東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第445話 不気味な信用

 リョウの予想を裏付けるように視界に入る地力の線が一本、また一本と増え、目を凝らさなくても視認できるほどになっていた。さすがにこれほどの地力の線が集まればリョウも存在を感じ取れるようになったのか、顔を顰めている。

「……リョウ」

「ああ……いるな」

 地力の線を追いかけてもうどれほどの時間が経っただろうか。俺たちは幻想郷の中でも端――人はもちろん人外すらあまり寄りつかない焼野原に辿り着いた。この場所は暴走していた奏楽を助けるために振るった死神の鎌の影響からか数年経った今でも草木が一切生えて来ず、幻想郷の中では唯一の『死んだ土地』。今でも微かではあるが死の匂いがする、魔法の森とはまた違った意味で生物にとって近寄りたくない場所だった。そう言った気配に敏感な俺やリョウだけでなく、リョウも居心地悪そうにしているので本能的に死を察知しているのだろう。

(そんな場所に好き好んで待ち構えるなんて……趣味の悪い奴だな)

「誰か、いる」

 遠くの方に人影らしきものが見えたのか、リョウがどこか他人事のように呟いた。地力の線が多すぎてよく見えなかったため、魔眼を解除する。確かに彼女の言う通り、数人の人影が見えた。地力の線の影響でその人影が誰か気配を探ることができず、どうするかリョウと悟に視線を向ける。2人はほぼ同時に頷いたので俺たちは警戒しながら人影へと近づくことにした。

「ッ――まさか!?」

 しかし、その人物たちを視認できるようになった時点で俺は駆け出してしまう。悟たちも気付いたようで俺の後を追って来る足音が後ろから聞こえた。

「お前ら、無事だったのか!?」

「あ、お兄ちゃん!」

 そこにいたのはずっと探していた望、雅、霙、リーマ、弥生、霊奈、ドグの7人。まさかこんなところに――しかも、全員合流しているとは思わず、叫びながら駆け寄ってしまった。皆は円陣を組むように集まっており、何か話し合いをしていたようだ。パッと見、怪我をしている人はいないみたいで胸を撫で下ろした。

「響、よかった! 無事で……え、奏楽どうしたの?」

 向こうも俺たちに気付き、雅がホッと安堵のため息を吐くが悟の胸の中で気絶している奏楽を見て目を見開く。きっと、合流した皆に怪我がなかったので心のどこかでこちらも無事だと思っていたのだろう。

「転移のショックで気絶したらしい。多分、もうすぐで目を覚ますだろうけど……そっちは何事もなかったか?」

「う、うん……式神通信が繋がったからすぐに合流できたし」

「……は?」

 式神通信が、繋がった? いや、そんなはずはない。移動中、何度か式神通信で雅たちに連絡を取ろうとしたが応答はなかった。もちろん、リョウも同じ。

 式神通信は俺を介してやり取りしている。つまり、たとえば雅が霙に連絡を取るためにまず、俺にパスを通してから霙に繋げなければならない。もちろん、俺には聞かせられない話の時は俺に聞こえないようにやり取りすることは可能だが、それは俺に話の中身が聞えないだけで実際には俺ともパスが繋がっている状態なのである。

 今回の場合、ネットワークの中心である俺からパスを繋げられなかったので雅たちもお互いに連絡を取り合えないはずなのだ。

「それなのに響は全然連絡寄越してくれないし……パスが繋がったから死んでないのはわかってたけど、怪我とかしちゃったのかなって。やっぱり、奏楽のことがあったから?」

「んなわけあるか。俺だってお前たちに何度も連絡しようとしたぞ。そもそも、どうしてこんなところに集まってるんだよ。ここは幻想郷の中でも端の方なんだぞ」

「え? でも……ここにいれば合流できるって言われて」

 そう言って雅は後ろに視線を向けた。雅だけじゃない、他の皆も全員、同じ方向を見る。だからだろうか、俺も皆に釣られる形でそちらへ目をやり、そこにいた人物を初めて認識した(・・・・・・・・・・・・・・・)

(この人……)

 そこには少しだけくたびれた灰色のスーツ、赤茶色のネクタイ、髪はこだわりがないのかただ適当に短く切りそろえられており、何よりスーツには似合わない大きなリュックサックを背負っている中年の男性が立っていた。どこかで見たことがあるような気がするがすぐに思い出せず、目を細めてしまう。

「久しぶりだね、響さん」

「えっと……」

「お兄ちゃん、覚えてない? (ひがし) 幸助(こうすけ)さん」

「東……幸助……」

 ああ、そうだ、思い出した。俺が幻想郷へ迷い込んだ高校三年生の夏、望に事情聴衆をしていた刑事だ。確か、今も家のどこかにあの時に貰った名刺があるはず。しかし、どうして刑事がこんなところにいる? 彼も幻想郷へ迷い込んでしまったのだろうか?

「ッ――」

 その時、胸の奥で何かがドクン、と跳ねた。博麗神社を出発してから心を蝕み続けている蟠りとはまた違った、何か。

 この感情は喜びと悲痛? いや、懐かしさや焦りもある。なにより、この感情はどこか他人事のような……俺ではない誰の感情と俺の心が共鳴しているような感じ。まるで、創作物を見てその登場人物に感情移入してしまったような。

「実はね、こっちに来た時、望だけ単独で転移しちゃって私たちと合流するまでたまたま(・・・・)森の中で再会した東さんが襲って来る妖怪や妖精から守ってくれたみたいなの」

「いやいや、私はただ持っていた拳銃で威嚇射撃しただけだよ。こっちに来てそろそろ1か月経つけど、銃弾を取っておいてよかった」

「東さん、ホントにありがとうございました。貴重な銃弾を使わせてしまって」

「はは、気にしないでくれ。物っていうのは消費してなんぼだからね。使わずに取っておいたせいで怪我をしてたら意味がない」

 その感情の激流に翻弄されていると雅の言葉に苦笑を浮かべながら東さんが首を横に振る。そんな彼に対して望が感謝を述べながら頭を下げたが本当に気にしていないのか東さんは髭のない顎(・・・・・)を撫でながら微笑んだ。

(……おい)

 なんだ、今の会話。違和感を覚え、俺は思わず、その場で半歩だけ後ずさってしまう。

 望が単独で転移してしまったのはまだ信じられる。だが、望が転移した場所の近くに1か月前に迷い込んでいた東さんがいて、助けが来るとは限らないのに1か月間、消費せずに取っていた銃弾を惜しげもなく使い、雅たちとすぐに合流できた? 話が出来過ぎにもほどがある。

 なにより、1か月間、幻想郷にいたのならスーツは少しだけくたびれるだけではすまない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。必ず、どこか破けたりするはずだし、ましてや、髭の手入れなどできるわけがない(・・・・・・・・・・・・・・・)。彼が髭の生えない体質かもしれないが、それにしても彼の恰好はあまりに綺麗すぎる。

 しかし、なによりも気持ち悪かったのがそんな彼を一切、疑うような素振りを見せない皆の顔だった。

 あまりにも不自然な台詞なのにそれに疑問を持つことなく会話を続ける三流の小説を読んでいるような気分だ。作者の思い通りに物語を進めるため、多少強引な設定でも登場人物たちは疑問を抱かない、読者を置いてけぼりにするようなシナリオ進行。

「へぇ、そうだったのか……」

「……」

 悟は東さんを見て感心するように声を漏らし、リョウも言葉にはしないがどこか優しげに望を助けてくれた彼を凝視していた。2人とも望たちと同じように東さんの言葉に違和感を覚えていない様子だ。

「……それで、ここで待っていれば俺たちと合流できるって言ったのは?」

「東さんです。本当に合流できちゃうなんてすごいですよね!」

 俺の質問に答えたのは霙だった。ブンブンと尻尾を振って嬉しそうに笑っていた。彼女は基本的に他人の前では子犬モードで過ごしている。そのはずなのに霙の姿は擬人モード。完全に東さんを信用している証拠だ。

 確かに望を助けてくれたのなら多少なりとも信用するかもしれない。だが、これはあまりにも異常だ。望や雅ならまだしも幻想郷に住んでいるリーマとドグはこの土地のことは知っている。彼らならこんな場所で待っていても俺たちと合流できるとは思わないはず。

「すげぇな、東! お前の勘って当たるんだな!」

「いや、たまたまだよ。ここって見晴らしもいいし、空を飛んできたらすぐに見えるだろう?」

「そこまで考えてたのね。疑ってごめんなさい」

 だが、バシバシと東さんの背中を何度も叩いて褒めるドグ。リーマは最初こそ疑っていたが本当に俺たちと合流できたからか申し訳なさそうに謝っていた。

「あ、そうだ。弥生さん、これありがとう。調べ終わったから返すよ」

「は、はい! あの……どうでしたか?」

「……正直、修復は難しいね。力になれなくてごめん」

「いえいえ、気にしないでください! 東さんも気遣ってくれてありがとうございます」

 そんな会話を交わしながら東さんの手に握られていた物を見て目を見開いてしまった。あれは弥生の家に代々伝わる秘宝――青竜の珠。何があったかは知らないがそれを他人である東に預けていた?

(なんなんだよ、これッ)

 幻想郷に来てからまだ数時間も経っていない。そんな短時間で弥生が青竜の珠を預けるほどの信用を得た東さんに恐怖を抱いてしまう。

 あまりも現実味のない話とそれを何の疑いもなく信じる皆。あの警戒心が強いリョウですらすでに皆の輪に入ってしまった。まるで、東さんを信じることが当たり前であり、疑っている俺が間違っていると言わんばかりに。

(皆、どうしちゃったんだよ……)

 幻想郷の住人が敵対しているせいか、このまま皆も俺と敵対してしまうのではないかと考えてしまった。そんなこと起こり得るはずがない。はずがないのに、どこか不安に思う自分がいる。

「くそっ……何がどうなってんだ」

 東さんと楽しそうに話す皆を見て俺は奥歯を噛みしめた。




あ、霊奈さん出て来ていませんが忘れているわけじゃないので安心してください。

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