東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第432話 畳の部屋

 ふと鼻をくすぐったのは畳の匂いだった。そして、自分は畳の上で横になっていることに気付く。起きたばかりでまだ正常に働いていない思考回路を必死に巡らせながら体を起こすが6畳ほどの見覚えのない畳の部屋にいることぐらいしかわからなかった、

(そもそも、俺はいつ寝たんだ?)

 確か桔梗から教わった博麗の巫女に伝わる奥義の一つ、『夢想転身』を発動した――ところで記憶が途切れている。おそらく、衰弱している状態で奥義を発動したせいで気絶してしまったのだろう。

「……」

 じゃあ、なおさら今の状況が不可解だ。気絶したとしても吸血鬼は単独行動できるので魂へは還らず、俺を家まで運んでくれるはずだ。

 しかし、俺がいるのは見覚えのない畳の部屋。それに加え、部屋にあるのは唯一の出入り口である襖が1枚のみ。聞こえるのは己の息遣いぐらいだ。そう、魂の住人の声すら聞こえないのである。いつも聞こえていた彼らの声が聞こえない今、少しばかり寂しさを覚えてしまうがとにかく状況を把握しよう。

(そのためには……)

 立ち上がって襖へと近づく。念のために聞き耳を立ててみるがやはり音はしなかった。魔眼を発動しようとしてもしないし、ここでは俺の力は制限されているようだ。魂の住人たちの声が聞こえないのもそのせいかもしれない。

「……」

 意を決して襖を開けると目の前に広がったのは何の変哲もない畳の部屋だった。俺が目を覚ました部屋と同じぐらいの大きさ。だが、明らかに違う点が2つ。

 1つは部屋の隅に置いてある古臭い黒電話。そして――。

「―――――」

 ――部屋の中心に設置された結界陣の中に人影。結界陣から漏れる光があまりに強く、中にいる人のシルエットぐらいしかわからない。その人はぶつぶつと何か呟いており、微かに聞こえる声でその人が女性であることがわかる。

「―――……っ」

 不意に女性の声が途切れ、僅かに影が動き息を呑む。俺の存在に気付いて驚いたらしい。こちらから相手を見ることはできないが何となく目が合っているような気がする。

「……」

「……」

 お互い、何も反応せずに見つめ合う。力が使えない現状、下手に動いて敵と認識されてしまうのは避けたい。俺としては向こうから何かしらのアクションがあると嬉しいのだが。

「……響」

「ッ――その声、レマか?」

 その声で結界陣の中にいる人物がレマだとわかった。しばらく声を聞いていなかったので心配していたが無事だったらしい。

「どうして、ここに?」

「いや……俺もよくわかってないんだ」

 かすかに震えた声でレマが質問してきたので素直に答えた。しかし、それだけこちらの状況を把握したのか彼女は深々とため息を吐く。きっと、結界陣から漏れる光がなければ呆れた表情を浮かべていたに違いない。

「まったく……あなたは私ですら予測できないことばかりしますね。少し自信をなくしてしまいそうです」

「はぁ? なに言ってんだよ」

「いえ、ただの独り言なので気にしないでください。さて、簡単に説明しますとここはあなたの魂の中――私の部屋です」

「ここが、レマの」

 もう一度、周囲を見渡すがやはり外と連絡を取るための黒電話以外なにもない。

 俺が自分の魂の中に初めて入った時、俺の部屋には何もなかったが置きたい家具をイメージすれば簡単に設置することができた。ほとんど俺の部屋にいる他の魂の住人たちも自分の部屋を好き勝手に改造している。もちろん、魂の住人の1人であるレマも例外ではないはず。

「私は他の住人とは少しばかり在り方が違うせいでしょう」

 どうして家具を設置しないのか、と問うとレマはあっけらかんとそう答え、彼女の視線が俺から外れる気配がした。どうやら、彼女も部屋を見渡しているらしい。

「どう違うんだ?」

「……なんと言えばいいのでしょう。そうですね、簡単に言えば私は家賃を滞納している、ということです」

 魂の住人たちは少しずつ俺に地力を供給している。吸血鬼は魔力、トールは神力、猫は妖力、闇は闇力、翠炎は炎力。今は弥生の魂へ移動してしまった青竜も俺のところにいた頃は神力を払っていた。

 しかし、今思えばレマから地力を受け取った記憶は一度もない。むしろ、出会った頃の彼女の話が本当ならば俺の霊力とレマの霊力はお互いに干渉し合い、結果的に霊力の出力が落ちている。今まで霊力の出力に関して問題は起きていないのですっかり忘れていた。

「だからこそ、私は家具を設置することはおろかこの部屋から出ることもできません」

「その結界陣のせいか?」

「いいえ、これは()が設置した結界陣です。何も関係ありません。なので――」

 そこで言葉を区切ったレマが僅かに体を動かした。その刹那、俺の体が凄まじい力で後ろへと引っ張られ始める。何とか踏み止まろうと必死に抵抗するがその抵抗も空しく俺は紙のように宙を舞い、襖を再び潜り抜けた。本来であれば俺が起きた畳の部屋に繋がっているはずなのに遠ざかる景色は白。まるで、俺が起きた部屋など最初から存在しなかったと言わんばかりに周りは白で埋め尽くされていた。

「――あなたは還りなさい。ここに来るべきではなかったのです。またお話ししましょう」

 彼女の部屋はどんどん遠ざかっているのに自然と声だけは耳に滑り込んできた。

(なん、だよ……)

 別に彼女とお別れするわけではない。レマ自身、また話そうと言っている。あの人(・・・)のようにいなくなるわけではない。

(なんで、だよッ!)

 でも、遠ざかる彼女のシルエットを見ると胸が締め付けられる。心がバラバラになりそうになる。何か、大切なものを失ってしまったような――取り返しのつかない過ちを犯したことに気付いた時の絶望感に苛まれる。だからだろうか――。

 

 

 

 

 

 

 

「レマぁあああああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 ――俺は必死に手を伸ばしながら遠のく彼女の名前を叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行きましたか」

 独りでに閉まる襖を見てほっと安堵のため息を吐いた。まさか、あれがトリガーとなって彼がここに来てしまうとは思わなかったのである。私としては彼があれを習得してくれたら嬉しいが、その度にここに来られてはたまったものではない。

(何か対策する必要がありそうですね)

 彼をこの部屋から強制退出させた際、咄嗟に彼の魂に引っ掛けておいた霊力の糸を見つめながら脱力してその場で寝転がる。淑女あるまじき行為だが今は許して欲しい。何の覚悟もなく彼に会うのは心臓に悪すぎるのだから。

「本当、面倒なことばかりです」

 霊力の糸を手の中で遊ばせながら天井を見上げる。ああ、これも彼の言葉に甘えて魂に転がり込んだ己に対する罰なのだろう。生きている時(・・・・・・)はさほど苦労せずに暮らしていたので余計、辛く感じる。

「すぅ……はぁ……」

 深呼吸して思考をクリアにして本格的に対策を考える。

 そもそもの話、あれは一日にそう何度も発動できる技でもない。仮にここに来そうになっても繋いである霊力の糸を通して霊力の塊をぶつけて押し返せばいい。多少の痛みはあるだろうけれどこれも彼のためだ。彼が再びここに現れることはほとんどないだろう。

 そんな結論に至り、私は体を起こして伸びをする。さて、気を取り直して術式の構築に戻ろう。放置し過ぎてせっかくの結界陣が崩壊してしまったら最悪だ。

「よーし、頑張りましょー……はぁ」

 彼と久しぶりに話したせいで独り言を漏らす自分が何だが空しく感じる。今まで必要最低限の会話しかしてこなかったがもう少しだけ話す機会を作ってもいいかもしれない。術式を完成させた私へのご褒美として検討しておこう。







レマさん久しぶりの登場。
なお、前回の登場がいつだったか作者である私自身、把握していない模様。

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