東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第462話 世界の運命

(1万回、か……)

 両手を祈るように組み、目を伏せる響を見てその数字の重さを噛みしめるように頭の中で繰り返した。

 響の話が本当ならば東は何度も死にながら試行錯誤を続け、幻想郷を確実に崩壊させる方法を模索し続けたことになる。それに加え、死に戻る地点は恋人が妖怪に殺される直前らしい。つまり、奴は1万回以上、目の前で恋人を殺された。何度も失敗し、失敗する度にその罰として恋人の死を見せつけられた。

 きっと、相当なストレスだっただろう。心が壊れなかったこと自体、奇跡に近い。いや、もしかしたらすでに心は擦り切れ、恋人の復讐をするという目的を忘れ、復讐の手段である『幻想郷の崩壊』を成し遂げることしか覚えていないのかもしれない。

 だが、問題はそこじゃない。東の事情など俺たちには関係のないことだ。

 問題は試行錯誤が実を結び、今まさに『幻想郷の崩壊』が成し遂げられそうになっていること。そして、響の心が折れていることである。

「響、東の経験を見たのならあいつの作戦の内容もわかったのか?」

「……ああ」

 俺の問いに響は静かに頷いた。しかし、それ以上のことを言うつもりはないのか沈黙を貫く。それほど恐ろしい体験だったのか、それともまた別の理由なのか。それでもここで終わってしまっては幻想郷の崩壊を止めることはできない。

「わかったのなら何か対策を立てるべきだろ。今、こうしている間にも霊夢たちは――」

「――わかってるよ」

 どうにか話を聞き出そうとするが途中で言葉を遮られてしまう。彼の顔は酷く歪み、何かを堪えるように手を握りしめていた。

「別に俺たちの想像を超えることはなかったんだ。東は霊夢たちから地力を奪い、自分の身体能力を向上させ、俺を圧倒した。それだけの話」

「なら、あの蘇生(リザレクション)は!? あれについてもわかったんだろ!?」

「回数制限ありの蘇生能力(リザレクション)を付与した使い捨てアクセサリーを作ったみたいだ。あと5回、復活できる」

「ごっ!?」

 そういえば東が蘇生する直前、奴の胸が光ったのを見た。あれが件のアクセサリーなのだろう。

 響が死力を尽くしてやっと殺せた回数は2回。そんな相手を5回も殺さなければならない。響でさえ1日1回しか蘇生できないのにそんなの無茶苦茶だ。

「そんなアクセサリーどうやって作ったの!?」

「……笠崎だよ。あいつ、『機械を作成する程度の能力』を持ってたみたいで資金と材料さえあればどんな機械だって作ることができる。制限はあるみたいだけど」

 雅ちゃんの絶叫に淡々と返す響。望ちゃんの話では笠崎は小さい頃から機械を収納していたあの端末を所持していたらしい。その端末から色々な機械を出していたそうだ。きっと、そんな小さい時から高性能な機械を作ることができたのは能力のおかげだったのだろう。

 そして、東が笠崎を仲間にしたのは偶然ではない。試行錯誤を重ねていく中で奴はどんな機械でも作れる笠崎を見つけ、仲間にしたのだ。

「それに……」

 その時、何かを言いかけた彼は奏楽ちゃんをチラリと見た後、口を閉ざしてしまった。奏楽ちゃんに何かあったのだろうか。

「黒楼石を使うために地力を消費し、ある程度弱体化しても東の身体能力は俺よりも上。しかも、俺の心を折る時、ついでとばかりに視力を奪っていった」

 だが、そのことについて追究する前に再び響は話し始めてしまう。まるで、言いかけたことを誤魔化すように。

「翠炎で元には戻せないのか?」

「戻せる。だが、今日はもう白紙効果(リザレクション)を使ったから視力を戻せるのは明日以降になる。でも、それじゃ遅い。奴の作戦通りに事が進めば、夜明けと共に幻想郷は崩壊。霊夢たちも同時に死ぬ」

 予想以上に迫っていたタイムリミットに俺たちは思わず閉口してしまう。今の時刻は午後3時を過ぎたところ。あと半日しかない中、響を立ち直らせ、東を倒す方法を模索しなくてはならないのである。

「こんなことしてる場合じゃないってことぐらいわかってる。でも、少しだけ休ませてくれ……もう色々ありすぎて頭がパンクしそうなんだ」

 滅多に弱音を吐かない響が震える声でそう呟いた。

 幻想郷に着いた途端、幻想郷の住人に襲われるという孤立感。

 霊夢たちが瀕死の状態で自分がどうにかしなければ死んでしまうプレッシャー。

 死力を尽くしても東に勝てなかった無力感。

 目の前で自分を庇って死んだリョウに対する罪悪感。

 1万回という死に戻りを強制的に体験させられ、絶望の淵に叩き落された。

 たった数時間の間に起きた出来事に響も満身創痍の様子で布団の中に潜り込んでしまう。

「……」

 何か声をかけなければ、と思いつつも頭に浮かぶのは中身のない上辺だけの戯言のみ。他の皆も響の様子に言葉が出ず、ただ俯くばかりだった。

「……行こう」

 どれほど時間が経っただろうか。俺は皆に聞こえるように小さな声で退室を促す。

 確かに時間はない。だが、あまりにも情報が錯綜しているため、整理する必要がある。

「おにーちゃん……」

 俺の言葉に従い、皆が寝室から出ていく中、奏楽ちゃんの心配そうな声が耳に滑り込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員が寝室から出ていったのを気配で何となく感じ取り、俺は布団から顔を出す。相変わらず、世界は真っ暗で光すら感知できない。1日我慢すれば見えるようになるとはいえ、失明したとなれば多少なりとも不安になる。それに東の能力によって俺が鈍らされたのは視神経。限りなくゼロにされたせいで魔眼を使っても感知する視神経がやられているから意味がない。それに視神経を潰された影響からか、周囲の気配すら感知しにくくなっている。皆が出て行ったのも本当に何となくでしかわからなかった。

「……」

 だが、それは本当に些細なこと。俺が本当に恐れているのは俺が死ぬことによって訪れる(・・・・・・・・・・・・・)世界の終わり(・・・・・・)である。

 東の経験を見た中で一つだけ世界そのものが滅んだ世界線があった。それが今の世界線から2つ前の世界。奴の能力によって桔梗と奏楽以外の仲間が奪われ、その猛撃の中、俺と桔梗が死んでしまう世界だ。

 そして、俺たちが死んだことを認識した奏楽は――絶望して能力を暴走させ、東以外の地球上に存在する魂を全て繋ぎ、一気に解き放った。その爆発によって世界そのものが吹き飛び、奏楽の間近にいた東は即死。映像はそこで途切れたがあの規模の爆発ならば地球すら無事であったか定かではない。それほど奏楽の能力は危険なものだとやっと気付いた。気付かされた。

 だからこそ、怖いのである。俺が死ぬことによってこの世界線もあの世界と同じように滅んでしまうことが。そう、俺が死んだせいで(・・・)世界が滅ぶのだ。東もそれを知っていたから俺を殺さずに絶望させて心を折ろうとした。

 でも、東を止めるためには戦わなければならない。それこそ死ぬ覚悟で、だ。東だって俺が立ち向かえば作戦に支障が出るため、俺を殺さなければならないだろう。奴自身も『音無 響を殺害した場合の対処法』をいくつも考え、準備をしていた。それでも奏楽の暴走を止める確実な方法は思いつかなかったようだが。つまり、次、奴と戦おうとすれば確実に俺は殺され、世界が滅ぶ。そして、東は再び死に戻り、今度こそ幻想郷を崩壊させるために復讐をやり直すのだ。

 だが、あくまでも東の目的は幻想郷の――そして、妖怪たちの全滅。俺たちを狙うのはその障害になるからであり、俺を無力化させた後、襲って来なかったように障害とならないと判断されれば見逃してくれる。つまり、奴の邪魔をしなければ俺たちは助かり、世界を滅ぼす可能性が消えるのだ。

 幻想郷を救うために世界を危険にさらすか、それとも世界を守るために幻想郷を諦めるか。

 今の俺にそれらを選ぶ勇気も、覚悟も、元気もなかった。

 

 

 

 

 

 

「きょ、ぅ……」

 

 

 

 

 

 

 その時、不意に近くから擦れた声が耳に滑りこんできた。目は見えずとも声がした方へ顔を向ける。そうだ、ここは博麗神社の寝室。そこに寝かされているということは――。

 

 

 

 

 

 

 

「おき、てる……かし、ら」

 

 

 

 

 

 

 

 ――今、俺に話しかけているのは現在進行形で地力を奪われ、半日もすれば死に至るほど衰弱している博麗の巫女、『博麗 霊夢』だ。


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