東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第361話 彼女の気持ち

 迫るお札は3枚。すかさず桔梗【盾】で防ぎ、急いで後ろに跳んだ。すると、盾を迂回するように真上から飛んで来たお札が地面を抉り、砂煙が舞った。

(視界をっ……)

 砂煙のせいで彼女の姿が見えなくなってしまう。桔梗【翼】を装備してその場に浮いた。その直後、砂煙を吹き飛ばしながら2枚のお札が飛んで来る。こちらもお札を投げて応戦した。お札同士が激突し、小さな余波が僕を襲う。

「ッ――」

 余波に煽られながら咄嗟にしゃがんだ。それとほぼ同時に僕の頭上を彼女の足が通り過ぎた。そのまま地面を転がり彼女から距離を取った。

「へぇ……あれを躱せるとは思わなかった」

 そう言って微笑む霊夢。それに対して僕は何も言わずに桔梗【拳】を装着する。少しでも油断すれば隙を突かれてしまう。

「……うん、警戒するのはいいけど。目の前の敵ばっかり見てたら駄目よ?」

「え?」

 霊夢の言葉の意味を理解する前に背後で小さな爆発が起こり、その爆発に巻き込まれた僕は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ジッとしていてください」

「はーい……いつっ」

 縁側で僕はななさんの治療を受けていた。修行なのでかすり傷程度の傷しかないが動くと少しだけ痛みが走るのでななさんの治療は修行後の恒例行事になっていた。

「あ、ここ少し切っちゃっていますね。もう霊夢さんったら……」

 傷を一つ一つ丁寧に治していたななさんは苦笑しながら腕の切り傷に手をかざすと治癒術を発動する。彼女の手が仄かに輝くとすぐに切り傷が治ってしまった。

「本当にそれ便利ですよね」

「ええ、まだどのようにやっているのかわかっていませんけど……」

 奥義のせいでズタズタになってしまった僕の右手を治して以来、彼女は治癒術が使えるようになっていた。ななさん自身も何故使えるかわかっていないようで不思議そうに首を傾げながら使っているのだ。

「これでよし……はい、もう大丈夫ですよ」

「ななさんありがとう」

「いえいえ。では、戻りますね」

「あ、私もお供します」

 僕の治療を終えたななさんは縁側に置いてあった洗濯籠を持って外に行ってしまった。治療中、僕の隣で大人しくしていた桔梗も彼女の後を追う。本当に桔梗はななさんによく懐いている。

「治療終わったの?」

 腕をグルグル回して体の調子を確かめていると霊夢に声をかけられた。因みに彼女は怪我一つしていない。思わず、ため息を吐いてしまう。

「人の顔見てため息吐くのやめてくれないかしら……」

「あ、ごめん」

「全く……その様子だと治療は終わってるみたいね」

「うん、大丈夫だよ」

 ななさんが来てからもう1か月が過ぎようとしている。まだ彼女の記憶は戻っていないが彼女はそれを気にしていないのか楽しそうに日々を過ごしていた。結局、桔梗が欲しがった『魂』の謎もわかっていなければ僕の奥義も完成の目途は立っていない。まぁ、焦ってもしょうがないとわかったので焦らず修行している。

「じゃあ、今日の反省会をしましょう。お茶の準備をして来るから居間で待っててちょうだい」

 そして、ななさんが来て一番変わったのは霊夢が僕の修行相手になったことだ。元々、霊夢が修行しなかったのは本人にやる気がなかったのもそうだが、家事などやることが多かったからである。しかし、今はななさんが家事全般をやってくれるので霊夢に時間ができたのだ。まさか彼女から僕の修行相手になると言って来るとは思わず、最初は耳を疑った。彼女曰く『これ以上、放置して勝手に死んだら困る』とのこと。確かに無茶をした自覚はあるのだが、死んじゃうほど無理をするつもりはないので少しだけ不服だった。因みに霊奈は自分が僕の修行相手になると言ったのだが、『自分より弱い相手じゃ修行にならない』と霊夢に一蹴され泣きながら修行しに神社を飛び出した。

「お待たせ」

 そんなことを考えているとお盆を持った霊夢が戻って来る。てきぱきとお茶の準備をして僕の前に湯呑を置いた。

「ありがと」

 お礼を言い、一口だけ口に含む。美味しい。そっと息を吐いている間に霊夢は煎餅が山盛りになったお皿を卓袱台に置いた。

「さて、じゃあ反省会ね。何が駄目だった?」

 バリッとお煎餅をかみ砕いた彼女がつまらなさそうに問いかけて来る。おそらく彼女にとってこの反省会は興味のないものなのだろう。だが、僕には必要だからやってくれるのだ。

「えっと……砂煙が舞っちゃったのが原因かな。あそこは後ろに下がるんじゃなくて盾で弾き飛ばすのがよかったかも」

「……他には?」

「修行中にも言ってたけど霊夢に集中し過ぎて後ろから迫ってたお札に気付かなかった。今度はもっと周囲に気を配ることにするよ」

「……まぁ、妥協点かしら。他にも砂煙が舞った後、動きを止めたところも駄目だったわ。桔梗【翼】じゃなくて桔梗【拳】で範囲攻撃するべきだった」

「いや、桔梗【拳】って……実弾による範囲攻撃だよね? さすがに……」

「そんなんじゃいつまで経っても強くなれないわよ。修行でできなかったことが本番でできるわけないじゃない」

 霊夢の言う通りだ。修行だからと言って遠慮していたら僕は強くなれない。奥義だってまだ形にすらなっていない。もっと頑張らないと。

「まぁ、今回の反省会はこれぐらいかしら。次に奥義ね。調子はどう?」

「うーん……一応、『ぎゅーん』はできそう」

 以前まで霊力を丹田に集めていたが、今度は心臓に集めてみたのだ。すると、丹田で集めた時は霊力を解放するとすぐに霧散してしまったが、心臓で試した場合、霧散せずに体の中を走り抜けたのだ。ななさんが言うには心臓から解放された霊力は血管のような管を通って体を巡っているらしい。そして、『パーン』の後にあった『ぐるぐる』は霊力を体の中で循環させることではないか、とも推測していた。つまり、『夢想転身』は霊力をチャージ(『ぎゅーん』)し、一気に解放(『パーン』)して溜めた霊力を体内で循環(『ぐるぐる』)させて肉体強化(『ちゅどーん』)する奥義なのだろう。

「話を聞く分には『パーン』もできそうじゃない?」

「僕も最初はすぐにできるとは思ったけど……一気に解放するのが意外と難しくて」

 心臓に集中させた霊力は高密度で扱うのがとても難しく一気に解放し切れないのだ。言ってしまえば水道管に穴が開いている状態。蛇口を捻っても途中で穴が開いているので水圧が弱まり、満足に蛇口まで水を届けることができないのだ。体中に霊力を循環させるには霊力を高密度になるまで溜め、一気に解放し勢いを付けなければならないのである。

「ふーん」

「……もう少し興味持ってくれてもいいんじゃない?」

「だって私にはあまり関係ないもの」

「関係ないって……一応、僕の修行相手なんだから」

「……じゃあ、奥義の修行も頑張ってね」

 何故か少しだけ不機嫌になった霊夢はお煎餅を2枚ほど持って居間を出て行ってしまった。何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。

「あれ、キョウ君どうしたんですか?」

 彼女が去って行った方を見ながら首を傾げていると桔梗を頭の上に乗せたななさんに声をかけられた。

「あ、いえ……霊夢を怒らせちゃったみたいで」

「霊夢さんを?」

 僕が霊夢を怒らせたのが意外だったのか目を丸くするななさん。それから手短に事情を話すと彼女は優しく微笑んだ。

「ああ、なるほど……大丈夫ですよ。霊夢さんは別に怒っているわけではありません」

「え、でも……」

「前、霊夢さんに聞きました。キョウ君は奥義を習得できるのか、と。すると彼女はすぐに不貞腐れたように言いましたよ。『私が面倒を見なくてもキョウは奥義を習得していた』と」

 それを聞いて僕は驚いてしまった。まさか霊夢がそんなことを思っていたなんて思わなかったからだ。

「霊夢さんがキョウ君の修行相手になったのも奥義が完成した時にキョウ君が自爆しないように力をコントロールできるようにするため……あ、すみません! これ内緒でした!」

 咄嗟に両手で口を塞ぐななさんだったが完全に手遅れだった。

「基本、霊夢さんはマスターを怒りません。怒ったとしてもマスターがいけないことをした時ぐらいです」

 口を塞いだななさんの代わりに桔梗がそう言った。それにしても何故桔梗はななさんの頭の上でくつろいでいるのだろうか。

「何ででしょう? ななさんの頭の上ってものすごく落ち着くんですよね」

 聞いてみると桔梗もよくわかっていないようだった。まぁ、落ち着くのなら仕方ない。ななさんも嫌がっていないようだし。

「ちょっとだけ拗ねているだけだと思います。なので、根気よく接してあげてください。もちろん、奥義の相談も」

「そう、ですね。わかりました」

 霊夢が何故、拗ねているのかわからないがななさんの言う通りにしておこう。

 その日の夕食の時、奥義の修行について霊夢に相談したら満更でもない表情を浮かべながら相談に乗ってくれた。

 




霊夢が拗ねていた理由は自分が質問しないと奥義に関してキョウ君が一切話題に出さなかったのもあります。

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