東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第470話 想いを背に

「調子はどうだ?」

「ああ……正直、お前のこと舐めてたわ。こりゃあ想像以上だ」

 杯を交わし、式神の契約を結んでから1時間後、やっとドグに流れる地力量が安定した。どうやら、リョウと契約していた時よりも供給される地力の質が良く、量も多かったらしい。これでドグが消滅する危機は去り、能力を移植する際に消費する地力も確保できた。

「それで能力の移植はどうやってやるんだ?」

「別にお前らは何もしなくていい。俺が能力を切り離して、移動させて、二代目に移植するだけだし」

「……二代目ってのは俺のことか?」

 悟の質問に答えたドグだったがそれ以上に俺の呼び方が気になり、聞いてしまう。俺が二代目ということはリョウが初代なのだろう。

「そりゃもちろん。初代には世話になったしな。呼び方だけでも敬ってやらんと」

「敬ってるのかなぁ、それ」

「まぁ、そんなことより時間もないことだし……早速、始めるか。まずは――」

 望のツッコミは聞かなかったことにしたのかドグはいつになく真剣な声音で俺たちに指示を出し始めた。指示と言っても俺の右側に悟、左側に望、彼自身は俺の正面に座り、全員で手を繋ぐだけだ。俺は悟と望。悟は俺とドグ。望は俺とドグと手を繋いでいる状態だ。

「さぁ、一か八かの大勝負。死なないように祈ってな。なに、安心しろ。たとえお前らが死んでも能力だけは確実に二代目に移植してやる。キャパシティーに関しては管轄外だが」

 どこかおどけたようにドグはそう言った。そして、凄まじい勢いで地力がドグへと流れ始める。ドグが『関係を操る程度の能力』を使用したのだ。

「……よし、悟の方はほぼ切り離したぞ。でも、望の能力は頑固だ。キャパシティーが足りなかった場合、悟の能力しか移植できなくなるから悟の方は現状を維持。望の能力を引っぺがしたら同時に移動させて移植させる。悟、頑張れよ」

「お、おぅ……」

 やはり能力を切り離されるというのは体に多大なダメージを与えるのか、ドグの言葉に頷いた悟の声は苦しげだった。それから望からも呻き声が漏れ始め、それを聞く度、心が締め付けられる。だが、我慢だ。もう後戻りはできない。やり直す機会はとうの昔に失っている。だから、やるしかないのだ。

「……よし、もうちょっとで切り離せる。いいか、お前ら。絶対に手を離すなよ。離したら二代目に能力が移植できなくなる。数秒でいいから意識を保て……行くぞ、3、2、1――!!」

「ッ……」

 ドグのカウントダウンがゼロになった瞬間、左右から巨大な何かが俺の中に入ってくるのがわかった。その途端、俺の手を握る悟と望の手から力が抜け、慌てて強く握りしめる。それと同時に魂の空いている部屋の扉を開け、二つの巨大な何か――能力を誘導し、その部屋へと押し込めた。

「ぐッ……お、おお」

『このままじゃ部屋が破壊される! 皆、扉を押さえて!』

 押し込められた二つの能力はお互いに反発し合い、主の元へと返ろうと部屋の中で暴れ始めた。暴れる能力を移植させようと必死に能力を酷使するドグから漏れた声を聞きながら魂の部屋が破壊されないように俺も部屋の耐久度を一時的に強化させる。また、念のために空き部屋の近くで待機していた吸血鬼たちも協力してくれた。

 どれほど時間が経ったのだろう。おそらく数秒の出来事だ。しかし、失敗は許されず、悟と望が命をかけたのだ。プレッシャーと暴れる能力を抑えるのに神経をすり減らしたせいでとても長く感じた。だが――。

「……終わったぞ」

「そ、う……か」

「ぉ、にい、ちゃ……」

 ――ドグがそう言った瞬間、悟と望がその場でバタリと倒れてしまった。失明しているせいで反応が遅れ、手を離してしまい、彼らの体が畳に倒れこむ音が聞こえる。それからすぐに誰かがこちらへと駆け寄ってくる足音がした。近くで待機していた母さんが二人の容態を確かめるために近づいたのだ。

「母さん、二人は……

「待って……うん、大丈夫。気絶してるだけ。しばらくすれば目も覚めるよ」

「……よかった」

「おいおい、安心してる暇はねぇぞ。移植は成功したがその能力をちゃんと使いこなせるようにしなきゃならねぇんだからよ」

「わかってる」

 悟の『暗闇の中でも光が視える程度の能力』。

 望の『穴を見つける程度の能力』。

 二人から託されたバトンは絶対に無駄にはしない。必ず、使いこなせるようにしてみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午前0時を少し過ぎた頃、本来であれば街灯のない幻想郷は闇に染まる。唯一の光源は空で輝く月のみ。

 だが、今夜の幻想郷はいつもとは違い、どこからか淡い光を放つ白い球体が現れ、空へと昇っていく。球体の光量は僅かであるが量が膨大であり、昼間とまでとはいえないが十分歩けるほど明るかった。

 そんな幻想的な光景の中、俺は空を見上げ、球体と空に浮かぶ月を眺めていた(・・・・・)

「マスター、準備ができました」

「……ああ」

 背後から桔梗に話しかけられ、振り返る。そこには桔梗の他に母さんと彼女の胸の中で眠る奏楽がいた。悟と望は能力を切り離され、気絶したまま。雅、霙、リーマ、弥生、ドグは今もなお『博麗大結界』の溶解の進行を必死に食い止めている霊奈の手伝いをしている。『博麗大結界』の溶解の速度が予想よりも早く、急遽、眠っている奏楽以外の式神組が霊奈の手伝いをすることになったのだ。

「響ちゃん、調子はどう?」

「大丈夫。地力も全快したし、ちゃんと視える(・・・)

 悟の予想どおり『暗闇の中でも光が視える程度の能力』のおかげで俺の失明は疑似的に治った。そう、あくまで疑似的なものである。『見えないからこそ視える』。『見えない状態を視える状態にする』。それが今の俺の状態。それが悟の能力の本質。

「ふふ、その目、すごく可愛い」

「……はぁ」

 奏楽を抱いた母さんはそう言ってコロコロと笑う。それを見て思わずため息を吐いてしまった。

 能力の中には使用すると体の一部が変化するものがある。たとえば『魔眼』の場合、俺の目は青に、『狂眼』を使えば赤くなった。

 悟の能力もその類のものだったらしく、俺の瞳は相変わらず黒目はほぼ白に近い灰色だが、その灰色の瞳の部分に星型の模様が浮かんでいる。文字どおり、星である。また、望の『穴を見つける程度の能力』も能力が発動すると瞳の色が紫に染まる。つまり、今の俺は目には紫色の星が輝いている状態なのだ。

「桔梗、頼む」

「はい、マスター!」

 気を取り直して桔梗に指示を出すと彼女は俺の肩に飛び乗り、『着装』する。雅たちが用意してくれた素材を使って5つの変形を生み出した桔梗だったが『着装―桔梗―』の見た目に変化はない。だが、雅たちの想いが込められた素材を使って生み出した変形だ。必ず東を打倒してくれるだろう。

『各機能に不備はなし。いつでも戦えます』

 体を軽く動かして調子を確かめているとインカムから桔梗の声が耳に滑り込んでくる。時間も押しているので急いで東のところへ向かおう。

「それじゃ、行ってくる」

「……行ってらっしゃい」

 ゆっくりと浮上しながら母さんの方へ振り返ると彼女は引きつった笑みを浮かべる。今にも泣きだしそうなのに俺が不安な気持ちにならないように必死に笑顔を見せてくれた。

「……絶対に勝とう」

「はい」

 やるべきことは全てやった。

 そのせいで自分の体を傷つけた、能力を使い倒れた式神たちがいた。

 いつ目覚めるかわからない深い眠りについた子がいた。

 能力を切り離し、俺に渡した家族、幼馴染がいた。

 愛する夫を亡くし、それでも彼の想いを無駄にしないために我慢した母がいた。

 今もなお溶解の進行を食い止めてくれている巫女になれなかった者がいた。

(待ってろ、東)

 そんな皆の想いを背に、俺は昇っていく球体の中を進む。東と決着をつけるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷崩壊まで残り3時間。


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