東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第402話 適材適所

 見慣れない鎧を着た笠崎に紅い鎌を向けながら前方で倒れている霊夢たちをチラリと見た。後衛に徹していたのかほぼ無傷の霊夢はすでに立ち上がり、いつでも動けるようにお札を構えて俺と笠崎を交互に観察している。霊奈は前衛タイプなので笠崎を真正面から戦ったらしく、ボロボロな姿で倒れていた。そして、最も重症なのが過去の俺だ。一体どんな無茶をしたのかわからないが全身に酷い火傷を負い、うつ伏せになって気絶している。急いで治療しなければ命に関わるだろう。

『……響』

 その時、記憶を失っている間に部屋から出ることのできた吸血鬼が震えた声で俺を呼んだ。おそらくすでに過去の俺()が手遅れであることに彼女も気付いたのだろう。このまま放置しておけば過去の俺()は確実に――。

「『霊双』」

 ポニーテールにしていた髪をツインテールに変え、髪の先に小さな刃を創造する。とにかく過去の俺()を救うには笠崎をどうにかしなければならない。

 しかし、問題はあの鎧だ。笠崎はありったけの魔力を込めて作った光の鎖を一瞬で破壊している。おそらくあの鎧の機能で破壊したのだろう。オカルトの力は通用しないと思っていいはずだ。そうでなければ霊奈があそこまで傷つくはずがない。まだ小さいとはいえあの霊夢の援護があったのだから。つまり、笠崎には質量兵器しか通用しないのだ。

 きっと今までの俺なら真正面から戦っていれば苦戦を強いられていただろう。小さい頃に比べたら確実に強くなったが俺の力は全てオカルト。笠崎との相性は最悪だった。

「桔梗」

「はい」

 でも、今は違う。俺の背中には数年ぶりに再会した相棒がいるのだ。ずっと行方を捜していた家族がいるのだ。負ける気がしない。

 『五芒星結界』を霊夢たちの前に固定し、俺は桔梗【翼】を操作して浮上し、笠崎と霊夢たちの間に降りた。

「なな、さん……」

 不意に後ろから幼い霊夢の声が聞こえる。桔梗曰く、俺と『なな』は記憶がなかったとはいえ同じ存在であるはずなのにじっくり見なければ同一人物だとはわからないほど似ていないらしい。姿だけでなく、雰囲気や魔力、気配も同じはずなのに別人のように違うのだ。でも、霊夢はすぐに俺を『なな』と認識した。今の霊夢たちは博麗の巫女になるために修行していると聞いたがすでに巫女の素質は発現しているのかもしれない。

「少し待ってろ」

 そう振り返らずに言い、左手に持っていた数枚のお札を笠崎に向かって投げた。だが、彼は避けるつもりも防ぐつもりもないのか真っ直ぐ俺に突撃して来る。その途中でお札の直撃を受けたが彼の勢いは全く衰えなかった。やはり、あの鎧にはオカルトを破壊、もしくは無効化する何かがあるらしい。念のために新しく2枚の『五芒星結界』を作った後、桔梗を盾に変形させて左手に持った。

「それはもう攻略済みだ! 『RABBIT』!」

 笠崎は叫びながら右腕の装甲からウサギ型のミサイルをいくつも撃ち出し、それを見た桔梗が息を呑む。境内に向かう間、可能な限り今の状況や笠崎に関する情報を桔梗と話し合ったが急いでいたので情報交換は中途半端だったのだ。

「あれは少しでも衝撃を与えたら大爆発を起こします! 追尾機能も!」

 幸い、『ウサギ』の速度はそこまで速くないので何とか桔梗の説明が間に合った。どれだけ逃げても追尾して来る上、逃げている間に『ウサギ』同士が接触し、連鎖爆発を起こすのだろう。桔梗【盾】はほとんどの攻撃を防ぎ、直接触れるものであれば衝撃波でカウンターすら可能とする。だが、盾であるため正面以外からの同時攻撃や範囲攻撃を全て防ぎ切ることはできない。また、攻撃を防ぐ時、必ず衝撃波を放つため、連続で攻撃されたらすぐにオーバーヒートを起こしてしまう。『ウサギ』は連鎖爆発を起こして桔梗【盾】で防ぎ切れないほどの範囲を爆炎で埋め尽くす兵器なのだ。

 おそらく笠崎は最初から過去の俺を殺すつもりで色々と準備していたのだろう。俺を狙う奴らは何故か俺たちの情報を持っている。桔梗について調べ、対策を立てていても不思議ではない。

「神箱『ゴッドキューブ』」

 だが、今の俺は桔梗以外にも手札を持っている。通常、『神箱』は自分の周囲に神力の箱を創造して防御するものだが、今回は全ての『ウサギ』を囲うように箱を設置。ほどなくして先頭の『ウサギ』が神力の箱にぶつかり、大爆発を起こしてその後ろを飛んでいた『ウサギ』たちをまとめて吹き飛ばし、次の瞬間、『神箱』の中が爆炎で埋め尽くされた。その爆発の威力に『神箱』に皹が走るが追加で神力を注ぐことで破壊を免れる。

「『FLYING FISH』!」

 箱の向こうから今度は数本のトビウオ型のミサイルが飛んで来た。あれも桔梗【盾】対策の一つなのだろう。桔梗【盾】は攻撃を防ぐ際、衝撃波を放って勢いを殺すがあのトビウオは細長い形状であるため、桔梗【盾】の衝撃波では完全に勢いを殺すことができない。しかし、衝撃波を放たなければいずれ盾を貫通されてしまう。そのため、貫通されないために衝撃波を放ち続け、いずれ桔梗はオーバーヒートを起こしてしまうのだ。だが、それは『トビウオ』が桔梗【盾】に接触した場合の話。霊夢たちを助けた時のように接触する前に破壊してしまえばいい。

「鎌鼬――」

 右手に持った紅い鎌を体を捻るように左側へ引き絞り、居合の構えを取る。『トビウオ』は『回界』で両断することができた。つまり、あの鎧のようなオカルトを無効化することはできない。

「――『鎌連舞』」

 魔力を紅い鎌に込め、その場で一閃。すると、7つの紅い斬撃が鎌から放たれ、『トビウオ』たちを両断した。しかし、笠崎も『ウサギ』や『トビウオ』で俺を倒せるとは思っていなかったのか動揺もせず冷静に『トビウオ』を切り刻んだ紅い斬撃を殴って粉砕した後、両手をこちらに突き出した。

「『GATLING』!」

 そう叫んだ彼の両腕の装甲が変形し、ガトリング砲になった。広範囲の『ウサギ』に衝撃波を貫通する『トビウオ』に続いて連続攻撃の『ガトリング』。どうやら、笠崎は相当この盾を警戒しているらしい。

 通常であれば上空へ逃げるのだが、背後には霊夢たちがいる。ここで逃げるわけにはいかない。だが、だからといって桔梗【盾】で真正面から受け止めるのは愚策。

(でも、今はこれ()が必要だ……なら)

「吹き飛べ!」

 笠崎が絶叫すると彼の両手のガトリング砲が火を吹いたがそれとほぼ同時にその場で半身になり、桔梗【盾】を体の後ろへ隠す。霊夢たちが流れ弾で傷つかないように2枚の『五芒星結界』を後ろへ配置し、高速回転させて自動的に銃弾を両断するように設定した後、右手の鎌と『霊双』を構えて一気に前へ駆け出した。迫る銃弾の壁を視認し、右の『霊双』で銃弾の一つを弾き、すぐに紅い鎌で斬撃を飛ばしていくつかの弾を吹き飛ばす。だが、処理できたのはそこまでだった。『霊双』と紅い斬撃の合間を縫うように潜り抜けて来た1発の弾丸が俺の眉間に迫り――。

『残念』

 ――横から飛んで来た別の銃弾と衝突し火花を散らした。軌道が変わった弾丸は俺の右頬のすぐ横を通り過ぎ、境内に穴を穿つ。それからも鎌と『霊双』で可能な限り銃弾を弾き、どうしても処理し切れなかったものは“彼女”に任せながら少しずつではあるが前に進む。

「ふざけんな!」

 銃弾の雨の中、怯まずに進み続ける俺と虚空から突如として現れる弾丸を見て笠崎が大声で悪態を吐いた。彼からしてみれば桔梗【盾】対策として用意した兵器を別の方法で処理されているのだ。怒るのも無理はない。だが、今ガトリング砲を止めてしまえばその一瞬の隙に懐に潜り込まれる。それを恐れているのか笠崎は銃撃を止めようとしなかった。

『ふふ、銃撃戦が貴方の専売特許だとは思わないことね』

 俺を守るために魂の中から銃弾を弾いてくれている吸血鬼が嬉しそうに呟く。ぬらりひょんとの戦いで彼女も翠炎と同様、表の世界で活動できるようになったがそれを応用することで魂の中にいる状態でも援護射撃することが可能となったのだ。そして――。

「ッ――」

 ――ついに俺は笠崎の前に辿り着いた。紅い鎌で2つのガトリング砲を同時に両断する。ガトリング砲の残骸が宙を舞う中、体を捻るように左手に持っていた桔梗【盾】を笠崎に向かって思い切り突き出した。

「お前が吹き飛べ」

「……最大出力、ですっ」

 桔梗【盾】が笠崎に接触した刹那、凄まじい爆音と共に木々を軒並み倒しながら林の中へ笠崎は消えた。


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