東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第444話 組織と犯人

 高校最後の夏に幻想郷に迷い込んでから様々なことがあった。楽しいこともあれば苦しいこともあったし、今でも後悔し続けていることも思い出せた(・・・・・)

 そして、それと同時に戦い続けた。

 家に帰るために。

 忘れてしまった狂った運命をやり直すために。

 独りぼっちの女の子を助けるために。

 絆を取り戻すために。

 友人を深い闇から引っ張り上げるために。

 俺のために離別を選んだ仲間を抱きしめるために。

 俺を殺そうとする敵を追い返すために。

 切りたくても切れない縁を持つ相手と話すために。

 今は燃やし尽くされてしまった過去と脅かされた未来を守るために。

 これらの戦いは決して生易しいものではなかった。何度も死にそうな目に遭ったし、俺に力を貸してくれた仲間もボロボロになってしまった。それどころか俺が守ろうとした相手を傷つけたこともあった。

 だが、無駄な戦いなど一つもなかった。自分の身を守ることすら危うかった俺を皆が強くしてくれた。一緒に戦うと誓ってくれた。自惚れていた俺に現実を教えてくれた。

 “皆で生き残る覚悟”。それがこの数年、戦い続けた中で得た俺の答え。

 しかし、結局のところ、俺は運が良かっただけなのだろう。

 たまたま、困難を乗り越える力を持っていて、俺に力を貸してくれる仲間がいて、心が折れても支えてくれる家族がいて、俺が守ろうとした物もそれを受け入れてくれたからこそここまで生き残ることができた。

 1つでも歯車が狂っていれば俺は死んでいただろうし、かけがえのない仲間達とも出会えなかった。

 でも、今回は違う。全てを受け入れるはずの幻想郷は俺たちを拒んでいる。力のある者は敵対し、それ以外は拒絶する。この場に俺たちの味方はいない。助けに来たはずなのに俺たちは異物と認識されている。

「――い! 響!」

「ッ……」

 俺の耳元でリョウが叫び、正気に戻る。周囲を見渡せばいつの間にか人里を抜け、森の中を移動していた。あの万屋の看板を見てから考えがまとまらない。想像以上にショックだったようだ。

「大丈夫か? 一旦、休憩した方が……」

「……いや、いい。早く移動しよう」

 俺の顔を心配そうに覗き込む悟の肩を押して歩きながら上空を見上げる。ぼうっとしていた間に霊力の線が見えなくなっていたら大変だ。だが、目に入ったのは赤い線ではなく、青い線(・・・)だった。そして、すぐにその近くに赤い線を見つける。

「見失ったのか?」

「見失ったわけじゃない……けど、別の線があった」

「……やはりか」

 俺の言葉を聞いたリョウは苦虫を噛み潰したような顔をした。まるで、予想していた最悪の事態が現実になったと言わんばかりに。

「あの青い線が何か知ってるのか?」

「知っているわけではない、見えないからな。だが、予想はしていた」

 勿体ぶる――いや、話すことを躊躇するように言葉を濁すリョウだったが俺の視線に負けたのかため息を吐いた後、立ち止まった。俺たちも彼女に倣い、足を止めて彼女へ顔を向ける。

「別に難しい話じゃない。被害者が霊夢だけではないという話だ」

「被害者が霊夢だけじゃない……おい、それって」

「言葉のままだ。霊夢のようにあのペンダントを付け、地力を奪われている奴がいる。それも相当の実力者たちが、な」

 幻想郷に住んでいる全員が俺たちと敵対しているのなら、妖怪の山で巡回天狗たちに襲われた時、しょっちゅう、新聞のネタを探して幻想郷を飛び回っている射命丸はともかく巡回天狗たちと同じように妖怪の山の見回りをしている椛がいなかったのはおかしい。椛とはそれなりに仲がいいし、俺の戦い方も知っている。彼女がいたらこちらも本気で戦わなければならないほど追いつめられたはず。

 もし、侵入者が俺だと知らずに様子を見に来たとしてもあれだけの人数がいたのだ。1人だけ応援を呼びに行き、椛を連れて来たはず。それをしなかったということは自分たちだけで俺を捕縛、もしくは殺害できると踏んだか――椛が動けない状態だったか。

 それに加え、少なくとも巡回天狗たちが迷わず襲い掛かってきたということは事前に俺と戦うことを視野に入れていたことになる。それなら椛から俺の戦い方を教わっていただろうし、もう少し苦戦していたはずだ。

 それすらなかったということは動けないどころか、言葉すら発せない状態である可能性が高い。そう、今の霊夢のように。

 考えもしなかった最悪の事態に視界が狭くなる錯覚に陥る。頭の中で整理が追い付いていないのだ。

 いつまで経っても仲間たちと合流できない焦り。

 倒れた霊夢を見てから胸の奥で燻る正体不明の感情。

 幻想郷から敵対されている孤独感。

 そんないくつもの異常(イレギュラー)を抱えている中、これ以上それが増えれば頭がパンクするに決まっている。

「人里で寺子屋に近づくなって言ったのは」

「ああ、あのワーハクタクが変身魔法を見破る危険性もあったが、なにより霊夢と同じような状態だった場合、お前は絶対に動揺するだろう」

「……」

 彼女の言葉は間違っていなかった。こうして口頭で可能性を伝えられただけで頭の中がぐちゃぐちゃになりそうなのに何も知らない状態で寝込む慧音を見つけたら間違いなく俺は動揺してしばらくまともに頭を働かせられなかったはずだ。

「でも、椛も他の巡回天狗と同じ下っ端だったはずだろ? どうして椛だけ動けなくなってるんだ?」

「十中八九、幻想郷を崩壊させようとしている組織とペンダントを霊夢たちに付けた犯人は繋がっている。なら、犯人も外の世界を知っている(・・・・・・・・・・)だろう」

「ッ……『東方project』!」

 悟の疑問に答えたリョウだったが、彼女の言葉を引き継ぐ形で閃いた答えを叫んでしまった。

 外の世界と幻想郷を繋ぐ唯一の存在である『東方project』に登場するキャラのほとんどは幻想郷の中でも実力のある住人たち。つまり、ゲームに登場したことのある人たちにペンダントを付ければ幻想郷の実力者のほとんどを無力化できる。また、ゲームに出ていない人たち(たとえば天狗たちのリーダー)もどこかで情報を得られるだろうから特定することも容易い。

「それが本当ならマジでまずいぞ……犯人は幻想郷の実力者の地力を一箇所に集めてるんだよな!? どれだけ莫大なエネルギーになるんだよ!」

「知らん。だが、それだけのエネルギーがあれば幻想郷を内側から崩壊させることぐらい、簡単だろうな。適当に開放するだけで幻想郷全体を更地にできるだろう。下手すれば外の世界にも多大な影響を与えるかもしれない。それほど一箇所に集めたエネルギーを開放した時の破壊力は凄まじいからな」

「なんだよ、それ……」

 気絶している奏楽を抱えながら絶叫する悟とこんな状況であるにも関わらず冷静なリョウを見ながら声を漏らしてしまう。

 これまでの戦いは俺や俺の周りにいる人たちを守るためのものだった。今回だって幻想郷の崩壊の危機だとわかったからここまできたのだ。

 しかし、幻想郷の崩壊を止めに来たはずなのに住人達に敵対される上、外の世界すらも危険な状態だと判明した。これではまるで、世界の滅亡を止める救世主のようだ。

「……早く行こう。時間がない」

 正直、今も混乱しっぱなしでどうすればいいのかわからない。だが、間に合わなければ霊夢たちは死に、幻想郷は滅び、外の世界もただでは済まないのだ。なら、早く犯人のところへ行き、この異変の真相を知るべきである。考えるのはその後でもできるのだから。

「え? あ、おい!」

「……ふん」

 何やら騒いでいる悟たちを置いて俺は2本になった地力の線の後を追い始めた。


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