『ジュシン、カンリョウ。タダチニ、ホン、ヲ、コチラニ』
「うわっ!?」
本の声が頭で響き、急に体が浮き始める。本も一緒に上昇していた。
「な、何が……」
『テキゴウ、スル、ホン、ハ、ゼンブ、デ、120。ソノ、ナカ、デ、イチバン、アナタ、ガ、モトメ、テイル、ホン、ヲ、センタク、シマス』
そう言った矢先、図書館の本棚から本が勝手に飛び出し、こちらに飛んで来る。次から次へと。その本たちは俺の周りをぐるぐると回る。まるで、それは踊っているようだった。
『120、カラ、100』
頭の中に声が響く。それに応えるように20冊の本が落ちて行った。
『100、カラ、60。60、カラ、20』
どんどん、本が落ちていく。
「響!」
その時、後ろからパチュリーの声が聞こえる。振り返ると遠い所で宙に浮いていたパチュリーの姿を確認する。他に霊夢、魔理沙、早苗、フラン、小悪魔もいる。
「これ! 何なんだよ!」
「その本は貴方に適する本を探しているの! 急いでその竜巻の中から脱出しなさい! そうすれば本が対象を失い、この魔法が解かれる!」
(竜巻?)
よく、見れば目の前の本と俺を中心にし、竜巻が発生している。だが、体当たりしても脱出、出来そうにない。
『20、カラ、12』
「早く! 禁書が選ばれたらまた貴方は暴走するかもしれない!」
「それはごめんだ!」
ならばと左腕に括り付けられているPSPからイヤホンを伸ばそうと手を伸ばす。
「……あれ?」
見れば、左腕には何もない。確かに俺は部屋を出る時、ホルスターを装着したはずだ。だが、左腕には何もない。
「お兄様! これ!?」
竜巻の外でフランがぶんぶんと手を振っている。その手の中にPSPがあった。本が風を巻き起こした時に弾かれてしまったようだ。
「ああっ!? パチュリー、ゴメン! 俺、何も出来ねー!」
「はぁっ!?」
『12、カラ、6』
残り6冊となった魔導書は高速で回転している。
「皆! 攻撃して竜巻に穴を開けるわ! 響はその穴から逃げなさい!」
「まかせたぞ!」
そう叫ぶと一斉に竜巻への攻撃が始まった。だが、魔理沙のレーザーでも竜巻はびくともしない。フランは右手を握ろうとしているが元々、竜巻は現象。『目』などあるはずがない。
『ジ……ジジ……モンダイ、ハッセイ。シキベツ、ヲ、イソギ、マス。6、カラ、1』
「ッ!? まずい!」
パチュリーの叫びと同時に5冊の本が落ちた。残った1冊が俺の目の前に現れる。
『さぁ、これがお前の本だ。手を差し伸べ、その本を手に取り、お前の好きな物を守れ』
急に本の滑舌が良くなった。識別のせいで言語の方は疎かになっていたらしい。
「え?」
『お前が求めたのは『守る為の力』。私も見ていたぞ? お前が狂気に乗っ取られ、暴走するのを』
「……」
『そのせいでたくさんの人が傷ついた。それをお前は心のどこかで悔やんでいる』
悔しいが本の言っている事は当たっていた。
『そして、また無意識にお前は力を求めた』
「力……」
『そう。この本は今のお前にピッタリな本だ』
本がそう言って閉じられる。そのまま、墜落した。残ったのは俺と選ばれた本だけだ。
「響! 駄目!」
霊夢の声が聞こえたが今の俺にはどうでもよかった。
「守る力……」
ゆっくり、本に手を伸ばす。
『我を求めるか?』
目の前にある本から声が聞こえる。声質から年老いた男。
『我はこの禁書に封じ込められた魂。お主の魂を喰らい尽くすつもりぞ?』
「……大丈夫。俺の魂は普通じゃない」
今回の異変で俺の魂は生まれ変わったのだ。
『何?』
本が聞き返して来たが無視。
「お前の部屋を用意する。おいで。俺は全てを受け入れる。だから、お前も俺を受け入れろ」
そして、本に触れた。
「……なるほど。こういう事か」
「そう、こういう事」
白い空間の中、俺と本の中にいた魂が対峙する。魂は今、人型になっていた。その姿は燃えるような目と赤髪を持つ、赤髭のおじさんだ。
「ふむ。それで? お主は我を倒すつもりか?」
「倒すなんてしねーよ。少し、手懐けるだけだ」
「我をペット扱いとはお主、死ぬぞ?」
「誰も一人でお前と戦うとは言ってねーぞ」
それからすぐに俺の後ろを見ておじさんは目を見開いた。
「……」
目を開けると図書館の天井が見えた。更にその周りに霊夢たちが心配そうに俺を見ていた。
「お兄様?」
「大丈夫。暴走しないから」
フランの頭に手を乗せながら体を起こす。
「本当に? あれは禁書だったでしょ?」
パチュリーは俺が先ほど触れた本を抱えて、問いかけて来た。
「ああ、その中にいた魂と戦って勝った」
「はぁっ!? 確かあの中にいたのって……」
目を見開いて大声で驚く紫パジャマ。
「まぁ、いいんじゃね? こうやって、無事だったんだからよ」
「で、でも……」
まだ納得のいっていないパチュリーを放置して立ち上がる。それから体を捻ったり、屈伸したり動かしてみた。体に異常はないようだ。
「……」
「ん? どうした、霊夢」
ジト目で俺を凝視する霊夢に質問する。
「何か……増えた」
「は?」
「もう、貴方の持ってる霊力やら魔力やらがごちゃごちゃしてて、何があって何がないのかわからないのよ。でも、さっきはなかった何かが貴方の中に生まれたのは確かね」
「ふ~ん……あれ? 俺、霊力持ってるの?」
「少しね。ギリギリ、霊弾を1つ飛ばせるくらいかしら?」
「少なっ!?」
「因みに魔力もそれぐらいだから」
パチュリーの言葉に絶望する。今まではコスプレの力で霊力や魔力を水増ししていたのだろう。
「まだあるわよ? なんか妖怪の気配がするの。貴方から」
「ああ、それは知ってる」
「え? 知ってるんですか?」
早苗の問いかけに頷く。
「だって俺、妖力持ってるもん」
それは魂の中で聞かされた。
「あ、そりゃ妖怪の気配もってええええええええええ!?」
魔理沙が驚く。
「何だよ。そんなに驚く事ねーだろ?」
「驚くだろっ!? どうしたんだ? 人間、やめたのか?」
「まだ人間だ! 妖力も霊力や魔力と同じぐらいだからな」
「……弱いな。お前」
「うるせー」
魔理沙の発言に不機嫌になる。自覚しているのだ。
「それにしても……急にとんでもない存在になったわね」
「自分でも吃驚だよ」
パチュリーに返事をしつつ、図書館の扉に向かう。
「どこ行くの?」
霊夢が首を傾げながら質問して来た。
「部屋に戻るよ。色々あって疲れた」
「あ、待って! 私も」
そして、フランと一緒に図書館を後にした。
「ねぇ?」
「ん?」
部屋に戻る途中の廊下でフランが話しかけて来る。
「あの本にいた魂って今、どこに?」
「秘密だ」
まだ、話すべき時じゃない。そう思った。
「え~!」
「いつか話すから」
「ぶ~」
頬を膨らませてフランは拗ねた。その姿が可愛らしくて思わず、笑ってしまった。
「あ! どうして笑うの!」
「い、いや、かわいいから。くっ……くくく」
そんな俺を見て更に頬を膨らませるフラン。
「さて……少し寝るから晩飯、出来たら呼んでくれ」
俺の部屋に着き、ドアノブに手をかけながらフランに言う。
「むぅ……わかった」
「じゃあ、お休み」
「うん。お休み」
今は午後4時。まだ一日も経ってないと思うと変な感じがする。晩飯までだいたい2~3時間ほどあるはず。それだけあれば十分だ。俺はベッドに入り、目を閉じて意識を集中する。自分の部屋に帰るように魂のドアを開く。そんな感じだ。
「……ふう」
目を開けるとマンションの一室のような部屋にいた。家具などない。殺風景だ。いや、電話だけ床に直接、置いてある。
「あら、お帰り」
「俺はこちらの世界の住人だったか?」
キッチンに吸血鬼がいた。服は俺の学校の制服だ。しかも、女子用。
「もう、人間とは言えないだろ?」
「誰のせいだと思ってるんだよ」
ベランダから狂気が部屋に入って来る。こちらも女子用の制服を着ている。
「なぁ、この部屋どうにかなんないの? 家具とか」
吸血鬼に文句を言う。
「ここは貴方の魂なんだから自分で模様替えしなさい」
「……わかったよ」
吸血鬼に言われ、思い浮かべる。テレビ、ベッド、テーブル、ノートパソコン、ソファ。それらを頭の中で配置。
「まぁ、いいんじゃないか?」
「うわ……本当に出て来た」
狂気の声に目を開けるとイメージ通り、家具が出現していた。
「これでゆっくりできるわ」
「自分の部屋に帰れ」
「だって、ここの方が広い」
狂気が腕を組んでそう言い放った。
「この体の所有者は俺だもん。そりゃ、部屋も広いよ」
「そりゃそうだけど、貴方が勝手に新しい住人を増やしたから私たちの部屋が小さくなったのよ」
「あ、そうなの?」
そこまで話していると玄関の方からチャイムが鳴った。
「あ、は~い!」
「お前が出るんかい!」
吸血鬼が当たり前のように玄関に向かうのを見てツッコんでしまう。その姿は主婦を思い出させた。
(あれ?)
ふと、気付く。ここは魂。誰がこんな所、訪ねて来るのだ。
「どちら様ですか~?」
そう言いながら吸血鬼は玄関のドアを開けた。