東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第389話 才能

 キョウの目を見れば幻覚にかかってしまう。ならば、彼の目を見なければいい。言う分には簡単だが、実行するとなると話は違って来る。理性のない敵と戦う時、基本的にフェイントなどの搦め手を使って来る確率は低い。そのため、敵の目を見れば次にどこを狙って来るか判断できるのである。実際、男は今までキョウの視線を見て攻撃の軌道を予測していた。それを封じられるのは些か辛い。

「『VISOR』」

 そこで男の取った行動は覆面(フルフェイス)を被ることだった。本来、このコードは砂塵や毒霧を吸い込まないための機能だ。しかし、今回は直接キョウの目を見ないようにするために使った。男の鎧はオカルト方面の力をほぼ無効化してしまう。もちろん、男が被った覆面も同じ効果を持っているため、覆面を通せば彼の目を見ても幻覚にはかからないと判断したのだ。

「……?」

 男の目論見通り、覆面越しであればキョウと目が合っても幻覚にかかることはなかった。男が幻覚にかからないのが不思議なのかキョウは小さく首を傾げる。理性を失っているはずなのにその仕草はどこか人間臭かった。だが、その仕草もすぐに止め、今度は彼の周囲に赤黒い霊力が集まり、いくつかの球体になった。

(何だあれ……飛ばして来る気か?)

 しかし、球体が作り出されてから数十秒ほど経ったが一向に撃つ気配はない。だからこそ、男は目を細めた。ああやって霊弾を待機させ続ける意図がわからない上、理性がないとは言え、男の鎧にオカルト方面の攻撃が通用しないことぐらい理解しているはずだ。

「――ッ」

 そう思考を巡らせていた時だった。いきなり右膝に力が入らなくなり、その場で片膝を付いてしまう。その刹那、彼の目の前にキョウの右足が迫り――。

「ガッ」

 思い切り顔面を蹴られ、吹き飛ばされてしまった。空中で何とか体勢を立て直そうとするが今度は左肩に衝撃が走る。トラックに轢かれたと錯覚してしまうほどの衝撃に目を白黒させたまま、境内に叩き付けられ、口から酸素が漏れた。覆面をしていたおかげでダメージはほとんどなかったものの脳を揺さぶられたせいで立ち上がるのに苦労してしまう。

「な、何が……」

 だが、そんなことよりも彼を混乱させたのは最初の一撃についてだった。右膝を見れば鎧の隙間から血が流れている。オカルトに強いはずの鎧を貫通されたのだ。じゃあ、その攻撃方法は? どうやって貫いた? 男の脳裏にそんな疑問ばかり浮かぶ。

「ぐっ……」

 そこへ更に追撃。力の入らない右足を庇いながら何とか立ち上がった男の右肩に鋭い痛みが襲った。鮮血が境内に広がる。思わず、右肩を左手で押さえようとするがその途中で左手首が跳ね、その衝撃で左手が上に挙がってしまう。再び血が宙を舞う。

(そういう、ことかよっ!)

「『RECOVERY』!」

 奥歯を噛みしめながら治療のコードを叫ぶ。左手首を“撃ち抜かれ”ながら彼はキョウの周囲に浮かぶ球体の一部が波打っているのを見たのだ。つまり、今までの攻撃は全てあの球体から放たれていたのである。

(あれはただの霊弾じゃねー……銃口だ!)

 おそらく霊弾の一部を変形させ、超極細の針のようにして撃ち出している。それに加え、鎧と鎧の隙間を縫うように射出しているらしい。だが、正解に至ったはずの男の表情は優れなかった。霊力を針のようにして撃ち出すだけでもそれなりの技術が必要なのに鎧の隙間を的確に撃ち抜くなどまずありえないことなのだ。特に男の鎧はオカルトに強い。掠っただけでも極細の針は弾け飛んでしまうのである。

 しかし、キョウは成功させた。それも何度も。偶然ではないことは一目瞭然。男は今まさに額に銃口を突き付けられている状況なのだ。

「くっそたれ!」

 このまま立っていれば鎧の隙間という隙間を針山にされる。更に隙間があるのは間接部分が多いのでそこを破壊されてしまったら身動きが取れなくなってしまう。慌てて移動しようとするがその前に左足首を撃ち抜かれた。超極細の針だが赤黒い霊力の効果なのか鋭い痛みが全身を駆け抜ける。

(な、めんな!)

 赤黒い針が迫るのを見て倒れてしまいそうになる体を無理矢理動かして前で跳躍した。その刹那、先ほどまで彼が立っていた地面に小さな皹が走る。

「ガ、ァああああああああ!」

 だが、そのことについて考えることはできなかった。躱したはずなのに右肩に被弾したのだ。そのまま地面に倒れ、右肩を押さえるが針が撃ち出されたのを見てすぐにその恰好のまま左へ飛ぶ。再び地面が小さく割れる。そして、背中に衝撃。男は前のめりになり、境内を転がった。更にそこへ追撃と言わんばかりに霊力の針が次々に射出される。

(こいつッ!)

「『RECOVERY』! 『SHIELD』!」

 治療と盾のコードを使い、目の前に出現したタワーシールドの後ろに隠れながら男は心の中で悪態を吐く。針は躱した。そのはずなのに体は無様に地面に転がされている。しかし、彼はすでにその原因に気付いていた。キョウはわざと視認できる太さの針を撃ち、あえて回避させ、回避後の硬直を狙ったのだ。やはり、彼の射撃の才能は達人レベル――いや、もしかしたらそれを越えているかもしれない。回避後の硬直を狙うということは男が回避行動を取る前に撃ち出さなければ間に合わないのである。また、動いている状態で鎧と鎧の隙間を狙撃した。理性を失っている獣ができるとは到底思えない曲芸にも近い技能。だからこそ、男は動揺した。彼の持っている“音無 響”の情報には射撃に関する才能などなかったのだから。

(どういうことだ? あいつの才能に射撃なんてなかったはず……じゃあ、魂の中にいる奴らに手助けして貰っているのか? いや、この時代のあいつには吸血鬼と狂気しか……ッ!)

 そこで男は気付いた。今のキョウは現在進行形で吸血鬼化が進んでいる。つまり、“あの状態”に近い状況なのだ。ならば、キョウに射撃の才能があるのも納得できる。すでに男は今の状態に近いキョウと対面したことがあるのだから。

(なら、話は早い)

 吸血鬼化が進んでいるのならそれを利用するまで。そう思いながら男は空を見上げる。そこには太陽がさんさんと輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと不思議だったことがある。何故、吸血鬼は狙撃銃を使っているのか、と。吸血鬼は俺の魂に住んでいる。彼女にも確認したが自我が生まれてから今まで外の世界に出たことがないらしい。それこそ彼女が外の世界と初めて触れたのは狂気異変からだ。そのはずなのに吸血鬼は最初から狙撃銃を使用していた。知るはずもないことを知っていた。

 特に他の奴らとは普通にできたのに何故か最も相性がいい俺と吸血鬼が『魂同調』できないことが不思議でたまらなかった。だが、その原因もぬらりひょんとの戦闘で全て理解した。俺たちの魂波長は元々同じだったのである。一応、それは知っていた。だからこそ、俺たちの相性はいいと思っていた。そう、“相性が良すぎた”。

 『魂同調』は魂に住む住人と魂波長を無理矢理合わせて行うシンクロ。じゃあ、最初から同じ波長を無理矢理合わせようとすればどうなるだろうか。答えはすでに知っている。同じ波長なのだから片方の波長を変えれば違うものになってしまう。だからこそ、俺たちは『魂同調』することができなかった。最初から『魂同調』しているようなものだから。

「「行こう」」

 差し出された彼女の手を掴んで笑い合う。ああ、そうだ。俺たちはいつでも一緒だった。狂気異変よりもずっと前から。それこそ産まれた時から。

 そして、疑問がもう1つ。同じ魂波長なのに俺たちは性格も、話し方も、性別も、種族も、好きな物も、嫌いな物も、何もかもが違う。原因はわからない。だが、それこそが“俺たちの強みとなる”。

(リョウ、ドグ……借りるぞ)

 ()吸血鬼()と声を合わせてそっと呟く。その瞬間、俺たち(私たち)の中で別れるはずのなかった――別れてはならなかった何かが繋がった。そして、不完全が完全へと戻る。

 

 

 

「「魂共有」」

 

 

 

 黒いドームの下、1対の漆黒の翼が2つ、咲いた。

 


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