東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第349話 奥義

「『夢想転身』、ですか」

 僕の横から本を覗き込んだななさんが不思議そうに呟く。この本の中で僕が唯一興味を示した技だったからだろう。桔梗も興味深そうに本の文字を読んでいた。

「……あの、マスター」

 そんなことを思っていたら訝しげな表情を浮かべた桔梗が僕を呼ぶ。何かあったのだろうか。

「何?」

「これ、読めるんですか?」

「……へ?」

「私にはこの本に書いてある文字が読めないんです」

 桔梗の言葉に僕とななさんは顔を見合わせてしまう。僕もななさんも問題なく本の文字を読むことができる。だが、桔梗だって人形でありながら日本語ならば読み書きできるのだ。この本に書かれている文字はもちろん、日本語。だからこそ、桔梗が読めないのがおかしいのだ。

「ななさんは読めます、よね?」

「はい、読めます。普通の日本語で書かれていますし」

「え、日本語!? これがですか!?」

 どうやら、桔梗には日本語にすら見えていないらしい。この本に何か細工でも施されているのだろうか。なら、何故僕とななさんは読める? 僕とななさんに何か共通点があるかもしれない。

「でも、その共通点って?」

「私には……記憶もありませんから。すみません」

 申し訳なさそうに謝るななさん。記憶がないのはななさんのせいではない。しかし、これで手がかりはなくなってしまった。これも後回しにするべきだろう。もしくは霊夢に聞いてみるのもいいかもしれない。

「それでこの奥義がどうしたんですか?」

 僕の提案を受け入れてくれたななさんが再び問いかけて来る。だが、僕も何となく目に入っただけなので言葉が出なかった。どうして、僕はこの技が気になってしまったのだろう。

「マスター、この技はどのようなものなのですか?」

「肉体強化みたいだね。他の技は結界とか遠距離技ばっかりだったんだけどこれだけ異質だったから」

「肉体強化、ですか。霊夢さんたちの話では博麗の巫女はお札や結界を好んで使うと言っていましたので何だか目立ちますね」

「そうですね。製作者も不明ですし」

 ななさんの言葉を聞いて『夢想転身』のページをもう一度見ると製作者の名前を書く欄は空欄だった。いや、空欄ではなく黒く塗り潰されていたのだ。そう、あの『博麗の歴史』と同じ。じゃあ、あの黒く塗り潰された巫女がこの技を作ったのだろうか。

「……僕、この技覚えてみようかな」

「え? いきなりどうしたんですか、マスター」

「何となく、覚えたい……ううん、覚えなきゃ駄目。よくわからないけどこの技は――」

「キョウ君?」

 ポン、とななさんに肩を叩かれて正気に返る。でも、気持ちは変わらない。勘でしかないけれど、この技は僕が覚えなきゃならない、と思う。

「桔梗、手伝ってくれる?」

「もちろんですよ、私はいつだってマスターの味方ですから」

「わ、私も手伝いますよ!」

 こうして、僕は新技を覚えることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはこの奥義の仕組みを確認してみましょう。生憎私には読めないので解説お願いします」

 蔵の掃除を終わらせた僕たちは神社に戻って来てすぐに奥義習得会議を始めた。因みに霊夢は博麗のお札の補充、霊奈はいつものように修行している。霊夢に話を聞きたかったが今は我慢しよう。

「えっと、さっきも言ったけど技の内容は肉体強化。自分の霊力を全て使って発動するみたい」

「霊力の全て、ですか。なかなか使い辛い技のようですね。奥義を使って倒せなかった場合、ガス欠を起こしてしまいそうですし」

「その点も本に書いてありました。使いどころを考えろって」

 桔梗の考えにななさんが賛成する。確かに霊力がなくなれば動くことはおろか気を失ってしまう可能性もある。敵の目の前で気絶などすれば一瞬で殺されてしまうだろう。

「まぁ、覚えていて損はないみたいだよ。霊力の全てを使うって言っても少しでも残ってたら発動できるんだって。つまり――」

「――一発逆転の一手、ということですね」

 そう、ななさんが言ったようにこの奥義は切り札と言うより秘密兵器に近い。強い敵にやられ、瀕死になってしまった場合でも使用できるのだ。相手の虚を突くこともできるし、倒すことだって目じゃない。この奥義はそう言う技だ。だが、問題は他にもある。

「問題は……反動が凄まじいことかな」

「下手をすれば筋肉が……いえ、腕や足が引き千切れてしまいます。多用するのはお勧めしません」

「……ななさんって意外にこういうの経験あるの?」

「え? 何故そのようなことを?」

「だって、手と足が引き千切れるとか……顔色一つ変えずに言えることじゃないと思うんだけど」

 それにこの本には『体を壊すほどの反動有り』としか書いていない。それなのにななさんは『手と足が引き千切れる』と予想した。戦ったことのない素人がそんな予想できるわけないのだ。

「えっと……すみません。私もよくわかっていないんです。キョウ君に言われて初めて違和感を覚えたほどです」

「うーん、またななさんの謎が深まってしまいましたね。まぁ、今は奥義を優先しましょう。反動がある、ということですが大丈夫なんですか?」

 話が脱線しそうになったが桔梗のおかげで話を戻すことができた。

「大丈夫って言われると大丈夫じゃないと思う。僕はまだ子供だから使ったらすぐに壊れちゃうと思うし」

「なら、覚えない方が……」

「ううん、覚える。それだけは譲れない」

「……わかりました。でも、無理だけはしないでくださいね」

 珍しく頑固な僕を見て桔梗は渋々頷く。納得はしていないが僕の気持ちを尊重してくれたのだろう。お礼を言ってすぐに本に視線を戻す。そこには奥義の習得方法が書かれている。

「覚えたい気持ちはわかりましたが、習得方法が……」

「うん……ちょっとよくわからないんだよね」

「よくわからないとはどういうことです?」

「……自分の霊力を『ぎゅーん』として『パーン』ってなったら体の中で霊力が『ぐるぐる』して最後に『ちゅどーん』となる、らしいよ」

「何言っているかわからないです」

 僕もわからない。おそらくななさんも。つまり、この奥義を編み出した人は恐ろしいほど説明が下手くそなのだ。感覚的に編み出してしまったので言葉にしようとしても上手くできなかったのだろう。

「いきなり座礁しましたね。一応、絵も描いていますが」

「その絵も下手で何が何だかわからないんだよね……」

「このページに絵も描いてるんですか?」

 ため息を吐く僕とななさん。桔梗には絵も見えないようだが、見なくて正解だと思う。幼稚園児でもここまで酷い絵は描かないだろう。それほど酷い絵なのだ。

「嘆いていても仕方ない……一つ一つ処理して行こう。まず、自分の霊力を『ぎゅーん』ってするところなんだけど」

「ぎゅーん、ですか。ぎゅーんって何ですか」

「それがわかれば苦労はしないよ……多分その後の『パーン』に繋がると思うんだけど」

 顔を引き攣らせた桔梗の呟きにため息交じりに返答してから自分の考えを述べる。それを聞いたななさんが顎に手を当てながら口を開く。

「『パーン』ってことは何かを爆発、または解放した感じですかね」

「その何かは霊力、かな。じゃあ、その前の工程で霊力を集中させて一気に解放するとか?」

「霊力を『ぎゅーん』と集中させて『パーン』と解放する。一応、辻褄と言うか、流れはできていますね」

 僕とななさんの考えを桔梗がまとめるとそれっぽい文章になったのでちょっとだけ感動した。あの酷い文章からここまでよくできたものだ。

「とりあえず、今はそれで行こう。次に体の中で霊力が『ぐるぐる』して『ちゅどーん』、か。ぐるぐるは解放した霊力を体の中で巡らせるって感じするよね」

「ちゅどーん……これが『夢想転身』ですよね」

「では、霊力をぐるぐるさせたら完成ってことですか?」

「そんな簡単な話じゃないとは思うんだけど……後は試行錯誤かな」

 肉体強化と言っても奥義の一つである。習得するのも大変だろう。試行錯誤するには危険な技だが今はこうするしかない。

「あ、それと奥義のことは霊夢たちには言わないようにね」

「え、どうしてですか? 協力してくれるかもしれませんよ?」

「霊夢さんたちに心配かけたくないから、ですよね」

 ななさんの言葉に僕は黙って頷いた。僕も最初は霊夢たちにアドバイスして貰おうと思っていた。しかし、僕の予想以上にこの奥義は危険だったのだ。試行錯誤してみて習得できなかった時は霊夢たちにも協力して貰うかもしれないが、止められる可能性があるのでまずは僕たちだけで練習したかったのである。

 僕の意見に桔梗とななさんも賛成してくれたので霊夢たちには内緒で奥義の練習をすることになった。

 


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