東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第351話 迫る危機

 騒ぐ雅ちゃんを生徒会室に閉じ込めた(開けられないようにモップをつっかえ棒にした)私たちは文化祭の準備を再開するために教室に向かっていた。

「でも、本当にみーやん閉じ込めてよかったの? すぐに生徒会の先輩が来ると思うんだけど」

「あれぐらいで閉じ込められる雅ちゃんじゃないよ。炭素を操ってドアの隙間から外に出せばいいんだから」

 今頃、無事に生徒会室を脱出してこちらに向かって来ているはずだ。因みに『みーやん』は雅ちゃんのニックネームである。まぁ、そう呼んでいるのはすみれちゃんだけなのだが。

「もおおおお! 閉じ込めないでよおおおお!」

「ほら」

 後ろから涙目になってこちらに走って来る雅ちゃんを見て私は苦笑を浮かべる。やはり雅ちゃんを弄るのは楽しい。お兄ちゃんの気持ちがよくわかる。

「こら、みーやん。廊下は走っちゃ駄目だよ」

「あ、ごめん……じゃなくてあんたらのせいでしょうが!」

「早く行くぞ。最初の当番お前らだろ」

 『うがー!』と吠えている雅ちゃんに柊君が忠告して再び廊下を進み始めた。そう言えば、雅ちゃんと私が最初のウェイトレス当番だった。急がないと間に合わないかもしれない。

「雅ちゃん急いで」

「もう、誰のせいだって思って――」

「――お兄ちゃんに許可を取らなかった雅ちゃんのせいだと思う」

「そ、それはそうなんだけど……そうなんだけど!」

 頭を抱えて唸っている雅ちゃんの手を引っ張り、私たちは早歩きで教室に向かった。教室に着くとすでにウェイトレス当番の人は可愛らしい制服に着替えて準備をしていたので遅れたことを謝ってから雅ちゃんと一緒に更衣室用の空き教室に入る。

「急げ急げ!」

 予め空き教室に置いておいたカバンからウェイトレス服を取り出し、すぐにスカートに手を伸ばす。

「待て待て待て! オレのこと忘れてるんじゃねーよ!」

 そんな大声と共にいきなり私の影から手が伸びて私の腕を掴んだ。そして、すぐにお父さんの全身が影から出て来る。そう言えば、昨日の夜に一緒に登校して欲しいとお願いしていた。文化祭の準備に夢中ですっかり忘れていた。

「な、ななななっ!? なんでここにリョウがいるの!?」

 制服を脱いだ後だったようで下着姿になっていた雅ちゃんが目を見開いて叫ぶ。

「言ってなかったっけ? 朝からずっと私の影に入って貰ってたの。忘れてたけど」

「ほんとに……こんななりでも一応、男なんだからな。しっかりしてくれ」

「ごめんなさーい」

「被害受けてるの私なんですけど!?」

 何とか自分の体を隠そうとしているのか顔を紅くしながら自分の体を抱きしめている雅ちゃん。ほう、これはなかなか。

「雅ちゃん、黒い下着似合うね。エロいよ!」

「いいから何とかしてえええええ!」

 とりあえず、お父さんにはドアの隙間から外に出て貰った。影に潜れると色々便利である。さぁ、文化祭頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 午後1時半。今日は色々ありすぎてすでに疲れてしまった。望もいつも以上にはしゃいでいるし。そのせいで私に被害が及ぶのは納得できないが。

「あ、チーフ。後はやっておくんで休憩いいですよー」

「うん、そうする……」

 クラスメイトに勧められて休憩を取ることにした。いや、本当に疲れた。特に響たちが突入して来た時はどうなるかと思った。まぁ、そのおかげでお店は盛り上がったので感謝しているのだが、出来れば事前に知らせて欲しかった。

「お疲れ様ー」

 そう言いながら更衣室兼休憩室にしている教室に入る。お腹も空いたし何か食べて来ようかな。この格好で出歩くのは少し恥ずかしいけど。

「お、雅ちゃんお疲れ様」

 その声にハッとして顔を上げると机をくっ付けただけの簡易ベッドですやすやと気持ちよさそうに眠っている奏楽と奏楽に服を掴まれている悟がいた。他に人はいない。響たちが来る前に休憩に入った望もどこかに遊びに行っているようだ。

「あー……そうだった」

「あれ、忘れてたの? ここ貸してくれたの雅ちゃんなのに」

 昨日の夜、文化祭が楽しみだったようで奏楽はなかなか寝付いてくれなかった。そのせいで寝不足になり、喫茶店から出ようとした時にぐずり始めたのだ。さすがに放っておいたら他のお客さんの迷惑になると思い、すぐにここを使うように言って押し込んだ。駄目だ、本当に疲れているみたい。

「ちょっと疲れちゃって……これなら戦ってた方が楽かも」

「ははは、妖怪も文化祭の騒がしさには敵わないか」

「騒がしさというより皆のテンションが高すぎて……何故か私のことチーフって呼ぶし敬語だし」

 これでも何十年も生きて来ているがこんなに騒がしいのは久しぶり――いや、初めてかもしれない。ガドラの傍にいた頃はまさかこんな日が来るなんて思いもしなかった。

「まぁ、責任者だからな。ノリってのもあるだろうけど、けじめは大事だよ」

「……現役社長が言うと説得力があるね」

「おう、もっと敬え」

「はいはいすごいすごい」

 ドヤ顔で言う悟だが幼女に服を掴まれて動けなくなっている時点で情けないのだが。小さくため息を吐き、食べ物を調達して来ようと教室の隅に置いてあった鞄から財布を取り出す。

「し、しつれいしますー!」

 すると、いきなり教室の扉が開いて奏楽よりも幼く見える女の子が顔を覗かせた。その後ろにはすみれもいる。

「すみれどうしたの?」

「さっきお兄さんに会ってここにこの子の友達がいるって聞いたから……って、本当に寝ちゃってるみたいだね。あ、シャチョさんこんにちは」

「……それは俺のことか?」

「ごめん。この人、人に変なあだ名付けることで有名なの……」

 私のことも『みーやん』と呼んでいるし。唯一あだ名で呼ばれていないのは響ぐらいである。奏楽の友達はちょこちょこと歩いて机の上で眠っている奏楽に近づく。その途中で彼女が響によく似た人形を抱っこしているのに気付いた。

「お、また懐かしいもの持ってるなー」

「うえっ!?」

 悟もそれに気付いたようで嬉しそうにその人形を指さしながら呟く。奏楽の友達は文字通り飛び上がり、わたわたと走ってすみれの後ろに隠れた。

「ありゃ、驚かせちゃったか」

「ものすごい人見知りなの。この子は妹のユリ。ほら、挨拶して」

「こ、ここここん……こん、こ、こんに……ちは」

 すみれの影から顔を出して挨拶をする涙目のユリ。うん、なかなか面白い子である。それよりも気になったことがあったので挨拶もそこそこに悟の方を見た。

「懐かしいって響に似た人形のこと?」

「ああ。俺たちが高校3年の時の文化祭で配ったんだよ」

「へ? 何で知って……」

「だってきょーちゃん人形作るって決めたの俺だし」

 悟の言葉を聞いたユリはすみれの後ろから出て悟の元まで移動し、その場で土下座した。丁寧に自分の背中にきょーちゃん人形を乗せて。

「神よっ!」

「……ごめん、この子本当に変な子なの」

「うん、なんとなくわかってた」

 両手で顔を覆いながらすみれは声を震わせていた。思わず、彼女の肩に手を乗せて慰めてしまう。

「おお、ユリちゃんは響の信者だったのか」

 神扱いされているにも関わらず動じていない悟は嬉しそうに土下座しているユリの頭を撫でた。完全に宗教である。まぁ、わからなくもないが。

「はい! 響さんはわたしの目標です!」

「……ユリ、響は男の人だって知ってる?」

「は? あんなに美しい人が男の人なわけないじゃないですか」

 私の質問に顔だけをこちらに向け、ジト目で返答するユリ。駄目だ、この子。完全に目が曇っている。すみれも顔を引き攣らせているし。絶対、ユリの部屋には引き伸ばした響のポスターとか貼ってあるに違いない。

「ははは! とうとう響も女子小学生の目標にされたか!」

「シャチョさん……せめてお兄さんが男だってことだけでもユリに教えてくれない? 何度言っても信じてくれなくて」

「別に訂正する必要はないと思うけどな。男でも女でも響だし……てか、男にも女にもなってるし」

「「……」」

 悟の言葉に私とすみれは何も言い返せなかった。確かに戸籍上は男であるが、満月の日や闇の力を使えば女になる。反論できない。

(まぁ……一応、響に報告しておこうかな)

 悟が何か変なこと言ったりしようとした時はすぐに式神通信で知らせるように言われているので響に繋ぐ。後でおしおきされてしまえばいい。そして、開けてはならない扉を開けてしまえばいいのだ。

「……あれ」

 しかし、いつもなら1秒もかからずに繋がる通信が繋がらなかった。急いで鞄から携帯を取り出し、響の携帯に電話をかける。繋がらない。

「……雅ちゃん?」

「悟、響に連絡取ってみて」

 私のお願いで状況を察したのか悟もすぐに携帯を操作するが顔を歪ませた。式神通信も携帯も繋がらない。嫌な予感がする。

「……まさか」

 何か思い当たる節でもあるのかすみれが眉にしわを寄せていた。視線だけで説明を求めるとすぐに彼女は口を開く。

「ここに来る前にお兄さんに会ったんだけどもう帰るって言ってたの。ちょっと様子もおかしかった」

「帰るだって? あいつに限って独りで黙って帰るなんてありえないぞ。少なくとも一緒に来た奴らの誰かに伝えるはずだ。すみれちゃんに伝言を託すのはおかしい」

 つまり、すみれに伝言を託すようなことが起きた、ということなのだろう。携帯のディスプレイで時間を確認すると午後1時45分を過ぎていた。今から追いかけるにしてもどこに行ったのかわからない上に何に巻き込まれたのか。そもそも何かに巻き込まれているかも把握できていない。憶測だけで動くにはあまりにも情報がなさすぎた。

「あ、あれ……」

 不意にユリが体を起こして首を傾げる。その視線は窓の方に向いていた。無意識の内に私たちも窓へ視線を送る。

「……嘘」

 そこには先ほどまで青かった空は消え、黒い何かがあった。私はそれを知っている。響が旧校舎に閉じ込められていた時に旧校舎を覆っていたあの黒いドームだ。やはり、何かが起こっている。私は冷や汗を流しながらごくりと唾を飲み込んだ。

 


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