ですが、おかげで無事に修羅場を乗り越えることができましたので今週からいつも通り、週1更新しますのでご安心ください。
これからも東方楽曲伝をよろしくお願いします。
「それにしても」
僕の隣でネギを刻んでいたななさんが不意に声を漏らした。何だろうと僕は手元から視線を彼女に移す。
「どうしたんですか?」
「キョウ君はお料理上手だなと思いまして」
「そう?」
首を傾げながら視線を手元に戻す。そこには途中まで桂剥きされた大根がある。まぁ、確かに5歳児に桂剥きはできないとは思う。
「あ、そうです。キョウ君、お願いがあるのですがいいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
「実は午後、霊奈さんから修行に付き合って欲しいと頼まれまして……お掃除の方、任せてもいいでしょうか?」
平日の午後は家事をしているななさんの傍で奥義の修行をしているが今日は日曜日。僕の修行はお休みだ。午後から僕の修行を監視しなくていいので頼んだのだろう。ななさんは治療もできるし、霊力を感じ取ることができるので的確なアドバイスをくれるのだ。
「大丈夫ですよ。桔梗がいれば高いところにも手が届きますし」
「任せてください!」
両手でお玉を持って火にかけている味噌汁をかき混ぜていた桔梗が元気よく頷いてくれた。最近、ななさんの傍にいることが多かったので修行の方に付いて行くと言われたらどうしようかと思ったが手伝ってくれそうでよかった。
「大根終わりましたのでここ置いておきます。桔梗、交代」
「はい、マスター」
桔梗からお玉を受け取り、小皿に味噌汁を少々注いで味見をした。うん、大丈夫そう。
「味噌汁完成しました」
「ありがとうございます。後はやっておくので霊夢さんと霊奈さんを呼んで来てください」
「わかりました。桔梗、霊奈お願いね」
霊奈は神社から離れたところで修行しているので常に浮遊している桔梗が呼びに行った方が早いのだ。
「了解です。行って来ますね」
身に付けていた桔梗専用エプロンを僕に渡した桔梗はそのまま台所を去って行った。さて、僕も呼びに行こう。確か霊夢は縁側でのんびりすると言っていた。彼女のことだ、湯呑を持ったまま居眠りしているに違いない。ななさんに声をかけた後、僕は縁側へと向かった。
(あ、やっぱり……)
縁側に来た僕がまず目にしたのはかくかくと頭を揺らしている彼女の後姿だった。今日は暖かくてお昼寝日和だ。平日の午前中は僕の修行相手をしてくれているのでああやってゆっくり休むのは久しぶりなのだろう。
「霊夢、起きて」
隣に座って持っていた湯呑を回収した後、彼女の肩を揺らす。
「すぅ……すぅ……」
しかし、霊夢は気持ちよさそうな寝息を立てるばかりで目を覚ます気配はなかった。疲れでも溜まっていたのだろうか。もし、そうだったら申し訳ない。僕の修行に付き合わせてしまっているから。でも、前科があるので遠慮しようにも逆に睨まれてしまいそうだ。
「霊夢、霊夢ってば」
「……んぅ、キョ、ウ――」
その時、不意に霊夢が僕の名前を呼んだ。寝言だろうか。そんな彼女に思わず、苦笑を浮かべてしまう。ななさんには申し訳ないがギリギリまで寝かせておこう。
「――ちゃん」
そう思っていたが彼女の寝言には続きがあったようで僕のことを『キョウちゃん』と呼んだ。
――***ちゃん!
「ッ……」
今のは、何だったのだろうか。何かを思い出しかけたような気がする。だが、その正体はわからなかった。
「……んぁ?」
しばらくその正体について考えているとやっと霊夢が目を覚ます。目を擦り、手に湯呑がないことに気付いたのかすぐにこちらに視線を向けた。
「おはよう、霊夢」
「……おはよ」
おはようの挨拶をすると眠っているところを見られたのが恥ずかしかったのか彼女は視線を逸らした。さっきの現象も気になるが思い出せないものは仕方ない。今は置いておこう。
「お昼ご飯できるよ」
「ええ、わかったわ。後で行くからななさんの手伝いして来なさい」
頷いた霊夢は立ち上がった後、手をひらひらさせて台所とは反対の方へ歩いて行く。どこへ行くか気になったが藪蛇になりそうだったので聞かずに台所へ戻った。
「よいしょっと」
桔梗【翼】を装備したまま、棚の上にある荷物を床に置く。ななさんには簡単に掃除してくれればいいと言われたがやるからには満足のいくまでやりたい。だが、神社を一日で掃除するのは無理があるのでまずは皆が過ごす居間を掃除することにしたのだ。因みに他の場所はすでに終わらせてある。
「桔梗、この棚の上、雑巾で拭いて来てくれる?」
僕が桔梗【翼】を装備したまま、棚の上を拭ければよかったのだが、棚の上まで浮遊すると【翼】が天井にぶつかってしまうのだ。
「はい、任せてください!」
笑顔で頷いた桔梗は雑巾を水の入ったバケツに入れ、絞り始める。だが、雑巾が大きいせいか上手く絞れていない。その姿を見て微笑ましく思いながら彼女から雑巾を受け取り、絞ってあげた。
「では、行って来ます」
「お願いね」
雑巾を持った桔梗を見送った僕は降ろした荷物を軽く拭いた後、棚の周辺に落ちた埃を箒で集め、ちりとりに回収する。後は棚全体を雑巾で拭けば――。
「マスター!」
「へ――ぶっ!」
突然、桔梗に呼ばれ上を見上げた瞬間、湿った何かが僕の顔面に直撃する。気持ち悪い感触と嗅げば思わず顔を顰めてしまいそうになる特有の匂い。
「わわっ! 大丈夫ですか!?」
慌てた様子で僕の顔面に乗った何かを取り除く桔梗。幸い、目に汁は入らなかったのですぐに開けることができたが、涙目になって雑巾を持っている彼女を見てため息を吐いてしまう。
「すみません! 本当にすみません!」
「もう……どうしたの? こんなミスするなんて珍しいね」
「えっと、一瞬だけ体の調子が変になってその拍子に……」
「体の調子? ちょっと来て」
近寄って来た桔梗から雑巾を奪うように受け取りバケツへ放り投げた後、桔梗の体に魔力を流す。桔梗の体に何か不具合が生じていた場合、魔力の流れ方がいつもと違う。それを利用して調べているのだが、流れ方はいつもと同じだ。
「うーん、別にどこも悪くないみたいだけど」
「何だったんでしょうか?」
「原因はわからないけど心配だから休んでて。棚の上拭いてくれてありがとう」
「で、でも」
「ほら、テーブルにでも座っててよ。後は一人でもできるから」
この棚さえ終われば後はもう一度掃き掃除をするだけである。まだ何か言いたそうにしている桔梗の頭を撫でた後、バケツに入っている雑巾を持ち上げて絞った。
「あ、綺麗なタオル持って来ます!」
それを見ていた桔梗はすぐに居間を出て行った。そう言えばまだ顔を拭いていなかった。彼女が戻って来たら拭かせて貰おう。それまでちょっと気持ち悪いけれど。
「ん?」
適当に鼻歌を歌いながら棚を拭いていると引き出しの1つが少しだけ開いていることに気付く。しかも、その隙間の奥で何かが点滅している。何か機械類でも入っているのだろうか。そう思いながら何となくその引き出しを引っ張り、中を覗き込んだ。
(携帯?)
引き出しの中で点滅していたのは少しばかり古ぼけた二つ折りの携帯電話だった。これは霊夢たちの師匠の物だろうか。
「マスター、タオルお持ちしましたー」
携帯を観察していると洗濯したばかりのタオルを抱えた桔梗が戻って来た。そして、すぐに僕の手の中にある携帯を見て首を傾げる。
「携帯? どうしたんですか、それ」
「引き出しの中に入ってたんだ。なんか点滅してたから」
おそらく着信かメールが来たのだろう。人の携帯を勝手に見るのはいけないことなので後で霊夢たちに渡しておこう。きっと彼女たちならどうすればいいかわかるはずだし。
「じゃあ、続きを――ッ」
掃除の続きをしようと引き出しの中に携帯を仕舞おうとした刹那、外で凄まじい爆音が轟いた。そのあまりの音に僕と桔梗は咄嗟に耳を塞いでしまう。
「な、何でしょう!?」
「外だ! 行ってみよう!」
目を白黒させて驚いている桔梗と僕は慌てて神社の外に出た。そして、境内を見た僕たちは息を呑んでしまう。
「これ、は……」
午前中まで綺麗だった境内には大きな穴が開いていた。まるで、小規模な爆発があったような穴。桔梗も唖然とした様子でそれを眺めている。
「みーつけた」
「「ッ!!」」
頭上から男の声が聞こえ、僕たちはそちらを振り返った。
「ったく、自力で時空移動なんかできるせいで“探すのに時間がかかっちまった”」
「あなたは……」
神社の屋根に腰掛け、ため息を吐いていたのは紺色のジャージを着た中年一歩手前に見える男だった。そんな彼は僕のことを面倒臭そうに眺め、いきなり口元を歪ませた。
「でも、無事に見つけられたぜ。“音無 響”」
「……あの、人違いじゃないですか?」
僕の苗字は『時任』である。『おとなし』ではない。だが、男はキョトンとした後、すぐに納得したように頷いた。
「ああ、そうだった。お前はまだ音無じゃなかったな。まぁ、苗字なんかどうだっていい。お前を殺すことには変わりないんだからな」
そう言った彼は懐から1丁の拳銃を取り出して僕に向け、ニヤリと笑った。