東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第395話 立ち上がる者たち

「……」

 ウサギミサイルの爆発のよって舞った砂塵が晴れていくのを男は警戒を解かずに無言で見守る。ミサイルが爆発する直前、霊夢たちを守るためにキョウがミサイルと2人の間に割り込んだのだ。その証拠に砂塵の向こうに小さな人影が見える。できればウサギミサイルの爆発で仕留めたかったがそれは無理だろうと予想していたので男に動揺はない。むしろ、ウサギミサイルを使った本当の目的が達成できているか気になった。もし、男の目的が達成できなかった、もしくは目論見が外れていた場合、キョウを倒す術がなくなってしまうのだ。だからこそ、この一撃は賭けにも近かった。

「……よし」

 そして、男はその賭けに勝った。

 砂塵の中から姿を現したキョウは身を守るように腕を交差させていたがさすがに無傷でやり過ごすことはできなかったのか彼の体を覆っていた赤黒い霊力が吹き飛んでいた。それこそが男の狙い。

「ッ……ぁ、ああああああああああ!」

 男を警戒していたのか腕を交差したまま、黙っていたキョウだったが突然、悲痛の叫びを上げた。彼の体から煙が昇り、プスプスと肉が焼ける音が境内に木霊する。今まで平気だったはずの太陽光線が彼の体を焼き始めたのだ。

 『日光』は吸血鬼の弱点として最もポピュラーだ。それこそ創作の中では日光を浴びた瞬間、灰になってしまうほどである。だが、吸血鬼化したキョウは日光を浴びても灰になるどころか弱体化すらしなかった。

 その原因の一つとして男が考えたのが『中途半端な吸血鬼化』である。男の持つ情報に『半吸血鬼は太陽の下でも活動できる』というものがあり、キョウは先ほど吸血鬼化したばかりだった。そのため、まだ日光を浴びてダメージを受けるほど吸血鬼化は進んでいないと判断し、吸血鬼化した原因である『霊夢たち』を馬鹿にすることで彼を怒らせ、強制的に吸血鬼化を進ませたのだ。その結果、彼が怒りに身を任せて絶叫した瞬間、吸血鬼化した時に発生した赤黒い霊力が増幅し、彼の思惑通り吸血鬼化は進行した。

 しかし、吸血鬼化が進行したのにも関わらず日光で弱体化した様子はなく、むしろ赤黒い霊力が増幅したことによって攻撃が苛烈を極めたが男は幸運にもすぐにその原因に思い立った。あの赤黒い霊力である。あれさえどうにかしてしまえばキョウは日光にその身を焼かれ自滅する。そして、霊力をどうにかする作戦もすぐに思いついた。

 理性を失っていても霊夢たちを馬鹿にしただけで怒り狂った彼のことだ。彼女たちを狙えばどんな手を使ってでも守り切ろうとすることぐらい容易に想像できた。実際、吸血鬼化が始まった当初、霊夢を守るために攻撃を囮にして彼女を保護していた。だから、ウサギミサイルを彼女たちに向かって放ったのだ。その結果、キョウは男の期待通り、その身を挺して守り切り、日光が体を蝕み始めた。すぐに攻撃せず身を焦がす彼を観察したが赤黒い霊力が復活する様子はない。

「何というか……お前らしい最期だな」

 呆気ない彼の最期を憐れんでいるのか男はフルフェイスの下で悲しげに呟いた後、右手を今もなおもがき苦しむキョウに向けた。

「『SCORPION LASER』」

 男がコードを使用すると右手から紅いレーザーが放たれる。激痛と日光による弱体化のせいでキョウは身動きが取れない。そして――。

 

 

 

 

 

 

「『二重結界』」

 

 

 

 

 

 

 ――紅いレーザーは2枚の結界に阻まれ、四方へ飛び散った。

「ぜ、絶対に」

「キョウは殺させないんだから!」

「……ほう?」

 もがき苦しむキョウの前で肩で息をしながら結界を張り続ける霊夢とその隣で右手だけに鉤爪を展開させた霊奈を見て男は口元を歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白銀の鱗に覆われた右拳を巨大化させて横薙ぎに振るうと攻撃範囲内にいた妖怪たちがまとめて吹き飛び、灰になった。それを見送りながら『凝縮の魔眼』を使って口内に炎を溜め、別の方向に向けて一気に放出。炎に直撃した個体はもちろん、その周辺にいた妖怪たちも熱風にその身を焼かれ、消滅する。

 今回で『四神憑依』を使った戦闘は二度目だがその強大さには慣れない。自分が自分ではなくなったと言えばいいのだろうか。響が体を動かしているので当たり前なのだが『四神憑依』の力の基となったのが自分なのだと実感が湧かないのである。

 それに加え、私だけでなく雅たちも同時に『四神憑依』しているが私の『四神憑依』と同様、その力は凄まじいものだった。特に雅の『四神憑依』は今もなお勢いが増していくばかり。朱雀との相性がいいからか『凝縮の魔眼』を使って強制的に温度を上げている私の炎よりも激しかった。リーマもグラウンドの地形を変えてしまうほどの力を持っている。霙は――なんというか攻撃のベクトルが違い過ぎて何とも言えない。奏楽も奏楽で妖怪の殲滅に参加せずに何かしているのでその実力は未知数だ。

『よし、準備できた』

 そんなことを思った直後、奏楽と『四神憑依』していた響の声が脳内に響いた。霊脈を破壊するために準備を進めていると言っていたがそれが終わったらしい。

『準備?』

『ああ、奏楽と麒麟と協力して特殊な術式を組み上げた。お前らはそれぞれの方角にある霊脈に向かえ』

『待って。それじゃ、前線は誰が守るの?』

 雅の声に答えた響だったがすぐに疑問をぶつけた。今は『四神憑依』した私たちで前線を抑えているが霊脈に向かえば前線を守る人数が減ってしまう。

『それなら大丈夫だ。()の分身がどうにかするし、柊たちも少しの間なら戦えるそうだ。だからお前たちはどうにかして霊脈までたどり着くんだ』

『辿り着いた後はどうするのですか?』

『辿り着けば自ずとわかる。もちろん、こちらも援護する』

 響が叫んだ瞬間、私の周囲に白い何かが現れ、クルクルと旋回し始めた。式神通信を通して他の式神たちの様子を確かめたが皆の周囲でも白い何かが旋回している。これが奏楽の『四神憑依』の力?

「うわっ」

 もっと近くで見ようと顔を近づけた瞬間、バチッと小さなスパークを起こした。そして、こちらに向かって来ていた妖怪に突撃。白い何かと妖怪がぶつかると小さかったスパークが激しくなり、妖怪の体を黒焦げにしてしまった。どうやらこの白い何かは近くにいる妖怪を自動的に攻撃してくれるらしい。しかし、白い何かは1つしかないので一度に攻撃できる数は1体。援護するとは言ってもこれでは――。

「……へ?」

 そう思っていた矢先、再び私の目の前に新たな白い何かが出現した。いや、違う。1つだけじゃない。次から次に白い何かが増えていく。その数は既に3桁は超えている。まさかこれだけの数を全員のところに送ったのだろうか。

『これだけあれば十分か?』

『十分すぎるよ! 過保護か!』

『お、おう』

 雅の鋭いツッコミに狼狽える響。そんな2人の声を聞いて思わず、くすくすと笑ってしまった。学校が黒いドームに包まれてからまだ2時間程度しか経っていないが2人のやり取りが懐かしく感じてしまう。

「その日常に戻るためにも霊脈に辿り着くぞ」

『……うん』

 言葉にせずとも伝わったのか私と『四神憑依』している響が励ますように言った。きっと私だけじゃない。皆だって同じ気持ちだ。絶対に霊脈に辿り着いてみせる。

『ちょっと! 白いの多すぎて前見えないんだけど! てか、私の炎で白いの消滅しちゃう!』

『え? 地面の中を泳いで行くの? なんか怖いんだけど……ちょ、待って! 待ってってば! いやああああああ!』

『だから、蛇を撒き散らさないでくださいよぉ! うえええええん!』

『白いのいっぱい出すねー。それー!』

「……はぁ」

 頭の中で喚く式神たちに呆れているのか白銀の尻尾を振り回しながら響は深々とため息を吐く。

(なんかごめん……)

 同じ式神として申し訳なく感じ、心の中で謝っておいた。

 


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