東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

445 / 543
第435話 運命の朝

「……」

 カーテンの隙間から差し込む朝日に目が眩み、目を開けた。だるい体に鞭を打ち、上体を起こしてカーテンを全開にする。日が昇ったばかりなのかまだ外は薄暗く、微かに鳥の声が聞こえた。

「ふわぁ、ますたぁ?」

 その時、机の上に置かれた小さなベッドからもぞもぞとパジャマ姿の桔梗が姿を現す。まだ寝惚けているのかフラフラしながらこちらへ飛んで来る。

「おはよう、桔梗。まだ寝ててもいいぞ」

「いえ……ますたぁがおきるなら、わ、たしも……」

 しかし、その言葉とは裏腹にそのまま俺の胸に飛び込んで――というより不時着した桔梗は再び眠りについてしまう。そんな彼女を見て自然と口元が緩んだ。

「……今日、か」

 今日、俺たちは幻想郷へと向かう。そのための準備は全て終わらせた。あとは『時空を飛び越える程度の能力』を使うだけ。

 十中八九、幻想郷で何かが起きている。そして、それにずっと俺を狙っていた奴らが関係しているのも明白。わからないことばかりで不安だが、外の世界(こっち)でもうできることはない。実際に幻想郷へ行き、状況を把握するしかないのだ。

 すっかり眠気も吹き飛んでしまったので桔梗を起こさないように彼女のベッドへ戻した後、自室を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は正午過ぎ。俺たちはヒマワリ神社近くの広場に来ていた。この場所こそ、昨日、リョウと四神たちを中心に準備していたところであり、幻想郷へ向かう出発地点。

 広場の中心に巨大な結界陣が刻まれており、その陣の中心で俺、桔梗、望、雅、奏楽、霙、弥生、リーマ、悟、霊奈、リョウ、ドグ、母さんはその時が来るのを待っていた。西さんを幻想郷へ連れて行くのはさすがに精神的負担が大きいので柊たちに預けている。また、俺たちがいない間、組織の奴らが何か悪さした時に対処して貰うようにも頼んでおいた。

『それでは、始めます。まずは雅さん、霙さん、弥生さん、リーマさんはそれぞれの位置に』

 脳内に響く麒麟の指示に4人は頷き、雅は南、霙は北、弥生は東、リーマは北に設置されている小さな結界陣の中へ入り、その場で四神を纏った。半龍の弥生はともかく、亀の甲羅に身を包まれている霙や虎耳、虎の尻尾、肉球ハンド姿のリーマ――そして、なにより完全にオレンジ色のニワトリの着ぐるみを着ているようにしか見えない雅。そんな彼女たちが真面目な顔をして陣に地力を注いでいる光景は彼女たちには悪いがあまりに滑稽である。雅たちを見て悟とドグは必死に笑いをこらえ、それぞれ霊奈と母さんに殴られていた。

『では、奏楽さん、お願いします』

「はーい!」

 俺たちの傍にいた額から白銀の角を生やした奏楽も陣の中心に向かい、陣に地力を注ぐ。その刹那、巨大な結界陣が真っ赤に輝き出した。『四神結界』が発動したのである。

『これで準備は整いました。後はお任せします』

「……ああ」

 『時空を飛び越える程度の能力』をコントロールできるようになったのはいいものの、俺1人で幻想郷へ向かうことに皆が反対したのである。もちろん、桔梗には腕輪に変形してついて来てもらうし、なにより向こうに着いたら式神組は呼ぶつもりだった。

 しかし、それでも駄目だと猛反対したのが悟。『時空を飛び越える程度の能力』を発動した後、『夢想転身』のデメリットで俺は闇が地力を供給する数秒の間、身動きが取れなくなる。幻想郷の現状が把握できていない今、それはあまりにも危険。それが彼の主張だった。更にその意見を聞いた全員が悟に賛成し、全員で幻想郷へ向かうことにしたのである。

 だが、『時空を飛び越える程度の能力』で俺以外の人と一緒に飛べるか、という問題が発生したのである。試行錯誤するにも失敗した場合を考えると安易に試すこともできず、どうしたものかと頭を抱えているところに声をかけてきたのが麒麟だった。

『『四神結界』を使い、その結界内にいる人全員を転移させればいいのではないでしょうか? それに今回の場合に限って言えば『夢想転身』に使用する霊力をこちらで肩代わりすることも可能でしょう』

 彼女の話によると『四神結界』を展開するメンバーが俺の式神なので親和性が高く、彼女たちとの間に築かれている契約を通して霊力を俺に供給し、俺の霊力を一切使わず、『夢想転身』を発動させることができるらしい。一度、俺の霊力を別の地力に変換して隔離した後、『四神結界』から霊力を供給。『夢想転身』を発動して能力を使った後、もう一度地力を霊力に戻せば変換する時のロスト以外の消費はない。もちろん、『理論上は』という但し書きが付くけれど。

 一応、試験的に簡単な結界の中で『時空を飛び越える程度の能力』を発動し、結界内に置いておいたカラーコーンと共に転移したが、その時は結界が『時空を飛び越える程度の能力』の負荷に耐え切れずに粉々に砕けてしまい、一緒に転移したカラーコーンは200メートル先の木の枝にボロボロの状態(具体的には真っ二つになっていた)で引っ掛かっていた。なお、片割れはいくら探しても見つからなかった。

 また、別の機会では結界内にカラーコーンを置き、俺1人だけで転移したところ、結界は壊れず、残ったままだった。つまり、結界が壊れた理由は『時空を飛び越える程度の能力』によるものであり、逆説的に言えば結界さえ壊れなければ『時空を飛び越える程度の能力』で結界内にある物と一緒に転移できることがわかった。そして、失敗すれば真っ二つになったカラーコーンのように無残な姿になってしまうことも。

 やり直しの効かない、練習すら許されないぶっつけ本番。しかも、失敗した場合、最悪なことも考えられる大勝負。緊張しない方がおかしい。深呼吸を繰り返し、『四神結界』の中心でジッと俺が来るのを待っている奏楽に視線を向ける。彼女はいつもと変わらない笑顔を浮かべていた。ぐるりと周囲を見渡せば他の皆も奏楽と同じように俺のことを笑いながら見守っている。俺が失敗することなど一切考えていないと言わんばかりに。そう、あのリョウですら。

「……はぁ」

 皆から寄せられる信頼に思わずため息を吐いてしまう。俺自身、自分のことを信じられないのに皆の方が俺を信じている矛盾。でも、その信頼を裏切りたくない。

「始めるぞ」

 そう誰にともなく呟き、一歩、また一歩と奏楽へ近づく。そして、手を伸ばせば頭を撫でられるほどの距離まで来たところでその場で片膝を付き、地面に手を触れさせた。そのまま『四神結界』に意識を向け、ゆっくりと霊力を吸い上げる。ここに来る前に霊力はほぼ空っぽの状態にしていたのでスポンジが水を吸収するようにどんどん俺の体の中へ霊力が流れ込んで来た。

「『夢想転身』」

 限界まで霊力を吸収し、博麗の奥義を発動させる。俺の体から紅いオーラが迸り、その拍子に発生した風で結界内にいた全員の髪が揺れた。

 これで全ての準備は整った。後は『時空を飛び越える程度の能力』を発動するだけ。桔梗に頷いてみせると彼女はすぐに腕輪に変形して俺の右手首に装着された。『夢想転身』を発動したからか、変に高揚している。それを抑えるために左手で自分の胸を押さえた。

 対象は『四神結界』内にいる人間全員。転移先は幻想郷。範囲設定も座標設定もスムーズに完了。この時点で異常が起きれば頭に痛みが走る。それがないということは上手くいけばここにいる全員で幻想郷へ飛べるということ。

「――ッ!!」

 そして、『時空を飛び越える程度の能力』を発動させた。

 その刹那、ピシリと『四神結界』に皹が走る。まさか発動しただけこれほどの負荷がかかるとは思わなかったのか麒麟が小さく息を呑んだ。

『皆さん、地力を結界に! 絶対に破壊されてはなりません!』

 遠くの方から麒麟の絶叫が聞こえる。だが、それを気にするほど俺に余裕はなかった。範囲が範囲なので転移に時間がかかっているらしく、それと同時に体から急速に霊力が失われ、『夢想転身』を維持するだけで精一杯だった。救いなのは『時空を飛び越える程度の能力』は一度発動してしまえば放っておいても転移してくれることぐらい。もし、最後まで『時空を飛び越える程度の能力』に意識を向けていなければ『夢想転身』は解除され、失敗していただろう。

 ぎしぎしと軋む体に鞭を打ち、顔を上げると『四神結界』の皹が少しずつ――しかし、確実に大きくなっていた。雅たちも滝のように汗を流しながら結界を維持しようと地力を注ぎ込んでいるがその効果はあまりないようだ。

『くっ……こう、なったら!』

 麒麟が悲鳴のような大声を上げ、その次の瞬間、複数のガラスの砕ける音が耳に届き、目の前が真っ白になった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。