東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第426話 打ち止め

『朝、美香ちゃんがいないことに気付いた家族は慌てて探したけど見つからなかった。笠崎君は最初から池に行ったと察して森の中に入ったらしいが、蛍の案内なしでは辿り着けなくて僕のところに池までの道のりを教えてくれと頼みに来たんだ。でも、当時の僕は池の道のりを知らなかったからどうすることもできなくて……結局、夜まで待ってから熱で動けない僕を笠崎君が支えて蛍の後を追って』

 真実の光景を見た後、我に返った私が聞いたのは事の結末を話す管理人さんの悲しげな声だった。彼はそこで言葉を区切ってしまったがすり替えられた妹さんの末路は最初に聞いていたので容易に想像できる。

(……あの後、能力は反応しなかった)

 つまり、例の光景を見た後に聞いた彼の言葉は真実だったのだろう。おそらく、妹さんが妖怪に殺された後、笠崎先生は紫さんに記憶を封印され、別の記憶を埋め込んだ。そして、笠崎先生を自宅に運び、陰から事件の結末を見届け、妖怪の露見を防いだことを確認して笠崎先生から離れた。

 しかし、その記憶の封印は何者かによって解かれ、笠崎先生も紫さんや妹さんを殺した妖怪たちを恨むようになってしまった。その記憶の封印を解いたのが確証はないけれど代表なのだろう。

 話しにくいことを話してくれた管理人さんに私たちは彼にお礼を言って池を後にした。念のために帰り道、雅ちゃんの能力で支配下に置いた炭素を目印代わりに時々、木に付着させた。これで雅ちゃんがいればいつでも池に来ることができる。

 それと同時に私が見た真実の光景について話した。管理人さんの話を聞いている最中、私の様子がおかしくなったことには気付いていたがまさか映像として見ているとは思わなかったようで驚いていた。私が見た光景について話し合う前に駅に着いてしまい、これ以上の手がかりは出て来ないと判断した私たちは家に帰ることにした。

「それで……さっきの光景の話なんだが望、もう一回詳しく教えてくれ」

「うん、わかった」

 電車が発車して少し経った頃、お父さんが小さく咳払いをした後に話し合いを再開させる。私は真実の光景についてはもちろん、その光景を見て思ったことや感じたことを皆に伝えた。

「相変わらず、代表の能力はわからないが……お前の想像通り、代表が笠崎に施された封印を解いたんだろうな。それにまだ笠崎のことしかわかっていないが例の組織は『八雲 紫』や妖怪みたいな想像上の存在を滅亡させるために動いているとみて間違いないだろう」

「と、言っても予想が真相に近づいただけで現状に進展はねぇけどな」

 お父さんの言葉に続くようにドグがつまらなさそうに肩を竦めながら言葉を漏らす。彼の言う通り、笠崎先生が代表に協力していた理由はわかったが『代表と先生が会った映像』などの決定的な手がかりを見ることはできなかった。私の能力はあくまでも管理人さんの話の真実()を見つけただけに過ぎない。穴の中にある真実以外のことは見つけられないし、見つけるためには別の穴を探し出すしかないのだ。

(でも、他に穴がありそうな場所は……)

 私の能力は意図的に発動した時よりも確率は低いが勝手に穴を見つけることもある。遺書を見た時に穴を見つけられなかったことを考えると能力を発動していても無駄に終わるだろう。それは西さんのことも言える。彼女の消された記憶を見つけることはできなかった。だが、遺書と西さん以外に穴を見つけられそうな場所はない。

「望、どうする?」

 私にできることがないことを自覚した瞬間、雅ちゃんが私の顔を覗き込みながら問いかけてくる。彼女に視線を向ければとても心配そうに私を見ていた。

「……ごめん。何も思いつかないや」

「そっか。じゃあ、やっぱり響が能力を使えるようになるまで待つしかないか」

 雅ちゃんはそう言ってスマホを取り出し、操作し始める。どうやら、お兄ちゃんに私が見た光景について報告するつもりらしい。謝る私を励ますことなく、さらっと流してしまったからかお父さんとドグは意外そうに顔を見合わせた。

 他の人なら私を励ましていたかもしれない。でも、かえってその励ましが辛く感じる場合もある。それを彼女も今の私と同じように何度も自分の力不足を突き付けられた雅ちゃんは知っていた。だからこそ、私の気持ちを一番理解できる彼女だからこそ軽く流したのである。

「……ありがとう、雅ちゃん」

「ん……ん? んんん?」

 私のお礼に対して小さく頷いた彼女だったがすぐに眉を顰め、スマホの画面を凝視した。何だろうと横から画面を覗き込むと『O&K』の公式ホームページが映し出されているのに気付く。

「え、あ……はぁ!? な、何これ!?」

「雅ちゃん、どうしたの?」

「こ、これ」

 そう言いながら震える手でスマホを指さす雅ちゃん。そこには今日新しく公開されたVRゲームのPVが再生されていた。例の噂をどうにかするために悟さんが手を打つはずだったがこれがその一手なのだろうか。

「……ん?」

 その時、流れているPVに出ている綺麗な女優さんを見て首を傾げてしまう。綺麗な黒髪を大きな紅いリボンで一本にまとめ、迫り来る敵を白い鎌でバッタバッタと薙ぎ倒している。場面が次から次へと変わってしまうため、見逃していたがその女優さんにとても見覚えがあった。それに加え、彼女の傍で援護をするメイド服をきた可愛らしい人形も。

「お、お兄ちゃん!?」

 そう、『O&K』新作のVRゲームの新しいPVに出ていたのはお兄ちゃんと彼の従者である桔梗ちゃんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響たちが巻き込まれた文化祭事件の同日。幻想郷に1人の人間が訪れた。その人間はキョロキョロと周囲を見渡し、すぐに自分のいる場所が幻想郷の森の中であることを把握すると地面に落ちていたバッグを拾って背負った。もう一度、周囲を観察して忘れ物がないか確認した後、歩き始める。その歩みに迷いはない。まるで、“最初から目的地の方向を知っている”かのように。

「……」

 ものの数十分で森を抜けた人間は足を止め、目の前に広がる広大な草原を忌々しげに眺める。だが、それは長く続かない。その人間に近づく女がいたからだ。

「ごきげんよう。ようこそ、幻想郷へ」

 その女の名前は『八雲 紫』。幻想郷最古参の妖怪の1人であり、賢者と称えられている。また、彼女こそ幻想郷を包む博麗大結界の提案者の1人であり、幻想郷の創造にも関わっているとされている妖怪だ。

 ニコニコと笑いながら挨拶した見る紫だったがその内心は目の前に立つ人間を警戒していた。彼女の記憶が正しければその人間を見るのは初めてだった。言い換えれば初めて幻想郷を訪れた外来人である。それにも関わらず、人間は焦った様子もなければ初見の森を迷うことなく脱出した。そう、目の前の人間は明らかに異常なのである。彼女が警戒しても何もおかしくはない。

「肝が据わっているのか。それとも驚きのあまり表情筋が麻痺してしまったのか……いえ、あなたは最初から幻想郷を知っていた(・・・・・・・・・・・・・)。違う?」

「……」

 紫の質問に人間は無言を貫く。だが、ただ黙っていたわけではない。彼女の質問に答えるように徐に持ち上げた右腕を横に軽く振るった。その光景を訝しげに見つめていた紫だったがすぐにキョトンとした表情に変わる。

「……そんなわけない、か。ごめんなさい、最近色々あって神経質になっていたみたいなの。そうだわ、疑ってしまったお詫びとして幻想郷を案内しましょうか?」

 彼女の提案に対し、言葉を発さずに頷く人間。それを見て満足そうに笑った紫は扇子を取り出して横に一閃。彼女の能力であるスキマを開き、優雅に右手をちょいちょいと動かして人間を呼び寄せた。その動きに誘われるように人間が紫の隣に立つと2人はスキマの中に消えていった。


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