(なるほど、な……)
魔法陣の上に立ったまま、俺は式神通信を使って雅たちの視界をジャックし状況を確かめる。どうやら、東西南北に設置されている霊脈から人工妖怪が溢れ出ており、文化祭に遊びに来た人たちを守るために戦っているらしい。ぬらりひょんの話通り、彼女はただの囮だったようで敵の目的は『文化祭の襲撃』。おそらく仲間を捕獲して俺を脅迫するつもりなのだろう。だが、俺が来たからには敵の思惑通りにはさせない。
「回界『五芒星円転結界』」
ユリちゃんの傍に待機させていた五芒星結界を手元に移動させ、悟たちの前にいた妖怪に向けて投げた。『回界』は妖怪たちの体をバラバラに切り刻む。予想以上に脆い。人工妖怪だからだろうか。
「おにーちゃーん!」
「おっと」
妖怪について考察していると胸に衝撃が走る。下を見れば額から角を生やした奏楽がポロポロと涙を流しながら抱き着いていた。黒いドームに閉じ込められてずっと戦っていたのだ。俺の姿を見て緊張の糸が切れてしまったのだろう。
「よく頑張ったな。よしよし」
「ひっぐ、えへへ……」
抱っこして涙を拭いながら褒めると彼女は泣きながら笑った。それにしてもこの額の角は何なのだろう。どことなく神力を感じる。それこそ青竜と同じ気配だ。
『響ッ!』
その時、脳裏に雅の絶叫が響いた。そのあまりの声量に顔を歪めてしまう。奏楽も目を回していた。驚いたおかげで涙は引っ込んだようだが。
「雅、声大きい」
『あ、ごめ……ってそうじゃない! やっと、やっと来てくれたんだねっ』
「遅れてすまん。そっちの状況はだいたい把握してる。詳しい話は後だ。まずは前線を押し返すぞ。もう少しだけ耐えてくれ」
『え? 押し返す?』
「響!」
雅が不思議そうに聞き返すが答える前に悟がこちらに駆け寄って来た。たった2時間しか離れていなかったのに随分と久しぶりに思える。とりあえず、未だフラフラしている奏楽を抱きしめながら魔法陣から降りた。すると、魔法陣がガラスの割れるような音を立てながら砕け散る。
「遅くなった」
「本当に……いや、よく来てくれた。でも、どうやって? 黒いドームのせいで式神通信すら使えないんだろ?」
悟の疑問はもっともだ。黒いドームは破壊することはおろか外部と内部では連絡を取り合うことすらできない。式神召喚などもっての外だ。だからこそ、彼は疑問に思ったのだろう。
「これを使ったんだよ」
説明しながら空中に浮かんでいたきょーちゃん人形を手に取った。きょーちゃん人形は淡く輝いており、特に制服に縫い付けられている校章の部分には魔法陣が浮かんでいた。
「きょーちゃん人形……いつの間に」
「俺たちが高校生の時だな」
「……はぁ!?」
高校最後の文化祭。悟の提案できょーちゃん人形を作ることになり、クラスメイト全員が文化祭当日までその作業に追われていた。その途中、裁縫が苦手な女子の手伝いをしたのだが、ちょっとした悪戯心でキョーちゃん人形の一つに魔法陣を刺繍したのだ。まさかそのたった一つの人形がユリちゃんの人形だとは思わなかったが。
「魔法陣か。どんな効果なんだ?」
「それは……いや、それはまた後で。今は時間がない」
脳内で雅たちにどうにかできるなら早くしてくれと催促されたのだ。どうやら、上手く黒いドームの中に入れたかので浮かれているらしい。間に合ったからと言って危険はまだ取り除いたわけではないのだから気を引き締めよう。
『雅、とりあえず奏楽の額の角とか色々説明してくれ』
『式神の中で一番余裕ない私に頼むなああああああ!』
そう言いつつ雅は手短に説明してくれた。どうやら、俺の能力の影響で雅たちが持っていた珠に四神の魂が宿り、今まで持ち堪えられたのは四神の力があったかららしい。雅だけは朱雀の力を操り切れず、追い詰められてしまったようだが。
「奏楽は俺が準備できるまでここで援護射撃してくれ。悟、ここは任せた」
「わかった!」
「おう」
「え? えぇ?」
俺の指示にすぐに頷く奏楽と悟だったがまだ状況を飲み込めていないユリちゃんはキョロキョロと視線を泳がせて戸惑っていた。彼女はまだ小学2年生だ。戸惑うのも仕方ない。
「ユリちゃん」
彼女の目線に合わせるためにしゃがみながら名前を呼んだ。いきなり名前を呼ばれたからか肩をビクッと震わせるユリちゃん。そのまま不安げに俺に視線を合わせた。
「俺を呼んでくれてありがとう」
「え?」
「ユリちゃんが俺を呼んだんだよ。君がいなかったらどうなってたかわからない。だからありがとう」
「ぁ……ど、どう、いたし……まし、て」
褒められることに慣れていないのか彼女は顔を紅くしてもじもじし始める。その姿が微笑ましくて思わずくすりと笑ってしまった。まだ敵は倒していない。でも、この笑顔が失われる前にここに来られて本当によかった。
「はい、これ」
「きょーちゃん人形……」
淡く輝き続けるきょーちゃん人形を差し出すと彼女は震える手で受け取り、ギュッと抱きしめる。この人形がなければ何もかも終わっていただろう。
「これを持っていればある程度安全だ。必ず持ってろよ」
「はい!」
笑顔で頷いたユリちゃんを見た後、悟に視線を向ける。彼も俺の視線の意味に気付いたのか親指を立てた。きょーちゃん人形があるとはいえ物理的な攻撃には対抗できないし種子の治療もしなければならない。悟なら何とかしてくれるだろう。
「それじゃ行って来る」
そう言って俺はグラウンドが見合わせる程度まで上昇する。俺が来た時に比べて少しだけ前線が下がっていた。のんびりし過ぎたかもしれない。
(吸血鬼)
『はいはーい、こっちの準備はできてるわよ。どうぞ』
吸血鬼に話しかけると俺の目の前に1丁の狙撃銃が出現した。吸血鬼がいつも使っている物だ。それを手に持って目を閉じる。普通の狙撃銃――いや、武器では無理だ。これが“吸血鬼が使っている物”だからこそ俺の力を使うことができる。
「
地力がグンと減り、目の前に俺が持っている狙撃銃と同じ物が9丁現れた。手の中にあった狙撃銃から手を離して次の工程に移る。
「
計10丁の狙撃銃が移動し、俺の周囲に等間隔に並んだ。狙撃銃を移動するだけだったので地力の消費は少ない。だが、この先から一気に難しくなる。
「
10丁の狙撃銃の銃口が広がり、銃弾を実弾からエネルギー弾に変える。予想以上に大変な作業で額に汗が滲む。練習すれば比較的楽にできそうだがぶっつけ本番なので予定よりも多く地力を消費している上、無駄な工程もある。後で練習しよう。
「
俺の周囲に浮遊していた狙撃銃の銃口に光が集まり出した。更に式神通信を駆使して雅たちの視界をジャックし、狙撃するポイントを決める。
『衝撃に備えろ』
「
通信を使って忠告した後、銃口の角度を調整。やはり雅と弥生がいる場所が妖怪の数が多い。10丁中7丁を雅側に向けた。残りの3丁は霙、リーマ、2人の中間に照準を合わせる。
「
『充電完了。派手にやっちゃいなさい!』
銃口を固定させたところで吸血鬼が嬉しそうに叫んだ。まだ俺たちはこの力を完全にコントロールできているわけではない。しかし、人工妖怪を吹き飛ばすことぐらいはできるだろう。これが“俺”の本来の形なのだから。
「
その刹那――空間が揺れた。狙撃銃から放たれたエネルギー弾がグラウンドに着弾し周囲の妖怪たちを巻き込む形で大爆破を起こしたのだ。雅たちは俺の警告を聞き、一時的に前線から離れていたので無傷だが妖怪たちの大半は爆発に巻き込まれて消滅した。
「
『……え、えええええ!?』
『ちょ、何ですか今の!?』
『響、あなた何したの!?』
『く、クレーターできてる……』
再充電していると雅の絶叫が脳裏に響く。雅だけじゃない。霙、リーマ、弥生も砲撃の威力に驚いていた。クレーターまでできているらしい。やりすぎてしまったかもしれない。
『おにーちゃんすごーい!』
まぁ、奏楽だけは喜んでくれたので良しとしよう。戦況を確認すると人工妖怪の数が半数以上減っていた。だが、あの霊脈がある限り、人工妖怪は増え続ける。油断はできない。
『でも、その砲撃があれば……』
『いや、今は緊急事態だったから使ったけどこれすごい燃費が悪くてな。霊奈が霊脈を解体し終わるまで持つかわからん』
『じゃあ、どうするの? 私たちが抑えて危なくなったら砲撃する?』
霙の言葉を否定すると今度はリーマが問いかけて来た。確かにそうすれば砲撃し続けるよりも持つだろう。しかし、問題は式神組ではなく柊たちだ。魔眼で柊の力を視れば普段よりも減っており、後数分ほどで尽きてしまうだろう。もちろん、式神組だって四神を宿しているからと言って永遠に戦い続けていられるわけではない。
『なら――』
『――落ち着け。策がないわけじゃない』
焦った様子で何か言いかける雅だったがそれを遮って周囲を見渡した。人工妖怪は未だ進攻を続けているが雅たちがいる場所まで到達するのにもう少しかかる。あれなら間に合うはずだ。
「吸血鬼、準備はいいか?」
「ええ。もちろん」
いつの間にか俺の隣にいた吸血鬼がニコニコと笑って手を差し出した。