歩き始めて数分、咲の話通り、キョウたちが入れるほど大きな洞を見つけた。すでに雨に打たれていたせいですっかり濡れてしまったキョウと咲は急いで洞の中へ入る。因みに即席の松明は洞を見つけるちょっと前に雨で消えてしまった。まぁ、洞の中で火は使えないので丁度よかったと思う。
「ここなら雨宿りできそうですね」
洞の中で雨宿りという行為に少しだけわくわくしているのか嬉しそうに笑いながらキョウが洞の奥に移動し、座った。桔梗もすぐにキョウの頭に着陸する。しかし、咲だけは狼狽えるように視線をあちこちへ逸らしていた。無理もない。キョウと咲が入れるほど広い洞と言っても入れるだけであって二人が伸び伸びと寝転がれるほどの広さはないのだ。つまり、洞の奥に行けばキョウと密着することになる。しかし、入り口付近では入り込む雨に打たれてしまう。完全に板挟みとなったせいで咲は動けなくなってしまったのだ。
「咲さん?」
立ったまま動かない咲を見て首を傾げるキョウ。桔梗も不思議そうに咲を見ていた。
「え、えっと……」
「ほら、そこだと雨に打たれちゃいますよ」
そう言いながらキョウは自分の隣の地面をポンポンと叩く。もう逃げられないと判断したのか顔を赤くしながら『失礼、します』と咲はおそるおそるキョウの隣に座った。その拍子にキョウと咲の肩が触れる。
「ッ――」
ビクッと体を震わせた彼女だったがその場で小さく震えていた。ここで逃げてしまったらキョウを避けているように見えるため、逃げられなかったのだ。
「寒いんですか?」
震えている咲を見て勘違いしたキョウが彼女の手を握る。少しでも暖めようとしたのだろう。しかし、それは完全に悪手だった。優しく手を握られた彼女は呼吸すらまともにできないほど緊張することとなり、顔を更に赤くする。
「顔が真っ赤……もしかして、風邪引いちゃったんじゃ!」
そのせいでキョウの勘違いが加速し、熱を測るために咲の額に空いている手を当てた。すでに咲の呼吸は停止している。そろそろ解放してあげなければキュン死してしまいそうだ。
(やめてあげて……)
だが、五歳児に察しろとは言えないし、言う手段もない私は深いため息を吐くしかなかった。どうにかしないと咲が死んでしまう。
「すごく熱い。桔梗、咲さんを診てあげて」
「はい、わかりました!」
「ッ……ハッ。ぁ……」
「じゃあ、咲さん――」
額から手を放したおかげで何とか一命を取り戻したと安心した咲だったが、本当の
「――横になってください」
そう言って自然な動きで咲の体を引っ張り、自分の太ももにその頭を乗せる。そう、膝枕だ。
「……」
(咲いいいい!)
止めを刺された咲は嬉しそうに微笑みながら目を閉じた。それが大勢の身内に囲まれながら息を引き取ろうとする老人のようで思わず叫んでしまう。そんな彼女に気づかないまま、桔梗が咲の胸に降りて両手を緑色に光らせ、診察を始める。
「えっと……これでもない。これでも、んー、これでもないですね。至って健康だと思いますけど」
「でも、すごく熱かったよ?」
「そうなんですよね。発熱と異常な鼓動の速さ……ん?」
そこで何かに気付いた桔梗は咲の顔を見てすぐに頬を膨らませた。これはもしかして咲の恋心に気付いたのだろうか。
「桔梗?」
「咲さんは健康です! そうやって膝枕しながら頭撫でてあげればきっと元気になりますよ!」
やはり、桔梗は気づいたようだ。腕を組んでキョウからそっぽを向いているのも、自分というものがありながらフラグを立てたことによる嫉妬だろう。何とも可愛らしい理由である。そして、キョウの将来も心配だ。5歳児で立派なフラグ建築士。大人になったら一体どれだけの女の子を泣かす男の子になるのだろうか。
「咲さん、大丈夫ですか?」
「は、はぃ……大丈夫、です」
桔梗に言われた通り、頭を撫でる。しかも、優しく声をかけるオプション付き。顔をだらしなく緩ませた咲は朦朧とした様子で返事をする。全然大丈夫そうには見えない。さすがに桔梗もそんな咲の様子が気になったのかキョウたちの方を振り返っている。
「もう、どうしたんですか。もしかして眠たいのかな」
「いえ、これは完全にメロメロにされているだけだと思います」
「めろ……何?」
どうやら、キョウの頭の中の辞書に『メロメロ』という言葉はなかったようで不思議そうに首を傾げていた。その間も彼の手は止まらず、優しい手付きで彼女の頭を撫でている。
その姿は頑張った子供を褒めている親のようだった。
「咲さん」
そんな私の思考が移ったのかキョウは小さく微笑みながら少しだけ濡れた咲の前髪をかき分け、彼女と視線を合わせる。まさか見つめられるとは思わなかったのか咲は言葉を失い、黙ってキョウの顔を見上げていた。
「ゆっくり休んでくださいね」
「え?」
「僕、知ってるんですよ? 咲さんがどれだけ頑張ってるか。皆のために働いて、考えて、悩んで、笑って、泣いて……だからこんな時ぐらいゆっくりしてください。あ、なんなら眠っちゃっても構いませんよ」
「でも……」
やはり、年上としてのプライドがあるのか彼女は躊躇い、言葉を濁す。もちろん、プライドだけが理由ではないはずだ。好きな人に自分の弱っている姿を見せる。それは少しばかり勇気のいる行為だろう。ましてや、数日前、咲はキョウの提案を保留にした。それなのに今更頼ってもいいのか悩んでいるに違いない。
「大丈夫、誰も見てません。もし、年下の僕に頼るのが嫌なら早く咲さんに頼って欲しい僕の露骨な点数稼ぎだと思ってください。ほら、僕ってとてもゲスな子です。そんな子、利用しちゃってください」
「そんな……キョウ君はとてもいい子だよ」
「なら、咲さんはもっといい子です。いい子なら寝てくれますよね?」
「うん……うん?」
キョウの巧みな言葉選びに咲はいつの間にか頷いていた。本当に五歳児とは思えない子だ。まぁ、おそらく何度か私の力を譲渡したことによる精神年齢上昇のせいでもあるのだろう。もっと慎重にならなければ。
「いい子いい子」
「うぅ……」
寝つけない子供を寝かしつける親のような表情を浮かべるキョウとさすがに五歳児に子供扱いされるのは恥ずかしいらしく顔を赤くして目を閉じる咲。そして、数分と経たずに咲の口から寝息が漏れ始めた。
「寝ちゃい、ましたね」
そんな彼女の寝顔を覗き込みながら桔梗が苦笑しながら呟く。あれだけ寝るのを嫌がっていたのにとても幸せそうに寝ているから。
「食材の調達、家事、皆のお世話、周囲の警戒……そんなに一人でやってたら疲れるのも当たり前だよ。もっと頼って欲しいのに」
「マスターだからこそ頼れないってことかもしれません」
「それってどういうこと?」
「……これはマスターが気付くべきことだと思いますので私からは何も」
そう言って桔梗は『外の様子を見て来ます』と言って洞の外に出て行ってしまった。服は濡れてしまうが彼女は人形。風邪を引くことはない。そのため、周囲の様子を見て来るのに最も適しているのだ。特に今は眠っている咲はもちろん、膝枕をしているキョウも動けない。まぁ、色々な理由は思い浮かぶが、きっと咲に気を使って2人きりにさせてあげただけだろう。
「……」
洞から出て行った桔梗の背中をキョウは黙って見ていた。しかし、その間も咲の頭から手を離さない。
「……いつか僕に話してくれますか?」
「すぅ……すぅ……」
少しだけ寂しそうに呟いたキョウの言葉に対し、咲は寝息を立てるだけだった。
いちゃいちゃ回かと思いきやギャグ回かと思いきや意外にシリアスっぽい終わり方でした。そろそろAパートもあのシーンに移ります。あの惨劇の中、吸血鬼は一体、何をして、何を思ったのか。
お楽しみに。