『ぐッ!?』「きゃあ!?」
私と響が右手を握った瞬間、外部から何者かに邪魔され、体が後ろに吹き飛んだ。そのまま、背後の本棚に背中を強打する。
『だ、大丈夫か?』
「う、うん……何とか」
箱から響のうめき声が聞こえる事から私と同じように吹き飛ばされたらしい。背中を擦りながら立ち上がる。
「でも、何が?」
『多分、狂気だな。魂逆転の時にこの空間に結界でも貼ったんだろ? こうやって、壊されないようにな』
「じゃ、じゃあどうするの!?」
このままでは狂気が図書館に乗り込んで来てしまう。
『どうにかして狂気の動きを止めるしかない』
「動きを?」
『ああ。お前には分かんなかったと思うけど右手を握った時に狂気が何かをする気配があった。きっと、結界を貼っていても意識しないと今のように邪魔できないんだと思う』
「でも、動きを止めるって言っても……」
「それはまかせて」
『「え?」』
急に後ろから声が聞こえ、振り返ったら傷だらけのお姉様がいた。その後ろには他の皆も立っている
「お、お姉様!?」
「久しぶりね。キョウ」
『ああ』
響は落ち着いた様子でお姉様に返事をする。
「話は聞いたわ。あの化け物を止めればいいのね?」
『一応、俺なんだけど……』
お姉様の言葉に苦笑いする響。何か悔しい。
『でも、どうにか出来るのか?』
「これからそれを話し合うの。時間はないけどね」
その時、図書館の入り口から轟音が聞こえた。
「早速、来たみたい。パチェ? どれぐらい持つ?」
「フランの能力対策はしてるけどあの馬鹿力を考えると……10分?」
パチュリーは首を傾げながら答える。あまり自信はないようだ。
「それだけあれば何かは思いつくでしょ」
『……まず、誰がどんな事が出来るか知りたいな』
「それじゃ、自己紹介から始めましょ?」
狂気がドアは破壊するまで作戦会議は続いた。
『このやろッ!!』
狂気の声が聞こえたと思った矢先、図書館の扉が崩壊した。それを俺たちは黙って見ている。
『15分……もしかして、狂気の力が弱まってる?』
「かもな」
レミリアに質問され、答える。俺と繋がっていた時、俺自身の力も利用していたのかもしれない。その間に狂気はゆっくりと図書館に乗り込んで来た。
『じゃあ、皆! 作戦通りに!』
レミリアの号令にそれぞれが答え、パチュリーがスペルを唱える。
『火水木金土符『賢者の石』!』
パチュリーの周りに5つの結晶が現れた。狂気はそれを見て右手を突き出す。フランの能力を使う気だ。
『レッドマジック!』
レミリアがスペルを発動し、大玉が反射しながら狂気に突進する。狂気は舌打ちし、右手を引いてからジャンプして躱す。その隙にパチュリーは賢者の石を魔理沙に渡した。
『絶対、返しなさいよ?』
『ああ、死んだら返すぜ?』
『禁弾『スターボウブレイク』』
だが、狂気がパチュリーと魔理沙目掛けて七色の矢を放つ。
『夢符『二重結界』!』
それを霊夢が防ぐ。しかし、矢の威力が凄まじく2枚の結界は破られてしまう。その隙にパチュリーと魔理沙は移動し、矢は図書館の床を抉る。
『じゃあ、貴女はここで死ぬつもりなんだ』
パチュリーがそう言いながらジト目で魔理沙を睨む。
『いや、そのつもりはない!』
魔理沙が答え、パチュリーは首を横に振って呆れていた。
『これはどうだ?』
狂気は矢を上に放ち、分裂する。何本もの矢が俺たちに降りかかる。
『響!』
「おう! 小悪魔、画面を少し左に」
『は、はい!』
フランに名前を呼ばれ、携帯を持っている小悪魔に指示を出す。俺は一度に一回しか能力を使えない。
「フラン、頑張れよ!」
『出来るだけ壊すけど残ったのをお願い!』
そう叫びながらフランが右手を握った。しかし、矢は2~3本残っており、その内の一本が早苗を目指して直進している。
「おら!」
その矢の『目』を集め、右手を握って破壊する。
『魔理沙! 準備、出来たわ!』
霊夢の頭上に大きな正八角形の立体の形をした結界が展開された。
『おう! 射命丸、頼む!』
『あいあいさ~!』
魔理沙を背中から抱き上げて飛び上がる射命丸。出来るだけ魔力を消費しない為だ。
『好きにさせるか!』
結界を破壊する為にまた右手を握る。
「させっかよ!」
その動きに合わせて俺も右手を握り、破壊した。狂気の顔が怒りで歪む。
『パチュリー! 魔力!』
結界に手を置いて魔理沙が叫んだ。
『もうやってるわよ』
パチュリーが魔導書を開き、何かを呟く。それに応えるように魔理沙の周りに浮かんでいる5つの結晶が光り輝いた。
『おお!? これなら行けるぜ!』
ニヤリと笑った魔理沙は魔力を結界に注ぎ込む。どんどん、結界から光があふれる。その光景は幻想的で綺麗だった。
「早苗!」
『は、はい!』
それを眺めていた早苗に声をかける。自分の役割を忘れていたらしい。早苗が結界に向かう為に空を飛ぶ。それを見て霊夢も早苗に続いた。二人は魔理沙を挟み込むように空中に留まった。
『……なるほど。そう言う事か』
狂気がこちらの作戦に気付き、高速で図書館を移動し始める。早苗は目で追うが俺から見ても翻弄されていた。
『れ、レミリアさん! お願いします!』
『わかったわ』
そう返事をしてレミリアが目を閉じる。
「フラン」
『わかってるよ』
俺とフランの右手に空間の『目』が集められる。後は狂気の動きを止めるだけだ。
『……嘘』
レミリアの様子がおかしい。目を見開いて驚愕していた。
「どうした?」
『運命が……見えない』
「え?」
よく意味が分からず質問しようと口を開いたがその前に狂気がスペルを取り出して宣言した。
『QED『495年の波紋』』
『っ!? 皆、気を付けて! 反射するよ!』
フランが叫んで警告する。フランの言う通り、狂気を中心に波状弾幕は図書館の壁に当たると反射し、こちらに向かって来た。
「皆、結界を守れ!」
『言われなくても! 紅符『不夜城レッド』!』
レミリアの体から紅い霧が噴出され、弾を消した。
『禁弾『カタディオプト『やめなさい! 神槍『スピア・ザ・グングニル』!』
我慢できず、フランがスペルを使おうとしたがレミリアが声だけで制止させ、今度は紅い槍を狂気に向かって投げる。だが、狂気は軽くそれを躱した。
『で、でも!』
『貴女は壊す事だけを考えなさい! こっちは何とかするから!』
『果たして出来るかな? 私の運命、見えないんだろ? 見えたら後ろで準備してる技も当てられたのにな。私の動きを予測すればね』
狂気に言葉にレミリアは奥歯を噛む。今でも高速移動しながら弾幕を放っている狂気。これでは近づく事はおろか、弾幕を当てる事すら困難だ。
『右です!』
しかし、霊夢、魔理沙、早苗、射命丸、レミリア、咲夜、パチュリー、小悪魔、フランの誰でもない声が図書館に響き渡る。その声に一番に反応したのは咲夜だった。
『そこ!』
スカートからナイフを1本、取り出して誰もいない方角へ投げる。
『なっ!?』
だが、次の瞬間には狂気がナイフの軌道上に現れる。狂気が目を見開いて驚いていた。
『くそっ!』
狂気は翼でナイフを叩き落し、すぐに移動した。
『美鈴?』
ソファの方を見ながら咲夜が懐かしい名前を口にする。
『すみません! 寝てました!』
美鈴がペコペコ謝りながら咲夜の元へ駆け寄る。少し動きが鈍い。もしかしたら、狂気にやられて休んでいたのかもしれない。
『そう言えば、小悪魔に美鈴を連れてくるよう命令したっけ?』
『そう言えば、パチュリー様の命令で倒れていた美鈴さんを連れて来てそこのソファに寝かせましたっけ?』
『二人とも……私の存在って』
パチュリーと小悪魔の呟きが聞こえた美鈴は涙を流して落ち込む。
「来るぞ!」
そんな中、俺は話している3人に向かって叫んだ。狂気が炎の剣を左手に持って振りかぶっている。投げるつもりだ。
『水符『プリンセスウンディネ』!』
パチュリーが水の魔法を駆使し、炎の剣を鎮火した。やはり、狂気の力が弱まっている。
『咲夜さん! 左から来ます!』
『っ!?』
だが、炎の剣はフェイクで直接、咲夜に打撃を撃ち込もうと狂気が急接近して来ていた。それを美鈴は言い当てたのだ。咲夜はバックステップで狂気の攻撃を躱す。
『め、美鈴? どうして?』
『狂気の気を読みました。どちらから来るかぐらいならわかりますよ?』
「そ、それだ! 美鈴! 早苗に敵の位置を!」
『え!? こ、この声一体どこから!』
携帯越しなので俺の気は読めないらしく、慌てながらキョロキョロしていた。
『美鈴さん! お願いします!』
早苗が大声で美鈴にお願いする。時間がない。結界の光が先ほどより大きくなっているのだ。もう、充電が終わっている証拠だ。
『は、はい!』
早苗がいる所まで飛翔する美鈴。
「咲夜? 行けそうか?」
咲夜を見れば足の包帯が赤く染まっている。傷口が開いたらしい。
『私を誰だと思ってるの?』
(いや、お前には今日会ったばかりだし……)
『レミィ!』『パチェ!』
パチュリーとレミリアが同時にお互いの名前を呼ぶ。これが合図だ。
「美鈴、場所!」
『正面に来ます!』
『日符『ロイヤルフレア』!』『紅色の幻想郷!』
美鈴の言った場所に同時にスペルを発動。
『どうして場所がっ!?』
正面に現れた狂気に巨大な炎の弾と大量の弾幕が襲う。それをジャンプして躱す狂気。そこしか逃げ場所がなかったのだ。それが狙い。
『メイド秘技『殺人ドール』!』
『っ!?』
咲夜がスペルを唱えたと思った瞬間、たくさんのナイフが狂気の周りを取り囲む。更にナイフは動かずにその場に制止したままだ。ナイフは攻撃する為ではない。狂気の動きを止める為だ。
『くそ!』
身動きが取れない狂気は右手を何度も握ってナイフを破壊して行く。狂気の体は俺の体だ。能力も規制されている。
『霊夢!』
結界に触れたまま、魔理沙が隣にいる霊夢を呼んだ。
『わかってるわよ』
そう呟きながら霊夢も手を結界に置く。更に結界の光が強くなる。
『さぁ、まかせたわよ? 早苗』
ニヤリと笑いながら霊夢が早苗の名を呼ぶ。
『うぅ……責任重大です』
早苗は唸りながら結界に触れる。甲高い音が図書館に響き渡った。
『文さん、コントロール難しいので調節お願いします』
『まかせてください!』
魔理沙を抱き抱えたまま、射命丸が返事をする。
『では、行きます!』
早苗が手に力を込めた。すると、結界の周りに風が吹き始める。風はどんどん強くなり、一点に集中する。結界の中心だ。
『『『合符『ウィンドスパーク』!!』』』
三人が宣言すると風が結界の中に蓄積された魔力を勢いよく放出した。
霊夢が土台となる八卦炉型の結界を作り、普段から八卦炉を使っている魔理沙が魔力を注入。その時にパチュリーの『賢者の石』で魔力を増幅。最後に早苗の『奇跡を起こす程度の能力』で生み出した神風に乗せて魔力を発射する技だ。威力は『ファイナルスパーク』を遥かに超える。そりゃそうだろう。三人の力が合わさっているのだから。
レーザーはナイフを蹴散らしながら狂気に突進するが少し右にずれている。
「射命丸! 右にずれてる!」
いち早く気付いた俺は叫んだ。
『了解です!』
魔理沙を美鈴に預け、団扇を取り出し、振りかぶる。レーザーの原動力は魔力だが、風に乗って進んでいるので『風を操る程度の能力』を持っている射命丸は多少、操る事が出来るのだ。
『秘弾『そして誰もいなくなるか?』!』
だが、狂気はスペルを発動し消えた。このままではレーザーは当たらない。
『させないわよ?』
しかし、レミリアが横に手を振ると狂気の姿が現れた。
『な、何っ!?』
『わかったの。アナタの運命は操れない。でも、レーザーの運命を操ればいいってね』
「レーザーが躱される運命」から「レーザーが命中する運命」へ。
『くそったれがあああああああ!!』
破壊するのをやめて両手を前に突き出し、レーザーを正面から受け止めた。
『やりなさい! フラン! 響!』
『うん!』「おう!」
これで狂気の動きは止められた。後は俺たちの仕事だ。
「キュッとして――」
俺とフランはニヤリと笑う。狂気はそれを横目で見て顔を引き攣らせる。
『――ドカーン』
その顔をよく見ながらそれをゆっくりと握り潰した。それからすぐに目の前がぐるりと一回転。狂気の魂から白い空間へ変わった。腕にあったPSPや手に持っていたスキホが消え失せる。
「人間が……よくも私の邪魔をしてくれたな」
後ろから声が聞こえ、振り返る。そこにはまた俺がいた。だが、少し俺や吸血鬼と違った。身長は俺より低く女より大きい。胸は女よりないがすこしだけ膨らんでいる。髪はポニーテールではなくストレートだった。目は女と同じ真紅だったがこちらの方は黒が強い。しかし、八重歯は生えていなかった。背中にも何もない。
「まず、女だったんだな」
「吸血鬼は私の事、『貴女』と言っていたのに気付かなかったのか?」
「あの状況でそこまで気を回してらんねーよ」
「まぁ、そんな事はどうだっていい。お前を殺してまた体を乗っ取ってやる」
狂気が重心を低くし、構える。
「させっかよ。もう、お前の思い通りにはさせない」
俺も構える。PSPもない状態でどうやって戦うか考えていないが諦めたりしない。俺と狂気が同時に地面を蹴った。その刹那――。
「ちょっと待ってくれない?」
「「ッ!?」」
急に吸血鬼が俺たち間に出現し、邪魔をする。
「いいのか? 出て来ても」
「いいの。でも、これだけは言わせてね」
「……いいだろう」
狂気は腕組みをしてから渋々、頷いた。
「ありがと。響? よく、聞いてね。ここは区切られた魂が再び、1つになった事によって出来た空間。これが本来の貴方の魂なの」
吸血鬼が俺の方を見て説明する。
「本来の魂?」
「そう。そして、ここでは気持ちで強さが決まる。生き残りたいと願えば願うほど強くなれる」
「そうか……」
「だから、安心して私たちを殺しなさい。それから、魂の奥深くに封印して」
そこで俺は気付く。
「『私たち』?」
「ごめんなさい。まだ私は狂気に取り込まれたままなの。口は動かせるけど……体は」
「もういいか? じゃあ、無駄口を叩かず殺せ」
「全く……自分が誰のおかげで生まれたのかも忘れたの?」
そう言いながら吸血鬼と狂気がこちらに向かって走って来る。
「気持ちの問題……」
俺の気持ちは最初から決まっている。それに応えるように右手に小さな鎌が現れた。初めて持ったとは思えないほど手の感触が懐かしい。
「――」
吸血鬼にも狂気にも聞こえないように呟いて鎌を構えながら走り出す。これが最後の戦いだ。