桔梗【バイク】でこいしたちの元へ向かうこと数分。そろそろベースキャンプが見えて来るはずだ。キョウもわかっているのかハンドルを握る左手に力が入った。妖怪が襲撃してからすでに1時間以上経っている。犠牲者が出ていてもおかしくない。最悪の事態を想像したのかキョウは視線を落としてしまう。
「マスター、見えて来ました!」
桔梗の言葉にハッとして顔を上げた。まだ距離はあるが妖怪の姿を見つける。それだけあの妖怪が巨大なのだろう。
「――て! ――!!」
「――!」
そして、広場の方から絶叫が聞こえる。会話の内容はバイクのエンジン音で掻き消されてしまったが、この声はこいしと咲だ。よかった、無事だった。ホッと安堵のため息を吐いた瞬間、妖怪が腕を振り上げる。きっと、前にこいしか咲がいるのだろう。
「っ……こっちだ!!」
それを見たキョウが咄嗟に魔力を周囲に撒き散らしながら叫んだ。すると、妖怪はキョウの魔力を感じ取ったのか動きを止めてこちらに顔を向ける。
「いた!」
やっとこいしと咲を発見した。妖怪がこちらに気を取られている間に立ち上がって咲の手を掴んでいる。
「こいしさんッ! 咲さん!」
キョウが必死になって叫ぶが二人はこちらに気付かない。キョロキョロとしているので声自体は聞こえているようだ。それがわかったのかキョウは息を吸い――。
「こいしさああああああああああああああん!!」
――絶叫した。こいしさんと咲が振り返った。バイクのヘッドライトが眩しかったのか目を細め、すぐに驚愕する。
「桔梗! 頼むッ!」
「はい!」
桔梗がヘッドライト付近からそれぞれアンカーの付いたワイヤーを撃ち出す。
「二人とも! 離れて!」
キョウの言葉を聞いてこいしが咲を抱えて横に飛ぶ。それとほぼ同時に二人の傍を通り過ぎた。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
「ガッ……」
雄叫びを上げながら妖怪に体当たりし、妖怪の体を吹き飛ばす。妖怪と激突した瞬間、車体から衝撃波を放ったのだ。
「ワイヤー、回収!」
すかさずワイヤーを回収し、放った衝撃波の反動でこいしと咲の前まで戻されてしまった。
「キョウ?」
後ろからこいしの声が聞こえる。見慣れないバイクに跨っているからか、それとも他にも原因があるのかこいしと咲は呆然とした様子でキョウを見ていた。
「すみません、こいしさん、咲さん! お待たせしました!」
そう言って振り返ったキョウが笑うとこいしは安心したように息を吐き、咲は微かに顔を赤くして(吸血鬼の視力で何とかわかった)目を逸らす。気になる男の子に絶好のタイミングで助けられたのだ。キュンとしてもおかしくない。そんな咲の姿にほっこりしていると妖怪が立ち上がろうとしていた。倒せるとは思っていなかったがあのタックルを受けて傷一つないとは。おそらく今まで出会って来た中で一番強い。
「二人とも! 乗ってください!」
妖怪が立ち上がったことに気付いたキョウがすぐに叫んだ。しかし、乗り方がわからないのか戸惑う二人。
「乗るってどこに!?」
「僕の後ろです! 急いで!」
すると、こいしは咲を抱えてバイクに跨り、そのままキョウの真後ろに咲を降ろした。
「咲さん! 僕の腰にしがみ付いて! こいしさんは咲さんに!」
「う、うん!」
「わかった!」
キョウの指示に従ってこいしはすぐに咲にしがみ付くが、咲は少し躊躇した後、キョウに抱き着いた。こんな状況なのに幸せそうな表情を浮かべている。
「桔梗! お願い!」
「了解です!」
キョウが桔梗に合図を送るとバイクが急発進した。幸せそうにしていた咲の顔が恐怖に変わる。
「「うわあああああ!!」」
「喋らないで! 舌を噛みますよ!」
「があああああああ!!」
左手だけで器用に運転しながら注意するキョウだったが、立ち上がった妖怪が私たちに迫り、側面から3つの腕で攻撃して来た。
「桔梗!」
すかさず桔梗がワイヤーを撃ち、ワイヤーの先端のアンカーが近くの木に突き刺さった。「しっかり、捕まってて!!」
妖怪の腕が迫る中、ワイヤーを回収する。しかし、アンカーがしっかり木に突き刺さっているので車体が引っ張られ、加速した。妖怪の拳はバイクのすぐ後ろを通り過ぎる。
「ワイヤー、回収!」
木に突き刺さっていたアンカーは鉤爪のように4方向に開く仕掛けになっている。木に突き刺さった後、アンカーが開き、固定したのだ。回収する時はアンカーを閉じるだけで簡単に外れた。
「このまま、この先の広場に向かいます。子供たちはどこにいますか!?」
「反対方向の川だよ! 咲が皆を集めたから!」
こいしの言葉に私はそっと息を吐く。どうやら、犠牲者は出ていないようだ。
「それじゃ、心置きなく! 振動、枝に気を付けて! 姿勢を低くしてて!!」
「「うわああああああああああああ!!」」
そう言った後、バイクのハンドル付近からシールドが伸びた。そして、森の中へ突っ込む。シールドに木の枝が叩き付けられる度にバイクが大きく揺れ、その度に後ろで悲鳴が上がった。森の中を全速力で走れば悲鳴も上げたくなるだろう。だが、それでも背後から迫る妖怪との距離は遠ざからず、むしろ少しずつ縮まっている。
「右に旋回します! しっかり、捕まって!」
このままでは逃げ切れないと思ったのかキョウが叫んだ後、右のワイヤーを近くの木に撃ち、アンカーを開いて固定する。そして、軽く車体を左に傾けるとほんの少しだけ左に曲がった。すると、ワイヤーが別の木に引っ掛かり、糸が釘に当たって進路を大きく変えるように右に引っ張られる。すぐにワイヤーを回収。突然、進路を変えたので妖怪が急ブレーキをかけて慌ててこっちに向かって来た。
「きょ、キョウ!! 前、前えええええええええ!!」
咲はキョウの背中に顔を押し付けているので見えなかったが、この先が崖になっていることに気付いたこいしが絶叫する。しかし、キョウはスピードを緩めない。むしろ、加速し続ける。
「お、落ちるぅぅぅぅぅ!」
「桔梗!!」
「はい!!」
桔梗が返事をするとフットレフト付近から翼が飛び出した。
「いっけええええええええええええええええ!!」
そして、ハンドルを全力で持ち上げ、前輪を浮かせる。その直後、道がなくなり、バイクは空中へ投げ出された。すぐにマフラーからジェット噴射され、飛行する。
「……こいしさん、咲さん。もう、大丈夫ですよ」
車体が安定したのを確認し、キョウは振り返って二人に声をかけた。どうやら、落下すると思って目を閉じていたようだ。
「……あれ? 飛んでる?」
「はい。そうです」
ゆっくりと目を開けたこいしはキョロキョロと辺りを見渡し、目を丸くした。すぐに咲も目を開けて眼下に広がる森を見下ろしている。すると、背後から凄まじい騒音が響き渡る。振り返るとあの大きな妖怪が崖から転落し、木々を薙ぎ倒したまま、倒れているのが見えた。
「これで――」
「いえ、まだです! 来ますよ!」
それを見たこいしがホッとした様子で呟く。しかし、すぐに桔梗が忠告した。その証拠に倒れていた妖怪が雄叫びを上げながら立ち上がり、私たちの後を追って来た。
「こいしさん、咲さん! 広場に着いたらあの妖怪と真正面から戦いますので、心の準備を!」
「え? でも、このまま飛んで逃げられるんじゃないの!?」
「僕の……魔力がもう……」
桔梗【バイク】はキョウの魔力を燃料に動いている。妖怪に投げ飛ばされた場所からここまで来るのにほぼノンストップで乗っているのだ。私が少しだけ魔力消費の肩代わりをしているとしてもキョウの消費は激しいのである。車体もフラフラし始め、このまま飛行し続ければ後数分もしない内に墜落してしまうだろう。
「マスター! 見えましたよ!」
桔梗の言葉にキョウは安堵のため息を漏らした。そして、バランスを崩しながら着陸する。妖怪の足音はもうすぐそこまで迫っていた。