東の頭上を滑りながら響は右手を横に突き出し、『
そして、それと同時に左足を上げ、勢いよく下へと振り下ろした。その瞬間、左足のブレードから氷柱が飛び出し、眼下の森へと突き刺さる。
「なっ」
いきなり目の前に現れた氷柱に東が声を上げ、慌てて左に跳んで氷柱を避けた。しかし、響は『穴を見つける程度の能力』を駆使して真下を走る東を狙って氷柱を何度も森へと打ち付ける。
道を塞ぐように上から落ちてくる氷柱に東は舌打ちをしながら必死に躱す。もはや、真上を滑る響のことなど気にしている暇などなかった。速度を落とせば響に追いつかれ、『式神武装』で殺される。ましてや、氷柱に激突などすれば隙が生まれ、すぐにネックレスの宝玉の1つがその輝きを失うだろう。今のところ、氷柱が落ちてくる速度に反応できている。このままこの状態を維持し続けて少しでも時間を稼げればいい。そう東は4回生き返るという事実の
だが、それすらも響にとって想定済みだった。それどころか氷柱はただの囮にすぎない。本命はすでに彼の右腕に現れている。
「式神武装――」
右腕は白銀の龍の頭そのものに変化し、その鋭い牙の隙間から巨大な砲台が見える。そして、その龍の瞳は黄色く輝き、口内の砲台の奥から白い光が漏れていた。
「――青龍の