東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第371話 疑心暗鬼

 吸血鬼の力をキョウに譲渡できなくなってしまった事実にショックを受け、しばらく呆然としているといつの間にかキョウたちは時間跳躍していた。更にお店の物を桔梗が勝手に食べてしまい、弁償するまで『香霖堂』というお店で働くことになったらしい。弁償することになって落ち込んでいたキョウたちには悪いが吸血鬼の力を譲渡できない今、比較的平和そうな時間軸でホッとした。

「桔梗の力が見たい?」

「そう、確か桔梗は素材となる物を食べると新しい武器や能力を得られるんだよね?」

 桔梗が散らかしたお店の中を掃除していたキョウに香霖堂の店主である『森近 霖之助』が最初の仕事として指定したのが『桔梗の性能確認』だった。

「はい、そうです。携帯電話を食べたら『振動を操る程度の能力』。猫車を食べたらバイクに変形出来るようになりました」

「バイク?」

「バイクと言うのは自転車にエンジンを取り付けたような乗り物です。実際に見て貰った方が早いと思いますので外に出ましょうか」

 そう言ってキョウたちはお店の片づけを中断して外に出る。本当に幻想郷なのかと疑ってしまうほど静かな場所だった。ある程度お店から離れたところで店主に待つように言ったキョウは桔梗【翼】を装備する。

「あれ?」

「どうしたの、桔梗」

「翼が直ってるんです」

「あれ、本当だ」

 桔梗の言葉を聞いて翼を見たキョウは目を丸くして驚いた。この時間軸に来る前は折れていたはずだ。それなのに今は直っている。何かあったのだろうか。

「そう言えば、さっき桔梗は何を食べたの?」

「えっと……刀2本、拳銃2丁、あと変な石。鉄くずもいくつか食べましたね」

「その鉄くずで修復したんじゃない?」

 確かに桔梗は怪鳥の嘴を食べることによって頑丈になった。それと同じように鉄くずで折れた翼を修復したのだろう。桔梗も納得したようですぐに頷いている。それにしても鉄くずの他に刀と拳銃を食べてしまったらしい。新しい変形は今まで以上に物騒なものになりそうだ。それこそ簡単に人を殺せてしまいそうなほど。今は仕方ないとしてキョウにはあまり危険なことはして欲しくないので少々不安である。ましてや人殺しなどしてみろ。下手すればキョウの精神が崩壊してしまう。

 そんな私の不安に気付くわけもなく、桔梗は確認のために桔梗【拳】や桔梗【盾】など全ての武器に変形した。結果的に新しい機能は増えていなかったのが。

「いやぁ、バイクってすごいね。あんなに速く走れるんだ」

「外の世界にはもっと早い乗り物もありますよ。その分、大きくなりますが。次ですが、僕も初めて試す変形なのであまり期待しないでくださいね」

 満足げに桔梗【バイク】から降りた店主はキョウの言葉を聞いて再び離れた。桔梗が食べた『刀』、『拳銃』の変形を試すのだろう。

「まずは刀から行こうか。出来そう?」

「ちょっと待ってくださいね……あ、駄目みたいです」

「駄目?」

「はい、他の変形の素材になってるみたいなんですよ。何かきっかけがあれば変形出来そうなんですが、現段階では無理そうです」

 基本的に桔梗が素材を食べる時は我を失っている。そのせいで素材を食べてもすぐに変形できないのだろう。今回は新しく増えた機能の確認だけになりそうだ。

(……あれ?)

 

 

 

 では、何故先ほどその新しい機能は発現しなかったのだろうか。

 

 

 

「そう……じゃあ、その素材になった変形って何?」

 思考の海にダイブしようとするがその前にキョウが桔梗に質問した。先ほどの疑問も気になるが今は新しい機能に集中しよう。吸血鬼の力が使えないのでキョウの身の安全は桔梗の変形にかかっているのだ。

「刀は【翼】。拳銃は【拳】に使用されてるようですね」

「まずは【翼】から確認しよっか」

「はい、わかりました」

 そう言って桔梗は翼に変形した。パッと見変化はないが前より鋭くなったような気がする。桔梗も同じことを思ったのかキョウに翼が鋭くなったと報告した。

「鋭く、か……よし」

 それを聞いた彼はお店の近くに立っていた木まで低空飛行で移動し、それに向かって左翼を一閃。すると、木はいとも簡単に切断され、大きな音を立てながら倒れた。とんでもない切れ味だ。

「翼が刃のようになったんだね。これなら【翼】を装備してる時、鎌以外の攻撃が出来るかも」

「そうですね。やはり、【翼】は移動手段ですので手数が減ってしまいますから……」

「次は【拳】で」

「わかりました」

 キョウの指示で桔梗【拳】に変形した桔梗。右手に装備された巨大な鋼の拳は以前よりもごつごつした造形に変化していた。更に指先には見覚えのない小さなハッチ。確か【拳】に使われている素材は拳銃だと言っていた。つまり――。

「もしかしてこの穴から銃弾をばら撒くのかな?」

「だと思います。やってみましょうか」

 私と同じ結論に至った2人は先ほど倒した木に指先を向ける。その瞬間、指先に付いていた小さなハッチが開き、火を吹いた。銃声が静かな草原に響き渡る。

「うわ……」

「これは、すごいですね」

 銃声が止んだ頃には木はボロボロになっていた。

『翼による一閃と射撃、ね』

 新しい機能を見て私は思わず笑みを零す。桔梗【翼】を装備している間、キョウの武器は鎌だけになってしまう。翼を直接相手に刺して振動するという方法もあるが現実的ではない。いくら桔梗【翼】で機動力を得たとしても攻撃方法が鎌1本では心もとない。しかし、大きな木ですら簡単に斬ってしまうほど鋭くなった翼なら機動力を活かして接近し、すれ違いざまに相手を両断、なんてことも可能だ。

 桔梗【拳】の場合、今までは直接相手を殴るという攻撃方法しかなかった。たとえば桔梗【拳】を装備している時に遠距離攻撃を主体とする敵と遭遇したとしよう。直接攻撃しかできない桔梗【拳】では一方的に攻撃されてしまう。きっとキョウは桔梗を別の武器に変形させるはずだ。だが、桔梗を変形させる時、一瞬だけキョウが無防備になってしまう。その隙を突かれてしまうかもしれない。しかし、桔梗【拳】に射撃機能があれば射撃で牽制し、敵が隙を見せたところで変形することができる。

 新しい機能は桔梗【翼】と桔梗【拳】の弱点を上手くカバーしていた。

『……』

 別に不満はない。むしろ、弱点をカバーできるのは嬉しい。それだけキョウが傷つく可能性は下がるのだから。しかし、この蟠りは何なのだろう。何か引っかかる。

「キョウ君、桔梗。大丈夫かい?」

 ボロボロになった木を呆然と眺めていたキョウたちに店主が話しかけた。私はもちろん、キョウたちも新しい機能の力を前にして驚いていたらしい。

「あ、はい……大丈夫です。依頼はこんな感じでよかったでしょうか?」

「うん、十分だよ……ただまさか木を倒しちゃうとはね」

 店主はそう言いながら地面に倒れているボロボロになった木を眺める。その表情には何も浮かんでいない。思い入れのある木ではなかったようだ。

「あ……すみません。勝手に倒しちゃって」

 だが、キョウの言うように思い入れがないからと言って勝手に倒してしまっていいものではない。桔梗も人形の姿に戻り、頭を下げた。

「別に構わないよ。じゃあ、そろそろ戻ろうか。早く片づけを終わらせないとね」

 店主の言葉にキョウと桔梗はホッと安堵のため息を吐いた。また弁償とか言われたら堪らないからである。

「よかったぁ……怒れるかと思った」

「ですね。まさかあそこまで強力になってるとは思いませんでした」

 お店に向かって歩く店主の背中を眺めながら呟くキョウに同意する桔梗。私自身、翼であの大きな木を斬れるとは思わなかった。

「でも、これで戦いの幅が広がったね」

「はい、特に翼が鋭くなったのは嬉しいです。幻想郷は空を飛べる人が多いので自然と空中戦になりますので」

「そう考えると丁度よかったね。森近さんに時間作って貰って新しい機能の練習しよっか」

 確かに比較的平和そうなこの時間軸なら練習する時間はあるはずだ。店主もキョウたちをずっと働かせるわけでもないだろうし。新しい機能が増えたのはタイミングが――。

『……タイミングが、よかった?』

 そうだ、それだ。あまりにも出来過ぎてはいないか? 比較的平和な時間軸に来たのも、新しい機能が増えたのも、ここが練習できる環境であることも。

『……』

 気のせいかもしれない。考えすぎかもしれない。疑い過ぎかもしれない。でも、私は思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 この時間旅行は誰かに仕組まれたものではないのか、と。

 


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