東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

414 / 543
第405話 着装

「『着装―桔梗―』」

 俺たちを包んでいた光が消え、目を開けた俺は何も持っていない左手を見る。黒い装甲に覆われ、指先は鉤爪のように鋭かった。また、右手に持っている紅い鎌は普段俺が使っているものとほぼ同じ大きさになっている。

 今度は装甲が動きを阻害しないか腕を軽く動かす。ロボットのような装甲に覆われているが不思議とスムーズに腕を動かすことができた。腰に二丁の拳銃がホルスターに収められていたがこればっかりは今すぐに性能を確かめるわけにはいかないので放置。他の武器は念じれば出て来るようだ。

 次に脚部だが、両手や両腕の装甲とは違い、色は白く分厚かった。いや、脚部に“ホバー装置”があるせいで装甲が分厚く見えただけだ。さすがに空高く飛ぶことはできないが地面を滑るように移動できるのはありがたい。

 最後に背中の翼。吸血鬼の視線(彼女は俺の姿を俯瞰から見ることができる)をジャックして翼を見たがかなり歪な形をしていた。今まで様々な翼を見てきたがその全てと違う。特に特徴的なのは翼膜が一切なく、片翼に4つの筋――合計8つの筋が存在し、その先端が鋭く尖っている点である。俺自身、空を飛べるので翼膜はなくてもいいが少しだけ頼りなく見えた。だが、桔梗から聞いた話では『着装―桔梗―』の中で最も殲滅力の高い武器らしいので笠崎と対面した時に使ってみよう。

『調子はいかがですか?』

 耳に装着されていたインカムから桔梗の声が聞こえる。その声は少しばかり震えていた。この姿になってまだ一度も言葉を発していなかったので不安になってしまったようだ。

「ああ、大丈夫だ。実際に戦ってみないとわからないが俺たちが一緒になって戦うんだ。強いに決まってる。こいつもそう思ってるみたいだしな」

 桔梗の花が彫られた胸の装甲を撫でながら言った俺に賛同するように紅い鎌が震えた。この鎌は作られてから長い時が経っている。まぁ、人形を作っただけで桔梗のような完全自律型人形になってしまう俺の傍にいたのだ。付喪神にはなっていないようだが意志のようなものはすでに生まれているのかもしれない。

『……はい、そうですね!』

 俺と紅い鎌を見て彼女の不安もなくなったのか嬉しそうに頷いてくれた。しかし、そんな空気を壊すように笠崎が吹き飛ばされた方から轟音が響く。どうやら向こうの準備も終わったらしく、さっそく攻撃を仕掛けてきたようだ。

『9時の方向、砲弾来ます!』

 桔梗の声を聞いて9時の方向を見ると1発の砲弾がこちらに迫っていた。急いで霊夢たちの前に移動し、迫る砲弾に向かって手を伸ばし――。

「【盾】」

 ――俺たちを守るように白黒の巨大な盾を出現させ、砲弾を受け止める。砲弾が盾にぶつかった瞬間、左右に爆風が分散するように振動させた。しかし、砲弾は次から次へ飛んで来る。更に2枚の盾を追加し、自動で砲弾を防ぐように設定した。

『設定完了しました。飛んで来る砲撃の数からオーバーヒートを起こすまで計算。3分後にオーバーヒートが起きます』

「3分もあれば十分だ」

 盾越しに林の方を見ればいつの間にか要塞が建っていた。人より大きいロボットを小さな箱に変形させる技術を持っている。さすがにあの巨大な要塞を1つの小さな箱に変形するのは無理だと思うが、要塞を細かいパーツに分解して小さな箱に変形すれば不可能ではない。念のために霊夢たちの傍に白黒の盾を一つ設置しておき、要塞へ向かうために飛翔した。

「響!」

 だが、すぐに下から霊夢の悲鳴のような声が聞こえ、浮上を中止する。戸惑う霊奈の隣で彼女は不安そうに俺を見上げていた。2人の後ろにいる過去の俺(キョウ)を包んでいる翠炎の勢いは弱い。後数分と経たずに過去の俺(キョウ)は幻想郷で経験した全てを燃やし尽くされ、普通の人間に戻る。普通の子供に戻ってしまう。

「また……会える?」

「……会えるよ。きっと」

 霊夢の問いに俺は何の迷いもなく、頷いた。

 この世界が俺たちのいる世界軸と同じならば十数年後、俺は再び幻想郷の地を踏む。そして、博麗神社で彼女と再会し、様々な事件に巻き込まれ、かけがえのない仲間たちと一緒に未来に向かって歩みを進める。

 もちろん、良いことばかりではなかった。たくさん痛い思いもしたし、心が折れてしまったこともあった。

 

 

 

 

 

 

 ――大好きだよ!! キョウちゃん!

 ――これからも一生、一緒だよ!

 ――うん!

 

 

 

 

 

 

「だから、待っていてくれ。また会いに来るから」

 気付けば俺は霊夢にそう言っていた。どんなに辛くても、悲しくても、後悔しない。彼女たちと出会ったことをなかったことにしたくない。たとえ、“過去”のことを覚えていなくても俺たちが出会った事実(歴史)はなくならないのだから。

「……待ってる。ずっと、待ってるから……行ってらっしゃい」

「ああ、行って来る」

 先ほどの不安はどこかへ行ってしまったのか、霊夢は笑みを浮かべて手を振る。俺は巨大な要塞へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “響”は要塞へと飛び立った。どんどん遠ざかる彼の姿を忘れないようにしっかりと目に焼き付けていると不意に隣で私たちの会話を戸惑った様子で聞いていた霊奈が私の肩を叩く。

「霊夢、炎が……」

 彼女の言葉どおり、キョウを覆っていた翠色の炎はすっかり消えてしまっていた。つまり、今目の前にいるキョウはもう私たちのことを覚えていないのだ。髪は女の子のように長いままだが、体は少しだけ小さくなったようにも見える。

「これで、キョウは助かるんだよね?」

「ええ、彼の話が本当なら……」

「……ねぇ、ななさんってキョウなの?」

 ずっと聞きたかったのだろう。霊奈はおそるおそる私に問いかけてきた。断言できるほど証拠はないけれど、カサザキがキョウを『音無 響』と呼んでいたし、桔梗があそこまでななさんに懐いていた理由もキョウが響なら納得できる。それに――。

「ん? それ何? 写真?」

 懐から取り出した1枚の写真を霊奈が不思議そうに覗き込み、言葉を失った。これを見つけた日から皆に気付かれないようにこっそりお守り代わりに持っていたのだ。

「ねぇ、この写真に写ってるのって」

「……大丈夫。きっと会える。だって、私たちは“また”会えたんだもの」

 そう言いながら私は要塞から放たれる砲撃を次から次へ防ぐ響を見つめる。遠すぎて響が何をしているのかよくわからないが何度も空中で爆発が起きていた。時々、爆炎に紛れるように青い光線が響の周囲から放たれている。そんな彼の活躍を見て自然と笑みが零れた。

「ッ――」

 写真を懐に戻そうとした時、私たちに影がかかる。そして、振り返る暇もなく、私たちの意識は刈り取られてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 林で響が要塞を操る笠崎と戦っている時、境内に3人の子供が倒れていた。そんな3人を見下ろす1人の大人。その人は無言のまま、つい先ほどまで翠炎に身を焼かれていたキョウに近づき、彼のズボンのポケットに手を突っ込む。そして、二つ折りの携帯を取り出した。桔梗と部屋の掃除をしている時に見つけたものである。だが、笠崎と戦っている間に傷が付いてしまったのか深い切り傷が付いてしまっていた。

「……」

 その人はその傷を見て携帯を開き、ロックを外してきちんと動くか確認した後、懐に仕舞ってキョウを片腕だけで抱き上げてしまう。そのまま神社の方へ向かうがその途中、霊奈に重なるように倒れていた霊夢が何か持っていることに気付き、それを拾った。

「ふふっ」

 拾った写真を見て思わず微笑んでしまったその人は写真を霊夢に返した後、再び神社へ歩みを進める。微かな声で子守唄を歌いながら。










第14話、第158話、第208話参照。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。