東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第400話 繋がる物語

「皆、下がれ!」

 悟の指示が飛ぶと同時に少しでも時間を稼ぐために新しく作った『五芒星結界』を悟たちと妖怪の間に設置した。『魂共有』でぬらりひょん戦と霊脈破壊で疲労した体はある程度回復したが全快とまではいかず、吸血鬼が部屋に閉じ込められたせいで魔力は使えない上、翠炎もガス欠。他の力もほぼ使い切っている状態だ。今は『合力の指輪』で何とか誤魔化しているが他の力が混ざった霊力で編んだ結界では妖怪の津波には耐えられないだろう。

 しかし、妖怪たちの進行方向にいる悟たちは奏楽とリョウ、ドグ以外戦える状態ではなく、雅たち式神組は妖怪の残党狩りですぐに応援には向かえないと式神通信で伝えて来た。それに加え、笠崎が新しく召喚した妖怪の中に空を飛んでいる飛行型の妖怪もいる。苦し紛れに設置された『五芒星結界』では飛行型を止めることはできない。

『奏楽、飛んでる奴を優先的に倒してくれ』

『うん!』

 式神通信で奏楽に伝えた後、俺は笠崎を睨みつける。彼は俺が妖怪たちに気を取られている隙に一番近くにあった結界を破壊していた。『魔眼』は使えなくてもこれだけ近くで何か力を使えば感覚でわかるがそんな気配は一切なかった。

(つまり、こいつはオカルト(こっち)側の人間じゃない)

 だが、銃のような兵器を使用した形跡も見受けられない。いや、今はそんなことどうでもいい。問題は早く彼を捕まえなければ確実に逃げられる、ということである。ここで逃がしてまた事件を起こされては溜まったものではない。

「いいのか? 俺なんかに気を取られてて。お仲間さんが大ピンチだぜ?」

「お前を捕まえる時間はある」

 そう言いながら残った3枚の『五芒星結界』を高速回転させながら笠崎に向かって飛ばし、濁った神力で鎌を創造して駆け出す。

「『ANALYZE』!」

 笠崎は先ほどと同じ言葉を叫んで高速回転している結界の1枚を蹴った。本来であれば触れた瞬間に両断するはずの結界は光の鎖と同じようにバラバラに分解されてしまう。残りの2枚の結界も肘打ちと膝蹴りで破壊されてしまった。

「ほら、受け取れ」

 笠崎の元まであと少しというところで彼は新たな箱を端末から出現させ、ポイと目の前に放り投げる。箱は地面に落ちると変形し、2メートルほどの人型のロボットになった。そのロボットの右手は機関銃、左手はチェンソーになっており、両足の部分は棘のように鋭く尖って地面から数センチほど浮いている。

「何っ!?」

「それじゃしばらくそいつと遊んでいてくれよな」

 ロボットの背後で勝ち誇った笑みを浮かべる笠崎。そして、それが合図だったのかロボットは俺に右手の機関銃を向ける。咄嗟に真上に飛翔すると先ほどまで俺がいた場所に銃弾の雨が通り過ぎた。ロボットは上空へ逃げた俺を追い掛けるように右手を挙げる。結界で防ごうにもオカルトは質量兵器に弱いため、濁っている霊力はもちろん純粋な霊力で編んだ結界だとしても銃弾の雨を防ぎ切ることは不可能。近づこうにも銃弾の雨を回避することは難しく、運よく近づけたとしても左手のチェンソーが厄介だ。ここは機関銃の弾切れを待ってその隙に接近し、右手を落とすしかない。

『お兄ちゃん!』

 銃弾の雨から逃げていると不意にモニターに望が映っていた。能力を使い過ぎたのか息は荒く、立っていられないのか築嶋さんに支えられながら薄紫色に染まった瞳をこちらに向けている。

『笠崎先生を止めて!』

 青ざめた顔で絶叫した望の言葉を聞いて笠崎を見た。無数の妖怪を収容していたコンテナやロボットのように小さな箱を変形させたのかこちらに背中を見せている彼の傍に大人の男がギリギリ入れるほどの小さな筒が鎮座している。

「望、あれが何かわかるか!?」

『あれは……タイムマシンだよ! 笠崎先生は過去に戻って小さい頃のお兄ちゃんを殺そうとしてるの!』

「タイムマシン!?」

 突拍子もなく彼女の口から出て来た単語に俺は目を丸くしてしまう。現在の俺を殺せないのなら過去に戻って幼少期の俺を殺せばいい。そうすれば現在の俺もいなくなる。そんなことが可能なのか? もし、過去の俺が殺されているなら現在の俺はここにいない。では、笠崎を追い込んだのは誰、という話になる。

(いや、違う……平行世界の現在の俺がいなくなるのか!)

 この世界線の俺はここにいる時点で幼少期の俺は殺されていない。だからこそ、笠崎を追い込むことができた。だが、そのせいで笠崎はタイムマシンで過去に戻り、幼少期の俺は彼に殺されてしまったとした。その時点で俺が幼少期に殺されなかった世界線と俺が幼少期に殺されてしまった世界線に分かれ、幼少期に殺されてしまった世界線に戻れば彼の目的は達成される。

「くそったれ!」

 確かにこの世界線の俺たちは笠崎の野望を阻止できるかもしれない。だが、この考えは俺の推論に過ぎない。この世界線の俺が消えてしまう可能性もある。このまま笠崎の思い通りにさせるのはまずい。

 そう結論付けた俺は銃弾の雨から逃げながら博麗のお札を投擲に笠崎の傍にあるタイムマシンを破壊しようと試みる。しかし、俺がタイムマシンを狙っていることに気付いたのかロボットは目標を俺からお札に変え、機関銃でお札を撃ち落とし、落とし切れなかったお札はチェンソーで両断。それでも捌き切れなかったお札をロボットはその身を盾にしている。いくら質量兵器だといってもお札の直撃を受けたロボットはどんどんボロボロになっていく。

「邪魔だああああああ!」

 お札を投げ、機関銃の銃口を別の方へ誘導した隙にロボットの懐に潜り込み、手に持って行った鎌で一閃。そのままロボットの横を通り過ぎると背後でロボットが大爆発を起こした。

「じゃあな」

「待て、笠崎!」

 だが、ロボットが稼いだ時間で笠崎はタイムマシンの中に乗り込んでしまった。お札を投げるよりこのまま低空飛行で突撃した方が早い。間に合う。間に合わせてみせる。目の前でタイムマシンから白い光が漏れ始めた。その白い光はどんどん量を増やし、光が現れる範囲も広がっていく。しかし、タッチの差でこちらの勝――。

「ッ――」

 今まさにタイムマシンを鎌で両断しようとした時だった。いきなり目の前に2体の妖怪が割り込み、その内の1体が俺に向かって突進して来たのだ。鎌はタイムマシンに向かって振り降ろそうとしていたので妖怪の突撃を躱し切れず、俺と妖怪は正面から激突した。

「ガッ……」

 激突した衝撃で妖怪は灰に戻ったが俺はバランスを崩してしまう。その隙にもう一体の妖怪が俺の腕に噛み付き、噛み千切ろうと出鱈目に首を振った。そのせいで俺と妖怪はもみくちゃになりながらタイムマシンへぶつかり――。

 

 

 

 

 

 

 ――その瞬間、目の前が真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響!」

 妖怪の隙間から見えたのはタイムマシンにぶつかった響がタイムマシンや妖怪と共にその場から消えた瞬間だった。まさか時間遡行に巻き込まれてしまったのかもしれない。

「さとる! おにーちゃんが!」

「わかってる! わかってるけど……今は妖怪(こっち)だ!」

 響が消えたせいで飛行型以外の妖怪を止めていてくれた結界がなくなってしまった。無限に湧くわけではないがまともに戦えるのが奏楽ちゃん、リョウ、ドグだけなのでいつ戦況が変化するかわからない。

「しゃがんで!」

 その時、上空からずっと待ち望んでいた声が聞こえ、咄嗟に近くにいた奏楽ちゃんを押し倒すように地面に転がる。そして、爆発。爆風に煽られながら薄眼を開けて妖怪たちの方を見ると上空から何度も放たれる爆炎に飲み込まれていた。更に別の場所では水や氷が飛び交い、地面が陥没し、鞭のように白い何かが妖怪たちを薙ぎ払っている。

「皆、無事!?」

「あ、ああ……助かった、雅ちゃ――あ?」

 爆炎が止み、俺たちの傍に降り立った雅ちゃんを見て言葉を失う。四神を宿した時は尾羽しか生えなかったはずなのに何故か彼女はオレンジ色のニワトリの着ぐるみを着ていたから。しかも、顔だけ露出するタイプ。

「え、何その恰好」

「お願い、触れないで。お願いだから……そんなことより響は!?」

「……タイムマシンに巻き込まれた」

「ああ、もう! 何でいつもいつも心配ばかりかけるの! あのバカ主!」

 『でも、今は妖怪の方が先決か』と怒りながら雅ちゃんは再び空を飛び、トサカから爆炎を放った。そこから放つのかというツッコミは何とか飲み込んだ。

「さとる、おにーちゃん大丈夫かな?」

「……ああ、きっと大丈夫だ」

 俺の胸の中で涙目になりながら震えた声で問いかける奏楽ちゃんを抱きしめながら言い切った。あいつなら大丈夫だ。きっと戻って来てくれる。そう自分に言い聞かせるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はこの光景を知っている。この空間を知っている。何度も通り抜けた。何度も行き来した。でも、今までと違うのは俺の力ではなく、他の人の力でここに来てしまったこと。まるで嵐の中を体一つで通り抜けるような衝撃が俺を襲う。

 笠崎が乗ったタイムマシンは随分前にどこかへ行ってしまった。俺の腕に噛み付いていた妖怪も少し前にどこかへ飛んで行った。

(駄目、だっ……)

 この空間に来たばかりの時は聞こえていた魂の住人たちの声はもう聞こえない。衣服も衝撃に耐え切れず、燃え尽きてしまった。体も、魂もボロボロだ。『魂共有』のせいでいつもより魂バランスが不安定だったせいもあるだろう。

(も、ぅ……)

 意識が遠のいて行く。走馬灯のように皆の顔が頭を過ぎり、どこかへ消えていく。だが、過ぎって消えた顔を再び思い出すことはできなかった。おそらくこの空間に生身で放り込まれたせいで魂が傷ついてしまったからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ちょっとだけ“あの子”に夢を見させてあげてください。

 

 

 

 

 

 

 意識を手放す寸前、そんな優しい声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ているのだろうか。目の前で私たちを守るように佇む3枚の星型の結界を眺めながら私はそう思わずにはいられなかった。私たちを殺すために射出されたトビウオ型のミサイルは縦に両断され、境内に転がっているのだから。

「……間に合ったようだな」

 そんな声が背後から聞こえ、私と霊奈はほぼ同時に振り返り“彼女”の姿を見つけて目を見開いた。

 見慣れないクールな微笑み、男のような話し方、彼女から放たれる気配全てが私たちの知っているものと違った。何より森の中へ落ちる前は服が白い着物を着ていたのに今はどこかの学校の制服を着て、髪を博麗のリボンで1本にまとめている。

「さてと、笠崎。覚悟はできてるんだろうな?」

「“音無 響”!」

 そう言って右手に紅い鎌を、左手に数枚の博麗のお札、背中に漆黒の機械染みた翼を装備したななさんがニヒルな笑みを浮かべ、男に鎌を向けた。







これで全てのパートが繋がりました。
次回からパート分けせずに投稿します。

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