東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第474話 行動パターン

「がっ……」

 ネックレスの宝玉の1つが輝きを失った瞬間、彼の体から飛び出した槍の種(スピアーナ)が消失し、その反動で東はその場に膝を付く。それを見た俺は手に持っていた棘の魔槍(スピアーナ)を消し、数歩だけ後退して東から距離を取る。

 棘の魔槍(スピアーナ)はその特性上、『成長』して物量で相手を圧し潰す方が得意だ。実際、あの驚異的な身体能力を東でさえ、棘の魔槍(スピアーナ)の増殖力を前に逃走は叶わず、防御に専念するしかなかった

 しかし、その反面、東の絶望(経験)と『穴を見つける程度の能力』からせっかく桔梗が作り出してくれたリーマの『式神武装』――棘の魔槍(スピアーナ)には東の防御力を突破する破壊力がないことがわかった。防御に専念されたら棘の魔槍(スピアーナ)は東を傷つけられず枯れ、奏楽のおかげで地力を気にせず消費できるようになったといってもいずれガス欠を起こす。それでは東を倒せない。

 だからこそ、外側からではなく、内側から奴を倒せる槍の種(スピアーナ)を使った。

 槍の種(スピアーナ)――その名の通り、棘の魔槍(スピアーナ)の種子である。東の防御力は外からの攻撃には強いが体内側からの攻撃には弱い――いや、そもそも体の内側から攻撃されることなど想定していない。つまり、奴の体内に槍の種(スピアーナ)を侵入させ、一気に成長させれば強固な防御力を無視して東を殺すことができる。

 もちろん、槍の種(スピアーナ)を発動させるには様々な問題があった。

 まず、どうやって東の体内に槍の種(スピアーナ)を侵入させるか。棘の魔槍(スピアーナ)で奴に傷を付けられればその傷口から槍の種(スピアーナ)を侵入させることは可能だ。だが、防御力を高められたら棘の魔槍(スピアーナ)単体(・・)では傷を付けられないため、真正面から攻撃しても意味がない。不意を突き、防御される前に傷を付ける必要があった。

 そこで役に立ったのが望と悟から譲り受けた『穴を見つける程度の能力』と『暗闇の中でも光が視える程度の能力』である。この2つの能力を使い、東の攻撃を防ぎ、いなし、やり過ごした。そして、目を潰したはずなのにことごとく奴の攻撃を防ぐ俺を見て動揺している彼の眼球に向かって棘の魔槍(スピアーナ)を突き出し――こめかみに傷を付け、槍の種(スピアーナ)が東の体内に侵入した。その後、棘の魔槍(スピアーナ)の特性を利用して奴の右脇腹と左肩を切り裂き、再び槍の種(スピアーナ)を追加させたのである。

 この時点で問題の8割は解決していたのだが、最後の工程として奴の体に侵入した槍の種(スピアーナ)を成長させるために東の体に棘の魔槍(スピアーナ)を突き刺さなければならなかった。

 棘の魔槍(スピアーナ)だけでは奴を傷つけられないため、弥生の素材を使った新機能の『装甲凝縮』を使用し、威力を底上げするのは確定だったが『装甲凝縮』には溜めが必要であり、東の動きを止めなければならなかった。そこで棘の魔槍(スピアーナ)で『茨の檻』に東を閉じ込め、小さな短槍(スピアーナ)で磔にし、防御に専念させ、動きを封じた。

 身動きの取れない東に棘の魔槍(スピアーナ)の矛先を向け、『装甲凝縮』で無理やり奴の防御力を突破し、『穴を見つける程度の能力』で見つけた最も防御力の低い場所へ突き刺す。あとは槍の種(スピアーナ)を成長させ、奴を体の内側から殺した。

(あと、4回……)

 奴の首に下げられているネックレスの輝いている宝玉を数えて両手を握りしめる。あのネックレスこそ蒼い宝玉の数だけ復活できる反則級(チート)の蘇生アイテムだ。今は7つの内、3つの宝玉が輝きを失っているため、残り蘇生回数は4回。

 おそらく棘の魔槍(スピアーナ)の特性を知られた今、この『式神武装』では東を殺せない。むしろ、奏楽がくれた地力を無駄にしてしまうだろう。

 だが、だからといって桔梗が新しく作った5つの変形の中で最も攻撃力が低いのは棘の魔槍(スピアーナ)だが残り4つの内、半分は攻撃力が全くないサポート系の変形。そのため、攻撃力を持つ残り2つの『式神武装』を使ってあと4回ほど東を殺さなくてはならないのである。

「なに、を……した?」

 棘の魔槍(スピアーナ)を消したことで茨の枯れるスピードが上がり、『茨の檻』が崩れていく中、か細い声が俺の耳に滑り込んでくる。意識を東に戻せばフラフラと立ち上がった東は俺を睨んでいた。蘇生したとはいえ、いきなり体の内側から槍で貫かれた痛みや衝撃、殺された動揺を抑えきれないのか僅かに奴の唇が震えている。

「『式神武装』を使ってお前を殺しただけだ」

 本来であれば何も答えずにすぐに攻撃した方がいいのだが、ここはあえて手の内を少しだけ曝す。それが次の一手に繋がる突破口が視えたから。

「そうじゃねぇ! なんで、目が見えないのに……」

「視えている。見えないけど視えている」

 そう言いながら俺はずっと閉じていた目を開ける。元から見えていない視界に変化はないが俺の目を見た東は目を見開き、半歩だけ後ずさり、その際に踏んだ枯れた茨がカサリと音を立てて塵と化した。

「なん、だ……その目」

「そこまで教える義理はないが……お前ならだいたい予想はついてるんじゃないか?」

「まさか、いやあの能力は目が見えてなければ意味がない。それにその()は見たことがない! 新しい能力でも作ったってのか!?」

「いいや、能力は作ってないぞ。武器だけだ」

 1万回以上死に戻り、経験を積み、知識を得たはずの東だが、悟のことだけはただの人間だと侮り、碌に調べずに放置していたのだ。『暗闇の中でも光が視える程度の能力』を知らなくて当然である。だが、そんな東の反応が悟を『調べる価値もない』と言っているようで思わず顔を顰めてしまう。

「くっ……」

 『茨の檻』が完全に崩壊し、俺と東の間をいくつもの白い球体が下から上へ登っていく。そんな中、4回も生き返られるはずの東は顔を歪ませていた。目が見える理由はわからないが俺に『穴を見つける程度の能力』が宿っていることに気づいたのだろう。そうでなければ東の攻撃を完璧に防ぎ切れないと俺も東も知っているから。

 さて、ここから東の行動パターンは3つ。

 1つはここで東がこの世界線で幻想郷を崩壊させることを諦め、自害すること。

 未知の能力や棘の魔槍(スピアーナ)のような一筋縄ではいかないまだ知らない『式神武装』に恐れをなして次の世界線に活かすために自殺する可能性もゼロではない。しかし、それならば少しでも情報を得ようと様子を窺うはずだ。正直、このパターンはほぼなしといっていい。

 2つ目はがむしゃらに攻撃してくること。

 東の知らない能力や武器があろうと身体能力の高さでは東の方が優位であり、事実、俺を追い詰めた。『穴を見つける程度の能力』のデメリット――発動タイミングがランダムであることを()っているため、『穴を見つける程度の能力』が発動しなかった隙を突こうと攻撃してくる可能性が高い。実際は『暗闇の中でも光が視える程度の能力』のおかげでよっぽどのことがない限り、『穴を見つける程度の能力』は発動するのだが、東はそれを知らない。知らないからこそ攻撃してくる。一番面倒なパターンだ。

 そして――。

「……」

 気づけば目の前から東の姿は消えていた。それから少し遅れて凄まじい風圧が俺を襲う。そう、奴は驚異的な身体能力を利用して俺から逃げたのである。

 ――最後のパターンは逃げる。

 奴の勝利条件は俺を殺すことではない。幻想郷が崩壊する時は殺されず、術式を維持すること。つまり、馬鹿正直に未知の存在となった俺と戦う意味はほとんどないのである。それならば攻撃力や防御力を犠牲にして全力で逃走した方が遥かに効率的だ。このまま数時間ほど俺から逃げるだけで勝てるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、それこそ俺が望んでいた展開でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……式神武装――」

 東の姿は見えないが『穴を見つける程度の能力』を持つ俺には奴が今、どこにいるのか視えていた。問題は追いつけるかどうか。

 そして、その足こそ桔梗が作ってくれたサポート系『式神武装』の1つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(借りるぞ、霙)

 

 

 

 

 

 

 

「――霙の鉤爪(スリート・タロン)

 


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