東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第392話 不死鳥の誕生

砲撃開始(ファイア)

 彼は前線を押し返すと言っていたがどうやってやるのか全く想像できなかった。自慢ではないが私は響が今のように人外染みた力を手に入れる前――まだ弱かった頃から知っている。もちろん、彼にも広範囲を一度に攻撃できる技はあるのだが、さすがにこれだけの範囲をどうにかできるとは思えなかった。

「嘘、だろ……」

 私の隣で戦っていた柊が顔を引き攣らせて呟く。私だって目の前に広がる光景に驚いている。たった一撃だ。私たちがどんなに頑張っても維持はおろか後退させられた前線をたった一撃で押し返し、グラウンドをクレーターだらけにしてしまった。他の式神たちもその砲撃の威力に声を上げる。この砲撃なら前線を押し返すだけじゃなく、妖怪たちを全滅することだって夢じゃない。

『いや、今は緊急事態だったから使ったけどこれすごい燃費が悪くてな。霊奈が霊脈を解体し終わるまで持つかわからん』

 そう思っていたのだが、響に否定されてしまった。確かにあの砲撃の威力は凄まじい。しかし、その分、地力を消費してしまうそうだ。それに響の話では柊たちはすでに限界らしい。

「なら――」

『――落ち着け。策がないわけじゃない』

「あっ……」

 『私と憑依する』という案を言う前に響に遮られ、式神通信を切られてしまった。思わず、目の前に誰もいないのに手を伸ばしてしまう。妖怪たちが近くにいなくてよかった。今の私は完全に無防備だったから。

「尾ケ井……」

 何があったのか察したのか柊が辛そうに私の名前を呼んだ。彼の能力は強力だ。しかし、敵を攻撃する手段がなくグローブを手に入れるまで仲間の後ろで守られながら指揮を執っていたらしい。だからこそ、彼は知っている。守られる辛さを、何も出来ない悔しさを、頼ってくれない悲しさを。

「――っ」

 その時、グラウンドの中央で響の地力が爆発的に増幅した。慌てて振り返るとそこには人影が2つ。式神通信で今の響の状態について情報が流れて来たが、どうやら響は『魂共有』という新しい力を手に入れていたらしい。

「尾ケ井! 妖怪が来たぞ!」

 柊の声ですぐに翼を伸ばして迫っていた妖怪たちを薙ぎ払う。集中しろ。響の準備が終わるまで何としても耐え――。

「……」

 今、私は何を考えていた? 耐えればどうなる? 決まっている。響が解決してくれるだろう。『魂共有』という新しい力を使って助けてくれるだろう。さっきもここに来てたった数分で、たった一撃で戦況をひっくり返してしまった彼ならいとも簡単に終わらせてしまうだろう。

『『今から向かうからもう少し耐えて』』

 二重に聞こえる響の声。ほら、やっぱり助けに来てくれる。彼は生粋の英雄なのだから。

「……」

 私はずっと彼に言い続けていた。もっと頼ってくれ、と。なのに、その私が彼を頼りに――押し付けていた。何とかしてくれると勝手に決めつけ、希望を託し、何もかも任せようとしていた。

砲撃開始(ファイア)

 響の砲撃が再びグラウンドに着弾する。妖怪たちが吹き飛ばされ、私たちの目の前にはクレーターだけが残った。

「……もう、俺は戦わなくていいみたいだな」

 柊はそっとため息を吐いて携帯を取り出し、電話を掛ける。電話の相手はすみれなのか彼の携帯から女の子の声が聞こえた。次にどう動くか相談しているらしい。

「すごいなぁ」

 そんな彼から目を離し、遠くの方からこちらに向かって来る妖怪を見ながら小さく呟く。私のご主人様は本当にすごい人だ。これでも頑張って来たと思っていたが彼は私の何倍もの速さで先を行ってしまう。どんなに追いかけても、どんなに手を伸ばしても、どんなに願っても届くことのない背中。狡い。そう思わずにはいられなかった。

(遠いなぁ)

「ふぅー」

「ひゃうっ!?」

 いきなり耳に息を吹きかけられて肩を震わせて驚いてしまう。そちらを見ると背中に漆黒の翼を生やした響が立っていた。『魂共有』の影響で体は完全に女になっている。半吸血鬼化した時よりも胸は大きくなっているようだが。それに何だかいつもと雰囲気が違う。響であって響ではなく、響ではなくて響であるような不思議な感覚。

「どうしたの? 呆けていたけど」

「……別に」

 自分の不甲斐なさと響に対する嫉妬からか目を逸らしてしまう。私の態度がいつもと違うことに気付いたのか彼は不思議そうに首を傾げ、すぐに微笑んだ。

「怒ってるのか?」

「怒ってない」

「じゃあ、お腹でも空いてるのか?」

「なんでそうなるかなぁ! 私はただ――」

 醜い言葉を吐き出しそうになって慌てて口を閉ざした。何やっているのだろう、私は。響は助けてくれたのに八つ当たりしてしまった。これでは式神失格である。ずっと正式な式神にはなれず仮式だったのも納得できてしまう。

「ただ?」

「……」

「……はぁ。“しょうがないな”」

 その言葉を言った途端、いつもと違った雰囲気がいつもの響に戻った。体つきは依然女のままだが目の前にいるのは響であると確信できる。

「何に怒ってるのか知らないけどお前の力が必要なんだよ。だから協力してくれ」

「……え?」

 私の、力が必要? 砲撃一つでここまで相手の戦力を削れたのに? 地力の消費が激しいとはいえ、『魂共有』のおかげで人手が増えたのだ。私の力を借りる必要はないと思うのだが。

「あのなぁ……妖怪はどうにかできても原因を取り除かなきゃ終わらないだろうが」

「でも、それは霊奈が何とかしてくれてるし」

「時間がかかりすぎる。“俺たち”でぶっ壊すぞ」

「ぶっ壊すって……霊脈を破壊したら『霊力爆破』が……」

「それを起こさないために今、俺の分身が霊奈に霊脈について教えて貰ってる。まぁ、今のところ問題はなさそうだけどな」

 でも、私の力は『炭素を操る程度の能力』。霊脈をどうこうできるようなものではない。ましてや朱雀の力すら使えない私なんか――。

「てい」

「ガッ」

 響の渾身のデコピンを受けてその場で引っくり返り、頭から地面に叩きつけられる。時速100kmで走るトラックにぶつかったような衝撃だった。頭が砕けるかと思った。

「し、死ぬ……死ぬから止めて……」

「あ、ごめん。力加減がイマイチわからなくて」

 額を押さえて悶える私に謝りながら手を差し伸べる響。彼の手を取ろうとしたが、その直前で体を硬直させてしまう。私に彼の手を取る資格はあるのか、と疑問に思ってしまったのだ。

「……あああああ! もう!」

 拗ねている私がもどかしかったのか響は叫んで私の肩を掴んだ。それでも私は彼に視線を合わせない。合わせられない。

「お前の力が必要なんだ。他の誰でもない“音無 雅”の力が必要なんだよ。俺だけじゃ霊脈をどうもできない。だから手を貸してくれ、雅」

「……私の、力って何?」

 気付けば両肩に乗った彼の手を払いのけていた。本当に馬鹿だなぁ、私。こんなこと言っても意味ないことぐらいわかっているはずなのに。こんなことしている場合じゃないのに。

「私だって……響の役に立ちたいけど。朱雀の力は使えないし、皆には迷惑かけちゃうし、妖怪を通しちゃうし……この戦いで私がどれだけ弱いのか痛いほどわかった。私なりに頑張って来たけどそれでもまだ弱いの。響の背中がすごく遠くて……役に立つなんて夢のまた夢で。それなのに私の力が必要って言われてもわかんないよ!」

「じゃあ、教えてやる」

 その時、グイッと体を引っ張られた。どうやら、私は響に抱きしめられているらしい。突然抱きしめられた私は狼狽えるばかりで声すら出せなかった。

「仮式だった時期は長かったけど……お前は俺の最初の式神だ。俺が最初に仲間として認めた女だ」

「最初の、式神……」

「だから自信を持て、雅。お前は自分が思ってる以上に強い。俺が保証してやる。お前は式神たちの中で一番俺が“頼りにしている”仲間だ」

「……」

 なんで、この人の言葉はこれほどまでに私の心を震わせるのだろう。

 どうして、あんなに信じられなかった己を信じようと思えるのだろう。

 何故、体の奥底から力が湧いて来るのだろう。

「信じろ、雅。よく聞く台詞だが……お前を信じる俺を信じろ。それだけでお前は強くなる。一緒に強くなれる」

「一緒に……強く……」

 あぁ、本当に馬鹿だ。仲間に頼れと響に言っていた私が仲間()を頼らないなんて。本当に、馬鹿。大馬鹿。

「だから、力を貸してくれ。俺がいれば炎なんか怖くないだろ?」

「うん……うんっ」

 彼の背中に腕を回しながら何度も頷く。

 ガドラを倒した時だって私は独りじゃなかった。響がいてくれたから炎に対する恐怖を克服することができた。だから、今回も大丈夫。響と一緒なら――どこまでだって強くなれる。

「「四神憑依」」

 同時に呟くと私の体が分解させ、彼の中へ吸収された。温かくて心地よくて安心する。

『もう大丈夫そうね。さぁ、魅せてあげましょう。私たちの本当の力を』

 朱雀の声が響き、私たちは1つの存在になった。『式神憑依』した時とは比べ物にならないほどの同調率(シンクロ)だ。そのせいか私たちが立っていた場所から凄まじい勢いで火柱が上がり、黒いドームにぶつかり四方八方へ火の粉が飛び散った。

「四神憑依『雅―朱雀―』」

 彼が来ていた高校の制服姿はいつの間にか橙色の丈の短い着物――ミニ着物に変わり、綺麗だった黒髪は毛先だけオレンジ色に染まっていた。鼻と口を黒いマスクが覆い、背中には漆黒の翼とその何倍もの大きさを誇る炎の翼。

「翼炎『不死鳥の羽ばたき』」

 弾幕ごっこでもないのスペルを宣言した響は背中の翼を妖怪たちが密集している場所へ叩きつけた。炎に直撃した妖怪はもちろん熱風に煽られた妖怪も消滅していく。

「どうだ、雅。すごいだろ、俺たち」

『……うん、すごいね私たち』

 溶岩のようにドロドロに溶けてしまったグラウンドを見ながら私たちは笑い合う。ああ、本当に響が主でよかった。彼の式神になれてよかった。そんなことを想いながら。


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