「「「「……」」」」
ここは俺の魂の中。更に詳しく言うと魂内での俺の部屋だ。そこで俺を含めた4人は黙ってテーブルを囲んでいた。吸血鬼が入れてくれた紅茶はとっくの昔に冷めている。
「さて……一つ、質問いいだろうか?」
沈黙を破る為に声を発する。俺の右にいる吸血鬼と左にいる狂気が同時に頷く。彼女らも同じ質問があるはずだ。
「何だね?」
そして、俺の真正面にいる奴が返事をする。その姿は俺と全く顔が同じだが、髪が赤い。髪型はポニーテール。胸は吸血鬼と狂気の間で身長は俺より5cmほど高い。俺が167cmだから172cmぐらいか。
「誰?」
「そう言うと思っておった。我は先ほどお主らに倒された魂だ」
「「「いやいやいや」」」
俺たち三人は首を振る。あり得ない。
「まだ信じぬか。しかし、どのように説明していいのやらわからぬ」
腕組みをして唸る、女。
「あ……その前にいいかの?」
「何?」
吸血鬼が首を傾げる。
「この魂は一体、どんな構造しているのか教えてくれぬか? こんな魂、見た事がないのでの」
「いい? この魂を一つの家だと考えて。その中でこの家の主。つまり、これね」
俺を指さす吸血鬼。
「俺はこれ扱いかよ!」
「いいから黙って。主である彼の部屋はここ。この空間で一番、大きな部屋に住んでいるわ。まぁ、大家さんとでも思って頂戴」
「うむ……わかってきたぞ。この魂はいくつかの部屋に分けてそれぞれ、割り当てられた部屋で生活しているわけだな?」
女の言っている事は合っている。今回の異変前までの魂もいくつかに分けられていたのは同じだが、それぞれが干渉出来ないように分厚い壁で区切っていた。イメージで言うとそれぞれの家で暮らす。家は近所にあるのだが、近所付き合いは全くない。
しかし、異変後は吸血鬼も言ったように一つの家で暮らしている。部屋は別々だが、一緒の家に暮らしているのだ。何らかの付き合いはある。
「この形に落ち着くのに色々な事があったけど私は気に入ってるわ。ね? 狂気?」
「ふん」
吸血鬼の問いかけを狂気は鼻で笑って無視した。
「その態度はないんじゃない? 封印されると勘違いしてこの体をぶっ壊したくせに」
「し、仕方ないだろ!? お前があんな事を言うから!」
吸血鬼が言った『私と一緒に狂気を封印しなさい』は狂気にとってそれほどの言葉だったらしい。
「私だってまさか、こんな方法があるなんて思わなかったのよ。響に感謝ね」
「……」
狂気は黙って俯いてしまった。
「そんな事より! 魂について話した。次はお前の事だ」
「おお、すまん。忘れておった。まずは我の正体から明かそうかのう」
そう言いつつ、女は紅茶を啜る。それを見て紅茶の存在を思い出し、俺たちもカップを傾けた。水のように冷たい。
「我が名はトール。神じゃ」
「「「……はい?」」」
意味が分からなかった。トール? 神? 確か、北欧神話に出て来たと記憶している。
「トールってあの?」
気になったので本人に確認してみる。
「あのがどれかはわからぬがトールじゃ」
「何か、ハンマーみたいな武器、持ってるか?」
今度は狂気が質問した。
「ハンマー? ああ、これか」
籠手を装備し帯を腕に括り付けてから小ぶりのハンマーを取り出す。
「ほ、本物?」
最後に吸血鬼が問いかける。
「偽物のはずがないだろう。ずっと、持っていたのだからの」
「「「……」」」
女――トールの言っている事は本当のようだ。うろ覚えだが、あのハンマーは時に真っ赤に焼けていると言われ、あの籠手なしで握れないそうだ。
「どう思う?」
だが、一人では決断する事は出来ない。そこで二人を部屋の隅に呼び寄せて作戦会議が始まった。
「多分、本物ね。あの帯はきっと、メギンギョルズよ」
「何それ?」
吸血鬼の言った中に聞き覚えのない単語があった。
「『力の帯』と言う意味であの槌を振るう為にはあれが必要なの。あの籠手はヤールングレイプル。『鉄の手袋』って意味よ」
「それにあの槌。柄が短い。あれは『ミョルニルの槌』だ」
狂気が小声でそう言った。
「それにトールは赤毛だったはずだ。やっぱり、本物か……でもな?」
「ね?」
「ああ」
まだ、俺たちは納得していない。理由は簡単。
「なぁ? トール?」
代表して俺がトールに聞く。
「何だ?」
「どうして……女なの? 最初に見た時はおじさんだったじゃん」
そう、トールは姿形が変わってしまっているのだ。
「これか? うむ、我も最初は驚いた。だが、お主らを見て理解できたぞ?」
「で? 真相は?」
吸血鬼が質問する。
「郷に入っては郷に従え。つまり、響の魂に取り込まれたのならそのルールに従えと言うわけだ」
「……ちょっと待て」
トールに掌を見せて止める。
「何? 俺の姿に似るのがこの魂のルールなの?」
「みたいじゃの? 何故かは知らぬ」
「じゃあ、お前らも他の魂に行ったら別の姿に変わるのか?」
吸血鬼と狂気の方を見て呟く。
「どうだろう? 私はずっとこの魂にいたから分からないわ」
「フランドールの魂にいた時は人間の姿じゃなかったぞ? 私は」
吸血鬼は首を傾げたが狂気はトールの言っている意味が分かったようだ。
「じゃあ、どんな姿だったんだ?」
「なんて言うのだろう? なんか影みたい感じだな」
今の姿を見て納得など出来るはずがない。
「へ~」
だからと言うわけではないが流した。狂気もそれで良かったのか紅茶を飲む。
「まぁ、何だ? これからよろしくな、トール」
「うむ。あの戦いで我はお主について行くと決めた。こちらこそよろしく頼む」
がっちり握手してそう言い合った。
「……一つ、質問があるの」
「ん? 何じゃ?」
吸血鬼が深刻そうな表情を浮かべてトールを見た。
「貴方……力の種類は何?」
「力の種類?」
「例えば、魔力とか霊力とかよ」
「ああ、神力じゃ。神様じゃからのう」
「「「ッ!?」」」
トールの発言で俺たちは目を見開く。
「何じゃ? 神力で何かまずい事でもあるのか?」
「ま、まぁな……えっと、まず俺が持ってるのは霊力」
掌を上に向けて一つの弾を作り出す。色は薄い赤。先ほど、霊夢に言われて気付いたがきちんと扱えるようだ。
「そして、私は魔力」
吸血鬼も俺と同じように弾を作る。色は薄い青。
「妖力」
狂気の作り出した弾は薄い黄色。
「……我は神力」
トールは真っ白な球を作り出した。沈黙が流れる。4人が別々の力を持っているのだ。
「で、でも! 我の力を響に渡さなければ……」
「それがね? この魂の形を留める為には響に少しだけ力を預けなきゃいけないのよ。家賃の代わりにね」
「な、なんと!」
「そのせいで響の霊力は少なくなった。いえ、本来なら霊力が通るべき道を私の魔力や狂気の妖力が横取りしてしまうから本気を出せないの。それは私たちにも言える事で普段通りの力を出せない」
だから、霊夢にごちゃごちゃしていると言われた。体一つに霊力、魔力、妖力、神力。そりゃあ、ごちゃごちゃしているに決まっている。
「能力なしじゃ飛べもしない」
狂気が溜息を吐く。
「ふむ……どうにか出来ぬのか?」
「無理ね。まぁ、響の能力を使えば戦えないわけじゃないからいいんだけど?」
「数分で能力が変わる珍しい能力だ」
「お前ら、その能力を俺が嫌ってるのを知ってて言ってるだろ!?」
「あら、私は好きよ? 色々な服が着れるから」
含み笑いをする吸血鬼。何を言っても言い包められるので無視する事にした。
「とにかく、それは今後の課題として今日の所は解散。俺は戻る」
「響、またね」「じゃあ」「うむ、頑張って来い」
それぞれがあいさつを言い、俺は目を閉じた。
「「……」」
目を開けるとフランの顔がドアップだった。ジーッと俺の顔を覗き込んでいた。
「うおっ!?」
「あ? 起きた?」
「び、吃驚するだろ!?」
「だって、いくら呼びかけても起きなかったんだもん」
そりゃ、魂の方に意識が飛んで行ったから外の音など聞こえるはずがない。
「晩御飯出来たって」
「ああ、すぐ行く」
「早く~!」
「わかったから引っ張るなよ!」
こうして、俺の魂に新たな住人が現れた。