東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第372話 戦いの始まり

 最初に動いたのは意外にもリョウだった。

「ほら、行くぞ」

「え? ちょっ――」

 影から顔を出していた静とドグの頭を押しこみながらリョウがすみれに影を伸ばし、一瞬にして沈めてしまったのだ。あまりの早業に私たちは目を見開いてしまう。そして、そのままリョウの影がするすると移動して屋上の扉の下から校舎の中へ入って行った。早くすみれを偵察班に届けて見回り班の仕事に専念したのだろう。

「……よ、よし。俺たちも移動しよう」

 いち早く我に返った悟は抱っこしていた奏楽を右肩に座らせるように抱え直す。その後、影に飲み込まれた姉を見て顔を青ざめさせているユリも同じように左肩に座らせた。幼女は言え、女の子2人を抱えながら移動できるのだろうか。

「種子に乗せた方がいいんじゃないか?」

 私と同じことを思ったのか柊が悟に提案した。今の種子は奏楽やユリと同年代に見えるが大きな狼に変化することができる。悟が2人を抱えて走るよりそっちの方が早いし安全だろう。

「いや、種子ちゃんが変化するのはできるだけ控えて欲しい。ここがゲームの世界って言っても狼になった種子ちゃんを見てパニックになるかもしれないから」

「でも、その状態で襲われたらどうするの?」

「そのために柊と風花ちゃんがいるだろ」

「あの、私も戦えますよ?」

 悟の答えに種子が苦笑を浮かべて補足する。悟の言い分も理解できるがそのせいで危険な目に遭ったらどうするのだろう。グラウンドに辿り着くまで私も一緒に行きたいが一刻も早く南の霊脈に向かわなければならない。

「……あ、そうだ。ねぇ、奏楽ちゃん」

「んー? 何ー?」

 その時、望が楽しそうに悟の右肩に座っている奏楽へ近づく。何か思いついたのだろうか。

「今から奏楽ちゃんとユリちゃんを悟さんがグラウンドまで運ぶの。奏楽ちゃん、応援してあげて」

「おうえん?」

「そう、頑張れーって」

 望の言葉を聞いた奏楽ちゃんはキョトンとしながら悟の顔を覗き込んだ。顔がくっ付いてしまいそうなほど近づかれた悟は咄嗟に顔を引いて距離を取った。

「悟、おうえんされたい?」

「……そうだな、応援してくれた方がやる気出るかな」

「そっか、ならおうえんするね! 悟、がんばって!」

 笑顔を浮かべた奏楽が叫んだ瞬間、悟の体から霊力が溢れ出した。そうか、奏楽の能力――『魂を繋ぐ程度の能力』を応用した強化。望はこれを狙っていたのだ。

「おぉ……これすごいな」

 悟自身、体の変化に気付いたのか感嘆の声を漏らした。数年前の宴会で一度だけ奏楽の強化を受けたことがある。軽めの強化だと言っていたがその効果は本当に軽めなのかと疑ってしまうほどのものだった。そんな奏楽の強化を悟は独り占めしているのだ。効果もあの時よりもあるはず。

「これなら敵に襲われても逃げ切れそうだ。奏楽ちゃん、ユリちゃん、しっかり掴まっててね」

「うん!」

「は、はい」

 幼女2人が頷いたのを見て悟は意気揚々と屋上を出て行った。柊と種子、風花もその後に続く。屋上に残っているのは霊脈解体班と私たち霊脈偵察班だけだ。

『皆さん、霊脈に向かう前にいくつかお話ししておきたいことがあるのですが』

 不意に麒麟の声が脳に響いた。私だけではなく、ここにいる式神組にも聞こえているようだ。奏楽を通して話しかけて来ているのだろう。

『まず、先ほども言ったように四神の力にはきちんとした形はありません。皆さんのイメージが重要になります。各々の四神と打ち合わせして力を使ってください』

『因みに私は基本的に炎しか使えないから』

 麒麟の説明に補足するように朱雀が言った。私の炭素と一緒に使えば大爆発を起こすことができるだろう。

『後は四神の力も無限ではありません。使い過ぎれば倦怠感を覚えることでしょう。最悪、気絶してしまいます。四神の力ばかり使うのではなく、ご自身の力も使ってください。また、皆さんと四神との相性の良さは体に現れた変化の度合いでわかりますのでそちらを参考にしてください。それでは検討を祈ります』

 そこで麒麟からの通信が途切れた。それにしても四神との相性か。朱雀が言うには私たちの相性は抜群らしいけれど――。

(――もし、麒麟の話が本当なら尾羽しか生えないっておかしいよね?)

 体の半分が龍の鱗に覆われ、左翼が生える弥生。虎耳、尻尾、肉球ハンドのリーマ。そして何より体全体が甲羅に覆われた霙。

「この中で四神との相性が悪いのは私と奏楽か」

『あー……麒麟たちは別格』

「別格?」

『麒麟たちの相性はほぼ100%よ。でも、100%ってことは奏楽の体が麒麟になっちゃうからああやって角だけ生やしてるってわけ』

「つまり……」

 私たちの相性が一番悪い、と。少しだけショックだった。とにかく今は霊脈の偵察をきちんとこなさなければ。響がいない今、私たちで何とかしないと。

「――じゃあちょっとやってみますね」

 改めて決意しているとまだ転がっていた霙が声を漏らした。私と同じように四神の玄武と会話していたのだろう。弥生とリーマもそれぞれの四神と話し合っていたようでいきなり声を出した霙に視線を向ける。そんな私たちの視線に気付くことなく霙は顔、手足、尻尾を甲羅の中に収納した。

「……は?」

 完全に甲羅の中に入ってしまった霙を見て思わず目を見開いてしまう。そのまま霙は前後に揺れ始めた。きっと今の光景を奏楽が見れば声を出して笑うに違いない。

「皆さん、離れてください!」

 呆然としていると霙から注意が飛んで来た。慌てて私たちは霙から距離を取る。何が起こるのだろうか。

「1、2の……3!」

 尻尾の穴が下を向いた瞬間、その穴から凄まじい量の水が噴出した。そして、その水圧でペットボトルロケットのように空へ飛び立つ霙。それから飛び方を確かめるように何度か上空を旋回した後、霙は校門の方へ飛んで行ってしまった。

「……あれは何?」

『玄武の属性は水だから……まぁ、麒麟たちの次に相性がいいからあんなことできるでしょうけど』

 朱雀が呆れたように呟いたその時、望の携帯が音を立てて着信を知らせる。何か変化でもあったのだろうか。

「はい、もしもし……っ! 皆、四方の霊脈に変化が!」

 電話に出た望は慌てた様子で叫んだ。偵察班からの連絡だったのだろう。そう言えば、悟とすみれは電話番号を交換せずに別れてしまった。いや、今はそれよりも霊脈の方が優先だ。

「私たちも行こう」

 背中に12枚の炭素の板を出現させ、弥生とリーマに声をかけた。霊脈に変化が現れたとしたらいつ敵が出て来てもおかしくない。急いで向かわなければ。

「リーマ!」

 私たちが霊脈に向かおうと空を飛んだ時、霊奈がお札の束をリーマに向かって投げる。見たところ博麗のお札ではないようだが。

「おっと」

 リーマはお札の束を肉球ハンドで挟むように受け取った。あの手では物を掴むことはできないのだろう。

「それを悟君に! 霊力を流せば簡易的な結界張れるから!」

「う、うん。わかった、渡しておくね」

 私は南、弥生は東に行くのでグラウンドを通らない。そのため、グラウンドを挟んだ向こうに建っている旧校舎へ向かうリーマにお札を渡したらしい。悟の傍に奏楽がいるのですれ違うこともないはずだ。霊力も奏楽に頼めばどうにかなるだろう。

「雅ちゃん、弥生ちゃん、リーマちゃん。気を付けて」

「そっちも無理しないでね」

 心配そうにこちらを見上げている望に笑ってみせた私は弥生とリーマと共に霊脈に向かって移動し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 午後2時半。一番遠い霊脈に向かっていたリーマが霊脈に辿り着くとほぼ同時に夥しいほどの妖怪が霊脈から出現する。そして――終わりの見えない戦いが始まった。

 


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