東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第407話 殲滅モード

 【ビット】が青い光線を放ち、銃弾の壁に小さな穴を穿つ。その隙間を【ビット】が潜り抜けるとほぼ同時に隣にいる吸血鬼が持っている狙撃銃の銃口からマズルフラッシュが瞬いた。

 ――『ゾーン』。

 意識を集中させ、己の思考速度と認識能力を大幅に向上させる。銃弾の壁も、【ビット】も、吸血鬼が放った弾丸も、この世の全てがその動きを止めた。いや、止まったように見えるほど動きが遅くなったのだ。その証拠に今まさに吸血鬼の放った弾丸が最も俺たちに迫っていた銃弾を掠め、火花を散らせた。弾丸はそのまま軌道を変え、別の銃弾とぶつかる。おそらく吸血鬼は砲台を狙う“ついでに”銃弾の壁を解体しようとしたのだろう。弾丸はは少なくとも十数回ほど銃弾にぶつかって跳弾する軌道を描いている。

 しかし、たった十数回の跳弾で解体できるほど銃弾の壁は薄くない。なら、俺たちが吸血鬼の弾丸に当たる銃弾以外の全てを無効化すればいいだけだ。

 ――【ビット】、起動。

 横に、縦に、斜めに8つの【ビット】を動かす。すると、俺と【ビット】の間にあったいくつかの銃弾がその場で弾け飛んだ。それを尻目に再び【ビット】を操作。また銃弾が弾ける。それを何度も繰り返すと銃弾の壁にポッカリと大きなが穴が開き、俺たちはその穴を潜り抜けた。そして、最後の銃弾とぶつかり跳弾した弾丸が砲台の一つを木端微塵に砕く。

 とりあえず、銃弾の壁はやり過ごした。だが、まだ敵の攻撃は止んでいない。吸血鬼にはこのまま砲台の破壊に専念して貰い、俺たちは彼女の護衛に徹しよう。砲台がなくなればその分、こちらにチャンスが巡って来る可能性が高くなる。【ビット】を使えば強引に要塞に近づくことは出来ると思うが今の【ビット】を使い続ければほんの数分で桔梗はオーバーヒートを起こしてしまうので肝心な時に動けなくなるかもしれない。そのため、今は砲台の破壊を最優先にしてその時が来るのをジッと待つのが得策だろう。

『何なんだよ、それ……聞いてねぇぞ!』

 青い光線を放つ【ビット】が移動する度、俺たちと【ビット】の間を飛んでいた銃弾が弾け飛ぶ光景を見て笠崎が声を荒げる。それを聞いて俺は確信した。彼は『着装―桔梗―』の存在を知らない。もし、知っているのなら何か対策を練っているはずだ。少なくとも馬鹿みたいに銃弾をばら撒くような無駄なことはしないだろう。

 今の【ビット】は翼と肉眼では見えないほど細いワイヤーで繋がっている。そのワイヤーから常に魔力を【ビット】に供給し、充電せずに青い光線を撃ち続けることができる。しかし、それはそこまで重要な機能ではない。この【ビット】の最も特徴的な点は【ビット】と翼を繋いでいるワイヤーが“超高速振動”することである。更にワイヤー自体、よっぽどのことがない限り千切れないように加工してあるので【ビット】が動くとワイヤーも移動し、そのワイヤーが通り過ぎた場所はバターを切るように一刀両断されてしまう。銃弾の場合、ワイヤーの超高速振動に耐え切れずに内側から弾け飛ぶ。確かに殲滅モードの【ビット】は強力だが、8本のワイヤーを同時に超高速振動させるのでその分、熱量が大きくなる。たとえ、インパクトの時だけ振動させても桔梗はたった数分でオーバーヒートを起こしてしまう。だからこそ、殲滅モードの【ビット】はもしもの時にしか使えない切り札の一つだった。そして、今がその“もしもの時”である。

『マスター! オーバーヒートまで残り1分です!』

 インカムごしに聞こえた桔梗の声を聞き、右腕の装甲に視線を落とす。そこには黒かったはずの装甲が熱によって真っ赤になり、焦げ臭い匂いがした。おそらく腕の装甲だけでなく全身の装甲が赤熱しているのだろう。オーバーヒートすると桔梗は人形の姿になってしまうので仕方なく【ビット】を回収。幸い、吸血鬼が砲台を破壊してくれたおかげで先ほどよりも弾幕は薄くなっている。これなら【盾】でも完全とは言えないが防ぐことは可能だ。

『あ? まぁ、いいか。それなら今度はこっちの番だ!』

 2枚の【盾】を出現させるとほぼ同時に要塞から人型のロボットが何体も出て来た。ここに来る直前に戦ったあのロボットと同じ機体である。ただ両手に装備している武器が機体によって違った。そんなロボットが俺たちに向かって一斉に突っ込んで来る。軽く数えても二桁を越えていることは明らか。殲滅モードの【ビット】が使えたら適当に動かしてワイヤーで両断すればいいが今【ビット】を使うことはできない。だが、この数を相手にするとなると少々骨が折れる。ならば――。

「吸血鬼!」

 少し離れたところで狙撃銃を構えていた吸血鬼を呼び、右手を伸ばす。そんな俺を見て伝わったのか彼女も狙撃銃を手放し、俺に向かって右手を差し出した。

「「『魂共有』!」」

 俺と吸血鬼が声を揃えて叫ぶと俺たちの身体を青白い光が包む。そして、光が消えると()の前に()と同じ姿の吸血鬼()がいた。しかし、今回、1人の()は『着装―桔梗―』を身に付けているのですり替わりはできない。まぁ、すり替わりは敵を欺くためにしか使えないので笠崎が要塞の中にいる今、すり替わりをする必要はないだろう。

「「禁じ手『ファイブオブアカインド』」」

『くそ、またそれか! でも、本体は丸わかりだぞ!』

 10人に分身した俺たち(私たち)を見て悪態を吐いた笠崎だったがすぐに『着装―桔梗―』を身に纏った本物の()にロボットを向かわせる。確かに『着装―桔梗―』を装備している()は本物だ。しかし、『魂共有』状態の俺たち(私たち)()吸血鬼()という区別はない。()吸血鬼()であり、吸血鬼()()なのだ。

「「桔梗、笠崎がどこにいるかわかる?」」

 5人の分身が二桁を越えるロボットへ向かうのを見送りながら桔梗へ問いかける。『魂共有』は何かと吸血鬼()に負荷がかかるので出来るだけ早く済ませて負荷を軽く(部屋に入る期間をできるだけ少なく)したいのだ。

『え、あ、はい! 少しお待ちください。えっと【薬草】を応用して……できました!』

 ぶつぶつと呟きながら桔梗が新しい武器を創りだした。どうやら生物を感知できるレーダーらしい。使用するのは桔梗本人なので武器というより『着装―桔梗―』そのものに機能が追加された形になる。

『笠崎はどうやら要塞の中心部にいるようです。ですが、奴のことですからおそらく簡単には辿り着けないように罠を仕掛けていると思われます』

「「……関係ない」」

『へ?』

 桔梗の言う通り要塞の中に侵入できたとしても様々な兵器が()の前に立ち塞がるだろう。でも、それは馬鹿正直に真正面から突っ込んだ場合だ。

任せた(任せて)

 5人の分身のおかげでロボットは()を襲うことはなく、【ビット】によって赤熱した装甲もだいぶ冷めて来た。笠崎の居場所も把握できた。後は突撃するだけ。

 本体を含めた9人の()がこちらへ迫るロボットへ一斉に攻撃を仕掛ける。狙撃銃や神力で創造された白い武器、雷撃などを受けたロボットたちは次から次へと墜落していき、ロボットの海に僅かに隙間ができた。そこへ2枚の【盾】を割り込ませ、最高出力で振動することで隙間を更に広げ、両足に備わっているブースターを吹かして一気に加速。そのままロボットの海を突破した。

「このまま真っ直ぐ要塞に行くぞ」

『はい、マスター……え、吸血鬼さん? どっちですか?』

 『魂共有』の効果を知らない桔梗は困惑しているが今は説明している暇はないので放置し、要塞へと向かった。


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