東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第369話 作戦始動

「……」

「あ、雅ちゃんおかえりなさい」

 搭屋の影でスカートを直し終えた雅ちゃんが若干顔を紅くしたまま戻って来る。ちらりと見るときちんとオレンジ色の尾羽はスカートの裾の上から出ていた。一度スカートを脱いで穿き直したのだろう。

「雅ちゃんも戻って来たことだし話を戻そう。弥生ちゃんはすでに譲渡されてるからいいとして問題は霙ちゃんとリーマちゃんか……」

 ため息交じりに言う悟さんだったが気持ちはわかる。雅ちゃんの尾羽を見て何となく碌なことにならないような気がしているからだ。霙ちゃんもリーマちゃんも顔を引き攣らせて手の中にある珠を見ている。

「……では、次は私が行きます」

 深呼吸した後、覚悟を決めたのか霙ちゃんが緑色の珠を握りしめた。すると、霙ちゃんの体が光り輝いて――。

 

 

 

「……な、なんですかこれえええええええ!」

 

 

 

 ――見事な甲羅が霙ちゃんの体を覆っていた。どうやら緑色の珠には玄武が宿っているらしい。

「素敵な……ぶふっ! こ、甲羅ですねっ」

「リーマさんだって他人事じゃないんですよぉ!」

 肩を震わせて笑いを堪えているリーマちゃんに涙目になった叫ぶ霙ちゃんだったが他の人も必死に吹き出さないように我慢している。私も例外ではない。

「みぞれ! 空見て!」

「うぅ、いきなりどうしたんですか奏楽さん……」

「いいから見て!」

「はぁ……上ですね。でも、上には黒いドームしか――ああああ!?」

 泣きそうになっていた霙ちゃんだったが奏楽ちゃんの指示通り上を見上げ、そのままひっくり返った。上を見上げた時、重心が後ろに移動して転んでしまったのだろう。

「誰か助けてください! 起き上がれないんです! 誰かあああああ!」

「わーい、引っくり返ったー!」

 じたばたと暴れる霙ちゃんの上に奏楽ちゃんが嬉しそうに飛び乗った。そして、そのまま霙ちゃんのお腹の上でバランスを取って遊んでいる。霙ちゃんは泣いているけれど。

「何やってるんだか……ほら、リーマもいい加減笑うの止めなさい」

「だ、だって……あれは反則。ぶっ……あはは!」

 呆れたような表情を浮かべた雅ちゃんがリーマちゃんを落ち着かせようとするがツボに入ったのかなかなか笑いが止まらない。

「もうそんなに笑って……自分も変な格好になっても知らないよ?」

「でも、この中にいるのって白虎でしょ? どうせ虎耳とか尻尾生えるぐらいじゃない? それぐらいなら大丈夫よ」

 私もリーマちゃんを嗜めようとするが本人は聞く耳を持たず手をひらひらさせる。確かにパンツを見せたり、甲羅を背負うことになるより耳と尻尾が生える方がマシかもしれない。でも、リーマちゃんそれは完全にフラグです。

『すみません、時間もないのでそろそろ……』

「はいはい、了解。白虎、行くよ」

『……勝手にしろ』

 リーマちゃんの言葉に素っ気なく答える白虎。それが気に喰わなかったのかムッとするリーマちゃんだったが気を取り直して珠に力を注いだ。すると、リーマちゃんの頭に白い虎耳が、お尻から白黒の尻尾が生える。

「あ、やっぱり耳と尻尾が生え、て……って何なのこれ!?」

 最初は安堵のため息を吐いた彼女だったが自分の両手が肉球付きの手袋みたいになっていることに気付いて叫んだ。やっぱり一筋縄ではいかなかったらしい。

「ちょっとなにこれ!? めっちゃ動かしにくいんだけど!?」

『知らん』

「あんたのせいでしょうがああああ!」

 肉球ハンドをブンブン振ってリーマちゃんは喚くが見た目は完全にコスプレ少女なので迫力など皆無である。

「……私が一番マシだったかも」

 いまだ起き上がれない霙ちゃんとどうにかして肉球ハンドを外そうとしているリーマちゃんを見て呟く雅ちゃんだった。

「まぁ……色々あったがこれで式神組の準備もできたな」

 奏楽ちゃんに遊ばれている霙ちゃんから目を逸らしながら悟さんが話を切り替えた。それを聞いた弥生ちゃんもすぐに青竜さんと合体した姿になる。相変わらず格好いい。他の4人とは大違いだ。

「それじゃ、改めて配置を確認する。まず、ここで霊脈を解体する班、霊奈、築嶋ちゃん、椿ちゃん、師匠の4人」

 私のグループだ。霊奈さんが霊脈を解体している間、望ちゃんと椿ちゃんがその護衛。私は見渡しのいい屋上にいれば能力が発動する可能性が高いのでここに残る。

「グラウンド班、柊、種子ちゃん、風花ちゃん、奏楽ちゃん、ユリちゃん、俺の6人」

 次にお客さんたちが集まるグラウンド。麒麟の力を借りている奏楽ちゃんはともかくユリちゃんは完全に保護対象だ。他のお客さんが集まっているグラウンドに連れて行くべきだろう。柊君たちは空も飛べるし一緒に暮らしているので連携も取れる。グラウンドの護衛にピッタリだと思う。

「偵察班、後輩君、月菜ちゃん、雌花ちゃん、雄花君、すみれちゃん」

 ここにはすみれちゃんしかいないがリク君の『投影』を利用した偵察隊である。ただ『投影』している間はリク君が無防備になってしまうため、主戦力に月菜ちゃん、もしもの時に脱出できるよう雌花ちゃんと雄花君。そして、ブレインとしてすみれちゃんが加わる予定だ。

「見回り班、リョウ、ドグ、静さん。あ、そうだ。見回る前にすみれちゃんを偵察班のいる教室まで送って欲しい」

「ああ、わかった」

 次にお父さんたちの見回り班。校舎内に取り残されてしまった人がいないか、また高車内に侵入して来た敵を排除するのが目的だ。最初はすみれちゃんを送り届ける仕事があるみたいだけど。

「最後に霊脈偵察班、雅ちゃん、霙ちゃん、リーマちゃん、弥生ちゃん。えっと、四神の方角に合わせた方がいいよな?」

『そうですね。そちらの方が戦いやすいと思います』

「それじゃ……南は雅ちゃん、北は霙ちゃん、西はリーマちゃん、東は弥生ちゃんか」

 この学校は東から南にかけてL型の校舎が建っており、北に校門、西に旧校舎がある。この屋上は東側の校舎なのでここから一番近いのは東の霊脈だ。なお、グラウンドは敷地の中央に位置している。グラウンドに向かう奏楽ちゃんは中央を司る麒麟を宿しているので丁度いい。

「配置に関してはこれぐらいだけど何か質問はあるか?」

 悟さんの問いかけに皆は何も答えなかった。おそらくこれが一番理に適った配置だと思うから。

「よし、次にそれぞれの目的だ。霊脈解体班はゆっくりでいいから慎重に解体してくれ」

「うん、任せて」

 悟さんの言葉に霊奈さんは頷いた。私も時々能力を使って少しでも情報を集めよう。

「グラウンド班はとにかく守ること。状況次第で他の場所の助っ人に出すかもしれないから用意だけはしておいて」

 グラウンド班はお客さんたちの守りが仕事なので敵が現れなければ柊君たちはやることがないのだ。そのため、状況により臨機応変に対応することができる。

「偵察班は引き続き頼む。何かあったら俺に連絡……って、すみれちゃんの携帯番号知ってたっけ?」

「あ、じゃあ後でシャチョさんに送るね。りっくんたちにも今の状況を説明しないと」

「いや、あいつの『投影』がそこにいるから伝わってるぞ」

 偵察班はすでに動いているので動きに変化はない。ただリク君たちに今の状況を伝えていないのですぐにでも伝え直さなければならないが柊君の言葉通り、搭屋の上に『投影』によって生み出されたリク君がいたので大丈夫そうだ。なお、すみれちゃんの言った『りっくん』はリク君のことである。

「見回り班は自分たちで判断して暴れるなり守るなりして」

「随分適当だな」

「だって、リョウたちの実力知らないから」

 そう言えばお父さんたちが戦っているところを見たことがない。この中でも雅ちゃん、霙ちゃん、弥生ちゃんしか見たことなかったはずだ。そのため詳しい指示が出来ないのだろう。

「霊脈偵察班はとにかく自分の命を優先。あと奏楽ちゃんに随時状況を教えてくれ。奏楽ちゃんは俺に皆の状況を教えてね」

「はーい! わわっ」

 霙ちゃんの上でバランスを取って遊んでいた奏楽ちゃんが手を挙げて返事をするがその拍子に後ろへ倒れてしまう。だが、地面に激突する直前でふわりと浮かんだ。

『気を付けてくださいね』

「うん、ありがと」

 どうやら奏楽ちゃんを助けてくれたのは麒麟らしい。姿は見えないがはしゃぐ娘を嗜める母親のような声音だった。そのままふわふわと奏楽ちゃんは悟さんの元へ移動する。

「奏楽ちゃんはもう少し落ち着いてくれ」

「はーい……」

 悟さんが奏楽ちゃんをキャッチして怒るとシュンとしてしまう奏楽ちゃん。その姿に皆が口元を緩ませる。

「作戦は以上! 皆、自分の出来る範囲でいい。霊脈を解体するまで頑張ってくれ!」

 最後に悟さんがそう締めくくり私たちの作戦は始まった。


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