東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

415 / 543
難産でした。


第406話 ビット

 俺の頭上で凄まじい爆音が轟く。しかし、爆発そのものは白黒の盾に阻まれ、俺に届くことはなかった。更に前から追加の砲弾が迫るが左翼を振動させて右にスライドすることで回避する。

『再計算。砲弾を回避することでオーバーヒートが起きる可能性がほぼ0%になりました。反撃可能です』

「ああ」

 桔梗の声に頷き、格納庫に意識を集中させて今は持っていても意味のない紅い鎌を収納する。そして、翼の8つの先端を本体から分離させ、尖っている方を前に向けて待機させた。

『魔力充電開始。充電完了まで残り30秒……そう言えば、この兵器はどのように呼びますか?』

「あー……とりあえず、【ビット】で」

『了解しました。【ビット】、充電完了。オートで砲弾を狙撃するように設定』

 桔梗が【ビット】の設定を終えた瞬間、8つの【ビット】からほぼ同時に青い光線が放たれ、砲弾を全て撃ち落としてしまう。これなら回避行動を取る必要もないので移動に集中することができそうだ。砲弾を次々に撃ち落としていく【ビット】を尻目に2枚の【盾】を格納庫に収納する。

 今までの桔梗であれば一つの武器にしか変形できず、別の武器に変形する際、ほんの一瞬だけ隙ができてしまった。しかし、『着装―桔梗―』の場合、武器の形状が今までのそれと変化しているのはもちろん、複数の武器を同時に展開できるのだ。

 だが、武器を展開すればするほど桔梗にかかる負担が大きくなり、オーバーヒートを起こしやすくなる。それに加え、攻撃もしくは武器の能力を使用すると以前と同様、桔梗は熱を持ってしまうのだ。『着装―桔梗―』を使う時は武器をどれだけ展開せずに戦うかが重要になる。

『着装―桔梗―』を発動して生まれた武器――【ビット】は2つのモードがあり、今のモードは8つの端末を同時に動かしているが青い光線を放つだけなのでほとんど熱は持たず、【盾】で砲弾を防ぐ方が熱量は大きくなる。その代わり、一度に充電できる魔力量は少ないため何度も魔力を充電しなければならない。その反面、もう1つのモードの場合、熱量が『着装―桔梗―』の中で最も大きくなるがその分、殲滅力が極大に増加するそうだ。

『マスター、あれを!』

 防御は【ビット】に任せ、格納庫にある武器の能力を確認していると桔梗が大声を上げる。前を見れば思いの外、要塞に近づいていたようで予想通り見上げるほど巨大な要塞だった。これだけ要塞に近いと【ビット】で砲弾を撃ち落とし切れないので2枚の【盾】を展開し、いつでも防御できるように準備する。

『……音無』

 しかし、不意に砲撃が止み、要塞から笠崎の声が響いた。彼の姿は見えないので要塞の中からマイクか何かを使って話しかけて来ているようだ。攻撃が止んだので【ビット】を待機させ魔力を充電する。

『ずっとお前の行動を監視して来たが……本当に恵まれた奴だ』

 俺の姿を見てため息交じりに呟く笠崎。適当な話をして【ビット】の充電時間を稼ごうと思っていたが向こうから気になる話をしてくれたのは好都合だ。時間稼ぎついでにできるだけ情報を聞き出そう。

「……いつからだ?」

『そりゃ、“最初”からだ』

 笠崎は高校三年生の時に俺の通う高校に転任して来た。もし、笠崎の言う通り当時から俺のことを監視していたとして一つだけ疑問に思うことがある。

「俺が幻想郷に行った(オカルトを知った)のは夏休み直前……それなのにお前たちはその前から俺に目を付けていたのか?」

『ああ、そうだ。最初から……お前が生まれる前からずっと組織はお前を警戒していた』

「そ、それは一体どういう意味ですか! あなたたちは未来を知っているとでも言いたいんですか!?」

 笠崎の言葉に桔梗が叫ぶ。先ほどまでは敵に俺たちの会話を聞かれないようにインカムを通して話していたがインカムを通さなければ他の人ともちゃんと会話出来るようだ。

『そのままの意味だ。音無、お前は俺たちの邪魔になる。だから、今ここで殺す必要があるんだよ』

「……」

 正直、笠崎の話はすぐに信じられるものではない。でも、仮に彼の話が真実であれば俺の能力を知っていたことや桔梗対策を数多く立てられたことも納得できる。

(なら……どうして笠崎はここまで追い詰められてるんだ?)

 未来を知っているのなら俺の弱点を突けば過去に逃げることにもならなかったはずだ。断片的な未来しか知らないのだろうか? しかし、それなら俺のことを知りすぎているようにも感じる。情報が偏りすぎていると言うべきか。

「どうして俺なんだ? 俺はお前たちの邪魔をする気なんて――」

『――お前は絶対俺たちの邪魔をする。だから、“ミカ”のためにも負けるわけには、いかねぇんだよッ!』

 笠崎の絶叫に応えるように再び要塞の至るところに設置された砲台が同時に火を吹く。それはまさに銃弾の雨――いや、壁と言っても過言ではなかった。咄嗟に【翼】を振動させ、急上昇して難を逃れるが、俺の後を追うように銃弾が迫って来る。先ほどまでの攻撃とは比べ物にならないほど激しい。【ビット】はもちろん3枚の【盾】を同時に展開してやっと直撃を免れている状況だ。このままでは桔梗がオーバーヒートを起こしてしまう。

「桔梗!」

『【ビット】回収します! 少しの間、耐えてください!』

 俺の周囲で待機していた【ビット】を急いで回収し、翼の先端と結合した。それと並行して全力で【翼】を駆使して後退しながら左手に【弓】を展開して魔力矢を番え、射る。放たれた魔力矢は暴風を起こしながら銃弾の壁と激突し、人一人通れるほどの穴を穿った。急いでその穴へ飛び込み、今度は3本の矢を同時に放つ。迫っていた砲弾を撃ち落とし、死角の銃弾は【盾】で防御。【ビット】の準備が終わるまで後30秒。でも、このままでは――。

「――だから言ったでしょう? 銃撃戦が貴方の専売特許だとは限らないのよ」

 そんな声と共に傍で銃声が轟き、大気が震える。そして、要塞のあちこちで爆発が起こり、いくつかの砲台が破壊された。いきなり砲台を破壊されたからか攻撃が止む。何かトラブルでも起きたのだろうか。

「吸血鬼……」

 その隙に隣を見れば抱えるほど大きな狙撃銃を持った吸血鬼がスコープを覗き込み、呼吸を整えていた。インカムから突然現れた吸血鬼に驚く桔梗が聞こえる。

「少しはマシになったと思ってたけどそうでもなかったみたいね」

 こちらに顔を向けずに少しばかり不機嫌そうに言う吸血鬼から目を逸らしてしまう。仲間を頼ることに慣れていないので助けて欲しい時、どう声をかけていいかわからないのだ。

「そんな難しく考える必要はないの。ただ『一緒に戦ってくれ』。それだけで十分」

「彼女の言う通りです。私たちはいつだってマスターの力になりたいと思っているんですから!」

「……ああ、気を付けるよ」

 吸血鬼と桔梗に頷いてみせた後、準備を終えた【ビット】を起動させる。8つの端末が俺の周囲に浮遊するが先ほどまでとは違い、【ビット】は目に見えないほど細いワイヤーで翼と繋がっていた。

『【ビット】、分離完了。オーバーヒートを起こしそうになったらお知らせします』

「了解。吸血鬼はそのまま砲台の破壊に徹底してくれ」

「ええ」

『調子に乗んじゃねええええ!』

 トラブルを解決させたのか要塞から笠崎の絶叫が響き、砲撃が再開される。その刹那、8つの【ビット】も銃弾の壁に青い光線を射出するが、撃ち落とせた銃弾は数えるほどしかなく、8つの小さな穴を開けることしかできなかった。あの穴を通ろうとすれば銃弾によって体はズタズタに引き裂かれてしまうだろう。

「すぅ……はぁ……」

 隣で狙撃銃のスコープを覗き込みながら吸血鬼は深呼吸を繰り返す。迫る壁など気にする様子もない。俺たちがどうにかすると信じているのだ。

「――」

 そして、8つの【ビット】が銃弾の壁に開いた穴を通り抜けた瞬間、狙撃銃の銃口から一発の弾丸が放たれた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。