東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第394話 地獄絵図

 奏楽さん、雅さん、弥生さん、リーマさんが『四神憑依』したと式神通信を通じてわかりました。一度だけ弥生さんとご主人様が『四神憑依』したことがあったため、その力の強大さを知っていましたが雅さんとリーマさんの『四神憑依』も弥生さんの『四神憑依』に匹敵するほどの力を秘めていました。特に雅さんは彼女から離れた場所にいる私が怯んでしまうほどの熱風をまき散らしながら妖怪たちを殲滅しています。奏楽さんの『四神憑依』の力はまだ見ていませんがおそらく雅さんたちの『四神憑依』に負けない力を宿しているのでしょう。

 もちろん、『四神憑依』をするにはご主人様の力を借りなければなりません。そのため、必然的に『四神憑依』をする相手は一人だけになっていまいます。ですが、ご主人様は『魂共有』の力で10人に分身することでその欠点を補い、雅さんたちは同時に『四神憑依』することができました。それは私も例外ではありません。

「……駄目みたいだ」

「そう、ですか……」

 ご主人様の分身が難しい顔で首を横に振ります。『式神憑依』の経験のある雅さんや奏楽さん、『四神憑依』したことのある弥生さんはもちろん、最近正式な式神になったリーマさんでさえご主人様と『四神憑依』できました。しかし、私だけはどんなに頑張ってもご主人様と『憑依』することができなかったのです。

 雅さんたちは人間をベースにした妖怪なのでご主人様と『憑依』できましたが私は神狼。人間であるご主人様と種族がかけ離れすぎているせいで魂波長が上手く噛み合わず、今まで何度もご主人様と『式神憑依』しようと挑戦して来ましたが『式神憑依』することはできませんでした。今回は『四神憑依』なのでできるかもしれないと期待していましたがそれも失敗してしまいました。ご主人様も私と『四神憑依』できないとわかっていたのか特に驚いた様子もなく、腕を組んで目を閉じていました。どうやら、どうにかして私と『四神憑依』できないか考えているようです。

「……気にしないでください」

 自然と言葉を紡いでいました。ご主人様が駆け付けてくれてからまだ数十分しか経っていませんが彼は一瞬にして戦況をひっくり返してしまいました。ですが、まだ事件が解決したわけではありません。たとえ、目の前にいるご主人様が分身だとしても私と『四神憑依』するために時間を浪費するより今すぐ戦場へ向かった方が皆さんのためになるのです。実際、私とご主人様が『四神憑依』に挑戦している間、『トール』と『魂同調』したご主人様と『闇』と『魂同調』したご主人様が妖怪たちを抑えてくれています。

「私には玄武がいますから『四神憑依』しなくても皆さんのお役に立つことができます。なので早く他の方のフォローに――」

「――いや、『四神憑依』する」

 私の言葉を遮って断言するご主人様。彼の表情はとても真剣で本気で私と『四神憑依』する気のようです。

「ですが! 私たちは『憑依』できません……今までだってそうだったじゃないですか」

 思わず、声を荒げてしまいましたがすぐに声を抑えます。私だってご主人様と共に戦いたい。雅さんたちのように『四神憑依』して皆さんのお役に立ちたい。しかし、できないものはできないのです。

「確かに何度も試したが結局、『憑依』できなかった。だから、別の方法を試す」

「……え? 別の、方法ですか?」

 ご主人様の言葉を聞いて目を見開いてしまいました。狼の姿になってご主人様の乗せたまま『式神憑依』を試みたり、逆にご主人様におんぶして貰ったりなど今まで色々な方法を試しましたがその全てが失敗に終わっているのです。これ以上どうするつもりなのでしょうか。

「まずは原因の確認だ。霙、俺たち《私たち》が『憑依』できなかった原因はなんだ?」

「それはご主人様と私の種族がかけ離れすぎているからです。そのせいで魂波長が噛み合わず、『憑依』できませんでした」

「ああ、そうだ。だからこそ何とかして魂波長を噛み合わせようと様々な方法を試した。だが、上手く行かなかった。魂波長はそう簡単に変わるものじゃないからな。でも、俺は違う」

 能力、もしくは体質のおかげでご主人様の魂波長は簡単に変わります。そのため、人間ベースの妖怪である雅さんたちとも『憑依』することができたのです。ですが、魂波長が変わりやすいご主人様でも限度があったようで『魂波長がかけ離れている霙とは『憑依』できない』、というのが様々な方法を試した後に出したご主人様の結論でした。

「今までは噛み合わない魂波長を無理矢理合わせようとしていた。だから今度は俺《私》の魂波長を“噛み合いやすい魂波長”に変える」

「ご主人様の魂波長を変える? それって……」

「こういうことだ」

「ッ!?」

 背後から聞こえたご主人様の声に驚いて咄嗟に振り返ります。そこには黒い猫耳と二股の細い尻尾、蝙蝠のような翼を生やしたご主人様の分身が立っていました。そう、彼は『猫』と『魂同調』したご主人様の分身です。

「まさか魂波長を変える、というのは……」

「ああ、『猫』と『魂同調』した俺の魂波長は動物ベースに……神狼であるお前の魂波長に近づく」

 猫耳を生やしたご主人様はそう言いながら笑いました。ご主人様の魂波長は変わりやすい。その性質を利用した方法です。ですが、私は素直に喜べませんでした。

「どうして……そこまでして私と『憑依』を?」

 まだ事件は解決していないとはいえこのまま妖怪を抑え続ければいずれ霊奈さんが霊脈を解体します。どんなに『四神憑依』の力が強大だったとしても戦況はこちらに傾いているのですからこれ以上戦力を増やす必要はないはずです。

「早めに解決した方がいいだろう。それに……」

「ご主人様?」

「いや、何でもない。とにかく霊脈を早く壊すことに越したことはない。そのためにはお前と『四神憑依』する必要があるんだよ」

 途中、言葉を区切ったご主人様でしたがすぐに私に手を差し出しました。彼の口ぶりから霊脈を破壊する以外にも目的があるようですが説明してくれそうにありません。

「……わかりました」

 それに私は式神。ご主人様の考えていることは気になりますがそれよりも私の力を必要としてくれた喜びの方が大きいのです。差し出された彼の手を取って何度か深呼吸しました。私と『憑依』するために『猫』と『魂同調』してくれたご主人様の心遣いを無駄にしないためにも必ず成功させます。

「「四神憑依」」

 ご主人様の声と重なった刹那、歯車同士が噛み合うようにカチリと音を立てて魂波長が噛み合い、粒子状になった私がご主人様の中へ吸い込まれました。

 黒かった猫耳が白い狼耳に、細かった二股の尻尾も二股の白い狼の尻尾へ変わり、マントのように広がった白い毛皮のコートが現れ、ご主人様の体を覆い、黒い翼がコートを突き抜けました。更に毛皮のコートの袖が伸びてご主人様の指先を隠し、袖の上からご主人様の手首に黒いベルトが装着されます。最後に目の前に亀の甲羅のような模様が刻まれた巨大なタワーシールドが現れ、ご主人様は盾の裏に取り付けられていた金具に左腕を通し、左手で持てないからか金具が動き、左腕を固定しました。

「四神憑依『霙―玄武―』」

 『四神憑依』を終えたご主人様は妖怪を抑えていた2人の分身に手を挙げて(袖が長すぎて右手は見えませんでしたが)離れるように指示して盾を持ち上げます。そして、妖怪たちに向かって突き出すと左腕を固定している金具部分を残したまま、甲羅の部分だけが射出されました。

『そこ飛ぶんですか!?』

 思わず、声を荒げてしまいましたが射出された甲羅は止まることはおろか甲羅から水の刃が飛び出し、すれ違った妖怪たちを両断していきます。水の刃を纏いながら飛ぶ甲羅はブーメランのように方向転換してご主人様の元へ戻り、残った金具部分と合体しました。盾はもちろん、甲羅の部分を飛ばすことで投擲武器にもなるようです。

「シッ」

 ご主人様が右腕を横薙ぎに振るう袖から無数の蛇が飛び出し、妖怪たちへ飛びかかりました。あの蛇は猛毒を持っているようで噛まれた妖怪は一瞬にして灰になり、蛇は別の獲物を探して徘徊し始めます。なんと言いますか、とても凶悪な攻撃でした。

「上手く行ったな」

『そ、そうですね……』

『うわー、これは酷いわー』

『そうかしら? 効率的だと思うけれど』

 蛇さんの言う通り、蛇たちをばら撒けばばら撒くほど効率は上がりますが目の前で繰り広げられている光景は地獄絵図なのです。雅さんは炎を、リーマさんは地形を、弥生さんは拳や尻尾を変化させて攻撃していますが私の場合、甲羅を投げたり蛇を妖怪に差し向けるだけです。他の方と比べると地味といいますか『四神憑依』したのでもっと派手な攻撃がしてみたい――はっきり言ってしまいますと攻撃がダサいのです。

『ご、ご主人様! 他の攻撃方法はないんですか!?』

「ん? あるぞ」

『それも見てみたいです!』

「わかった」

 私のお願いを聞いたご主人様は背中の翼を広げて奏楽を飛びました。上空からの飽和攻撃でしょうか。魔法陣とか出して大量の水を地上に向けて放射するのでしょうか。とにかく何だか期待できそうです。

「よっと」

 そう思っていた矢先、左腕の盾を掲げた後、地面へ急降下し始めるご主人様。その途中で甲羅が巨大化し、地面へ叩き付け、蛇ごと妖怪たちを圧殺しました。妖怪は灰になるだけですが蛇は死んでも残るようでグラウンドは蛇の血で赤く染まり、猛毒のせいかポコポコと泡立っています。その光景はまさに地獄そのものです。

「この甲羅の盾、便利だな」

『……何でですかああああああ!』

 この後、ご主人様を説得して水や氷を飛ばすなど範囲攻撃に切り替えて貰いました。







なお、弥生は一回描写しているのでカッとします。

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