後編は3週間後になります。
西の霊脈。弥生や霙と同じようにリーマも霊脈から溢れ出る妖怪と戦っていた。そして、その戦闘はグラウンドの中央に集まっている人たちからも見えるほど派手だった。
『左だ』
「はいはい、と」
頭の中に響いた白虎の声を聞いてリーマは面倒臭そうに左足でトンと地面を叩く。すると左側の地面が大きく隆起し、リーマの左側を通り抜けようとした妖怪たちは吹き飛ばされて地面に叩きつけられる前に消滅した。
「はぁ……なんか拍子抜けなんだけど」
『仕方ないだろ。俺とお前の能力は殲滅戦に適してんだから』
リーマの能力は『成長を操る程度の能力』。主に植物を成長させる時にこの能力を使っている。その証拠に彼女は常に植物の種を持ち歩いており、先ほどまで種を妖怪たちが集まっている場所に投げて急成長させて攻撃していた。リーマは成長させる他に成長させた対象をある程度操ることもできるのだ。ガドラの手下と戦った時は髪を成長させて望を運んだこともあった。
そして、リーマに宿った白虎が司る属性は『金』――つまり、鉱物や金属である。おそらくリーマ以外の人に白虎が宿った場合、手に持っている金属を変形させることぐらいしかできなかっただろう。だが、リーマは成長を操ることができる。地面の中に含まれている微細な鉱物や金属を急成長させ、地面を隆起させているのだ。一応、リーマ単体でも鉱物を成長させることは可能である。だが、鉱物は長い年月をかけて成長するため、リーマの能力を駆使しても大きく成長できず、地面を隆起させるには膨大な霊力が必要となるのだ。
それを手助けしているのが白虎である。彼のおかげでリーマは鉱石を少量の霊力で地面を隆起させるほどまで成長させることができるのだ。しかも、その工程も至極簡単であり、ただ地面を肉球付きの足で叩くのみ。それだけで妖怪たちは隆起した地面に打ち上げられ、消滅していく。何より隆起した地面を元に戻せることがリーマの強みだった。妖怪は何かに引き寄せられるようにグラウンドの中央へ向かうため、必ずリーマの左右どちらかを通る。その直前に地面を隆起させれば勝手に自爆するのだ。また隆起した地面の高さもそれなりにあり、いきなり現れた土壁を見た妖怪たちは止まろうとするが激突して消滅。止まれたとしても後ろから別の妖怪に突っ込まれて圧死する。
「ふわぁ……」
つまり、リーマは左右の地面を隆起するだけで妖怪の進攻を完全に食い止めることができるのだ。加えて細かい操作も必要ない。言ってしまえば飽きていた。
『一体抜けたぞ』
だからだろう。隆起させるタイミングが一瞬だけ遅れてしまい、一体だけ突破されてしまった。それでもリーマは焦った様子も見せずに手に持っていた(肉球でも不思議と持てた)種を後方へ放り投げて地面に落ちた瞬間に発芽して突破した妖怪へ蔓を伸ばし、串刺しにする。その間もボコボコと地面を隆起させて妖怪たちを倒していた。雅や弥生よりも長い時を生きているからか冷静に対処している。
『……お前、なんかすごいな』
「何が?」
それは白虎ですら感心してしまうほどだったがリーマにとって普通のことだったので首を傾げるだけで終わった。しかし、完全に妖怪たちの進攻を食い止めているリーマだが地面を隆起させるタイミングは妖怪が左右のどちらか、もしくは両方を通り過ぎようとした時なので一度に倒せる数は決まっており、縦横無尽に無双している霙に比べて妖怪討伐数は少なかった。
そんなリーマに比べ、南の霊脈担当の雅は少々厳しい戦いになっていた。
「はぁ!」
12枚の板状の翼を伸ばして次々に妖怪を薙ぎ倒していく。だが、妖怪が消滅した次の瞬間には別の妖怪がその隙間を埋める。その間も妖怪たちの進攻は止まらない。他の霊脈と比較しても妖怪たちに押されている。
「くっ……」
チラリと後ろを振り返り少しずつ近づく四神結界を見て奥歯を噛みしめる雅。だが、すぐに頭を振って翼を振るう。響に召喚された状態であれば炭素を操る力が向上し、殲滅力も増していただろう。
『……』
今は何とか妖怪に突破されずに済んでいる雅を朱雀は黙って見ていた。きっと姿が見えていればその表情は厳しいものだっただろう。妖怪に押される雅が不甲斐ないからではない。彼女が一度も朱雀の力を借りていないからだ。
『……ねえ』
「何!? 今、忙しいんだけど!」
『もしかして、炎が怖いの?』
「ッ……」
朱雀の言葉に雅は体を硬直させる。彼女は数年前までガドラに奴隷にように扱われており、体罰として毎日のようにガドラの炎で燃やされていた。雅にとって炎はトラウマであり、少し前まで炎に触れただけでしばらく能力が使えなくなってしまうほどだ。今は炎に触れても能力は使えるが、炎に対する恐怖心が完全になくなったわけではない。ましてや自分の意志で炎を操るなど出来そうにもなかった。だからこそ、下手に炎を使って自爆するよりいつもの戦闘スタイルで戦った方が確実だと判断し、このような状況に陥っている。
『……ああ、だからこうなってるのね』
雅と朱雀の相性はいい。本来であれば弥生と青竜以上――つまり、彼女たちの相性は50%を超えているはずだった。だが、実際は尾羽しか生えず、相性も10%程度。それは雅の炎に対するトラウマが原因だったのだ。
『……どうするの? 多分、数分も経てば突破されるけど』
「……しょうが、ないか」
覚悟を決めた雅は妖怪を倒しながら式神通信に意識を集中させる。本当なら自分の力だけで妖怪たちの進攻を喰い止めたかった。でも、できなかった。自分が情けないばかりに。だが、己のプライドを守るためにこのまま戦い続けて妖怪に突破されることだけは避ける。雅は知っているのだ。自分一人だけでできることなどほんの少ししかないことを。仲間という存在が近くにいることを。それをずっと彼女の主人である響にわかって欲しくて願い続けた。なのに――。
(――願った本人ができなきゃ説得力ないもんね)
やっと頼ってくれるようになったのにまた守られる側に戻るのは御免である。どんなに情けなくても、悔しくても、不甲斐なくても自分には無理だとわかった以上、雅は仲間を頼る。それが響に願ったことなのだから。
『これぐらいのことでそこまで思いつめなくてもいいと思うけど』
『雅さんは頑張り屋さんですから』
『私もそこまで余裕ないんだけど……まぁ、何とかしよっか』
『雅ー、がんばれー!』
「……ありがと」
リーマ、霙、弥生、奏楽の声に雅は笑みを浮かべた。そして、すぐに思考を切り替える。手短に今の状況を教えて貰ったが余裕があるのは霙とリーマだ。しかし、霙の担当は北の霊脈。雅が担当している南の霊脈と正反対の場所に位置している。ならば自然とリーマが雅の補助に入ることになるのだが、それに待ったをかけたのは弥生だった。
『申し訳ないけど私にも補助必要かも。霙、お願いできる?』
『そうですね……今のままだと遠すぎて補助に入るのは難しいかもしれません。なので、全体的に下がりましょう』
『下がる? ああ、そっか。合流させちゃうのか』
霙の提案にリーマが首を傾げるがすぐに納得する。現在、妖怪たちの進攻は雅たちのおかげで何とか食い止められている。だが、そのせいで雅たちもお互いの距離が離れており、連携が取れないのだ。そこで前線を下げて雅はリーマと、弥生は霙と連携が取れるようにすれば個々で戦うよりも突破される可能性は低くなる。それに加え、北と東、南と西の霊脈から溢れ出る妖怪を合流させ、一箇所に集めて一網打尽にする作戦だ。
『奏楽、今から下がるから悟にそう言ってくれる? 結界に近づくけど心配いらないって』
『うん、わかった!』
雅がそうお願いすると奏楽は頷いて式神通信を切った。奏楽自身は四神結界を保つために動けないので近くにいるファンクラブメンバーに悟を呼んで欲しいとお願いするためである。
『それじゃ……少しずつ下がるよ。特に雅と弥生は焦って突破されないように気を付けてね』
『わかってるって』
『了解』
リーマの言葉に苦笑しながら雅は不甲斐ない自分を責めることなく助けてくれる仲間達に心の底から感謝した。
午後2時50分。四神結界内からでも妖怪の姿が視認できるほどまで前線を下げた式神組は反撃を開始した。