「棘の魔槍……だと?」
リーマの素材から生まれた変形――『棘の魔槍』を持って構えた響に対し、東は予想外の展開に少なからず動揺していた。それもそのはず、1万回以上死に戻り、少しずつ情報を集めた彼にとって宿敵が手に持つ得物は初めて見るものだったからである。
確かに響が今までとは違い、男だとわかってからこれまでになかった展開や能力を手に入れることはあった。しかし、まさかこのタイミングで初見の武器が登場するとは思わなかったのである。
(いや、ありえなくもない話か)
響の戦意を喪失させるために彼は自分の経験を体験させ、ついでに自身の能力である『神経を鈍らせる程度の能力』を使い、響の目を潰した。だが、その代償として1万回以上死に戻った東の経験や知識を響に与えてしまったのである。それを活用して東の知らない武器や作戦を用意した。その一つが式神武装――棘の魔槍。
「ちっ」
この時、東は情報戦で不利な状況に陥ったことに気づいた。それと同時に失明したはずなのに攻撃を躱し続けられたのも己の知らない何かが原因であると推測。だが、今までの世界線で『暗闇の中でも光が視える程度の能力』を持つ悟に対してさほど調査していなかったことが災いし、その正体まではわからなかった。
「……」
そこまで考えた東は軽く頭を振って思考を切り替える。目の前で妖しく光る棘の魔槍を観察する。一見、ただの深い緑色の槍だが、ところどころに鋭利な棘が生えており、今までの桔梗の変形と同様、何かしらの能力があるはず。そう考えた彼はいつでも動けるように重心を低くし、能力向上の比率を変更した。
東の身体強化は身体能力や防御力を満遍なく向上させるだけのではなく、その比率を変更させることが可能である。つまり、防御力の強化比率を下げることによって攻撃主体の身体強化になり、更に体の一部を集中的に強化――たとえば、脚部を強化すれば凄まじい破壊力を持つ蹴りを放てるようになる。
また、敵の攻撃がヒットする寸前に防御力の強化比率を上げればどんなに強力な攻撃でも弾き返してしまうほどの防御力を得られるのだ。
棘の魔槍の初撃を回避できたのも目と脚部を限界まで強化したおかげである。
今の能力向上比率はどんな攻撃にも反応できるように目と脚部を集中的に強化。その代償にその他の部位の強化と防御力を少しずつ下げている。
「すぅ……はぁ……」
その時、今まで棘の魔槍を構えたままだった響が深呼吸を繰り返し始めた。相変わらず目を閉じたままだが確実にこちらの動きが見えているため、東も強化した目で響の動きをじっくり観察する。
「ッ――」
そして、数メートルも離れている場所で東を貫くように棘の魔槍を突き出し、その矛先が凄まじい勢いで東へと迫った。そう、棘の魔槍の矛先が伸びたのである。
桔梗はリーマの素材を最大限に生かせるように【薬草】と組み合わせた。そう、棘の魔槍の正体は植物――茨である。しかし、ただの茨では鞭のように相手を殴りつけることしかできないため、響が子供の頃に桔梗が食べた『青怪鳥の嘴』の特徴である『硬化』を利用し、茨を槍へと変質させた。そうして生まれたのが棘の魔槍だった。
「ぐっ」
目を強化していたおかげで迫る矛先が見えた東は強化した脚部で地面を蹴り、その場から逃れる。棘の魔槍はそのまま、彼の傍を通り過ぎてしまった。
だが、東の予想通り、棘の魔槍には一つだけ能力があった。それこそ矛先が急激に伸びた原因であり、リーマの素材の特徴である。
「――ッ!?」
通り過ぎたはずの棘の魔槍だったが、彼の瞳はそれを視認した。棘の魔槍の至るところに生えていた棘がほぼ同時に伸びたのである。一斉に伸びた棘はすぐ傍にいた東へと到達。脚部は限界まで強化されていたので足に激突した棘はポキリと折れたがそれ以外の場所――右脇腹と左肩に掠り、小さな切り傷を作る。
棘の魔槍の特徴、それは『成長』。
植物である棘の魔槍はどこまでも成長し、伸びる。また、槍の至るところに生えている棘も例外ではなく、たとえ槍を躱しても棘が迫り、それを回避してもその棘に生えている棘がまた成長する。それを繰り返せばどこまでも成長する茨の檻の完成だ。
「っ……っらぁ!!」
だからこそ、東は全力で後退した。檻の中に閉じ込められる前に包囲網から逃れる。それが今まで何度も死に戻り、培ってきた経験と直感を基に弾き出した東の棘の魔槍の対処法だった。
東の答えは間違えていなかった。どこまでも成長する棘の魔槍だが成長させるためには響の地力を消費する。また、急激に成長させるため、成長させた棘の魔槍はすぐに枯れてしまう。現に響の手にある棘の魔槍は枯れ始め、数秒と経たずにボロボロに崩れてしまうだろう。東のように棘の魔槍から逃げ続ければいずれ響の地力が尽き、成長が止まれば棘の魔槍が枯れて包囲網を突破することができる。また、東には無理だが棘の魔槍を破壊できるほどの広範囲攻撃で伸びる茨を全て破壊するのも対処法の一つだ。
しかし、今回ばかりは事情が違う。確かに地力を消費し続ける棘の魔槍だが、素材の一つに『奏楽の魂』があり、それがバッテリーの役目を果たしているため、しばらくの間、棘の魔槍の成長は止まらない。
そして、棘の魔槍は桔梗の制御下にあるので響の手から離れても問題はない。それに加え――。
「桔梗、行くぞ!」
『はい、マスター!』
枯れ始めた棘の魔槍から手を離した響は機械染みた翼を振動させ、一気に東を追いかける茨の波へと迫る。その棘の一本が響の前へと成長し、細長い槍のような棘を生やす。それを掴んで折った。その棘は棘の魔槍そのものであり、事実それは棘の魔槍だった。
――棘の魔槍は成長する限り、いくらでも増やすことができるのである。まるで、成長し、実を付け、子孫を増やす植物のように。
「シッ」
短く息を吐きながら波から逃げる東へと棘の魔槍を投擲する響。そして、すぐに近くの棘から生えた2本の棘の魔槍を両手で掴み、連続で投げる。
「くそがっ!」
『死に戻り』という現象を何度も経験したおかげで『死』の気配に敏感な東は茨の波から逃げながらも飛んでくる3本の棘の魔槍を全て回避してみせた。しかし、地面に刺さった棘の魔槍もまた成長する。3本の棘の魔槍は茨の波に合流して更に巨大化した。それを見た響は再び棘へと手を伸ばし、棘の魔槍を掴み、東へと投擲する。『奏楽の魂』がなければとっくの昔に地力は枯れ果てていただろう。それほどの物量だった。
(これはッ……)
背後から迫る茨の波。次から次へと投擲される棘の魔槍。このまま逃げてもいずれ波に飲まれてしまう。そう判断した東は覚悟を決めて立ち止まり、腕を顔の魔でクロスさせながら能力向上を全て防御力へと回した。その直後、茨の波は東を飲み込んだ。