東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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そう言えば、ハーメルンに東方楽曲伝を投稿して早1年が過ぎました。
これからも東方楽曲伝をよろしくお願いします!


第343話 欲しい物

「み、見ちゃ駄目!」

 非現実的な光景を目の当たりにしたせいで呆然としていた僕の目を霊夢が背後から塞いだ。確かに僕は男なので女性の裸を見るべきではない。だが、僕の目を塞ぐために彼女と密着することになり、思わずドキッとしてしまった。

「れ、霊夢! 近いよ!」

「でも」

「じゃあ、後ろ向くから!」

 僕と霊夢はその場で体を反転させる。こうすれば後ろを振り返る時に女性の裸を見てしまうこともない。霊夢もすぐに離れてくれた。

「ねぇ、その人……霊夢の知り合い?」

「……いいえ、会ったこともなければ見たこともないわ。そっちは?」

「僕もないよ」

「そうよね。なら、誰なのかしら?」

 そう言いながら後ろにいる霊夢が女性に近づく気配がした。

「怪我は……なさそうね。本当に眠ってるだけみたい」

「眠ってるだけって……裸の時点で異常だと思うんだけど」

「くしゅっ」

 霊夢の言葉に顔を引き攣らせていると不意にくしゃみが聞こえる。おそらく女性がくしゃみをしたのだろう。こんなところで裸で寝ているのだから当たり前だ。

「どうする?」

「……連れて行きましょう。さすがに放っておけないわ」

「うん、そうだね。それじゃ……桔梗に運んで貰って――」

 男の僕が裸の女性を運ぶわけにもいかないし、霊夢では大人の女性を運べない。なので、桔梗に頼もうとしたが桔梗の姿がないことに気付く。それに今まで一言も言葉を発していなかったことにも。

「霊夢!」

「何?」

「桔梗がいない!」

「……いるわよ。ここに」

 僕の言葉を聞いて桔梗の存在を思い出したのか霊夢はすぐに教えてくれた。ここに、ということは女性の近くにいるのだろう。しかし、彼女の声はいつもより低かった。どこか緊張しているような。

「……欲しい」

「っ……」

 背後から桔梗の声が聞こえた。そして、すぐに理解する。物欲センサーが反応していた。だが、おかしい。女性は荷物はおろか衣服すら着ていない。物欲センサーが反応する対象がないのだ。そう、思っていた。

「欲しい」

 桔梗がもう一度、呟く。振り返りたい衝動に駆られるが何とか我慢した。霊夢も物欲センサーが働いている時の桔梗を見たことがあるのですぐに動けるように構えているらしく、背後に霊力の乱れを感じる。

「欲しい……欲しい」

「霊夢、桔梗の様子は?」

「……ゆっくりと女性の方に近づいてるわ。それと緊急事態だからこっち向いていいわよ」

 さすがに暴走状態の桔梗を止める自信がないのか霊夢から許可が下りた。女性の方を見ないようにしながら振り返り、桔梗を見つける。物欲センサーが働いているせいでフラフラとしていた。

「欲しい――」

 そう言葉を紡いだ桔梗は女性の体に触れ、欲しい物の名前を言った。

 

 

 

 

 

「――魂が欲しい」

 

 

 

 

 

「ッ! 霊夢!」

 嫌な予感が頭を過ぎり、そう叫んだ。すぐに霊夢が博麗のお札を投擲する。

「きゃぅ……」

 桔梗にお札が直撃し、吹き飛ばす。こうでもしなければ桔梗は正気に戻らない。もし、あのまま放置していれば何をしていたかわからなかった。そう、咲さんの時のように。

「あ、れ……私、何を……」

 やっと正気に戻ったようで吹き飛ばされた桔梗は周囲を見渡しながらこちらに向かって来る。そして、僕たちの視線で暴走していたことに気付いたのか顔を青ざめさせた。

「あ、あの……もしかしてまた私やっちゃいましたか?」

「……いいや。今回はやっちゃう前に何とかなったよ」

 震えそうになる声を抑えて桔梗を抱っこする。いきなり抱っこされたからか、僕の方を見上げて不思議そうに彼女は首を傾げていた。

 今まで桔梗は何度も物欲センサーが反応し、暴走して来た。しかし、その全ては物体に反応していた。咲さんの時も死んでいる時点で(言いたくはないが)ただの肉だと言い換えることもできる。だが、今回、桔梗が欲しがったのは『魂』。見ることもできなければ本当に存在していることを証明すらできない。あのまま桔梗を放置していたら魂を得るために何をしていたのだろうか。そして、魂を得たら彼女はどうなっていたのだろうか。

「……桔梗、お願いがあるんだけど」

「はい、何でしょう?」

「そこで眠ってる女性を神社まで運んで欲しいんだ」

「女性? あの、何で裸なんでしょう?」

「……さぁ?」

 安全なはずの博麗神社に侵入した妖怪。裸の女性。桔梗が欲しがった『魂』。立て続けに色々なことがあったせいで少しだけ疲れてしまった。とりあえず、今は妖怪を退き、無事に女性を保護したことを喜ぼう。桔梗が右手を巨大化させて優しく女性を持ち上げているのを見ながら同じことを考えていた霊夢と頷き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん……そんなことがあったんだ」

 晩御飯を終え、僕の話を聞いた霊奈はそう言った。霊夢と桔梗には女性の様子を確かめて来るようにお願いしたのでここにはいない。桔梗に『魂』を欲しがったことを聞かれたくなかった。もし、魂の話をしてまた暴走状態になってしまったらどうなるかわからないからだ。

「霊奈はどう思う?」

「んー……妖怪のことも気になるけど、やっぱりその女の人が起きるのを待つしかないんじゃないかな? 何か知ってるかもしれないし」

「そう、だよね」

「桔梗のことは……わかんないや。前、鍋敷きを食べた時とは違うの?」

「違うわけじゃないんだけど欲しがった物が物だから」

 女性の魂を得るために何をしでかすのかわからないのもそうだが、僕が一番懸念しているのは何かしでかしてしまった後のことだ。咲さんの時も桔梗は暴走し、正気に戻った後、取り乱していた。あの時、咲さんはすでに死んでいたのでショックはそこまで大きくなかったのかすぐに落ち着いてくれたが、もし、欲しい物を得るために誰かを殺してしまったら桔梗はどうなるのだろう。桔梗は人形だが、それ以外は人間と同じである。食べることもできるし、眠らなければ体調を崩す。感情だってある。だから、人殺しをしたら最悪の場合、精神が壊れてしまうかもしれない。それが一番怖かった。

「……キョウは桔梗のことが大好きなんだね」

 これからどうすればいいか悩んでいると小さく笑いながら呟く霊奈。

「だって、桔梗は僕の家族だから」

 桔梗がいなければ僕は今頃、死んでいただろう。妖怪に食い殺されていたか、それこそ精神的に壊れていたか。いずれにしても僕にとって桔梗は大切な存在だ。

「……そっか」

 僕の言葉に対して霊奈はただ相槌を打つだけだった。

「霊奈?」

 天真爛漫な彼女にしては珍しく寂しそうな笑みを浮かべていたので思わず、名前を呼んでしまった。だが、霊奈は何も言わずにお茶を啜っている。その姿は少しだけ霊夢に似ていた。

「マスター!」

 その時、障子が勢いよく開き桔梗が居間に飛び込んで来る。しかし、勢いが強すぎたのか僕と霊奈の前を通り過ぎて壁に激突してしまった。

「お、おぉぅ……」

「桔梗、大丈夫?」

「はい……ってこんなことをしている場合ではありません! 例の女性が目を覚ました!」

 顔面を押さえてゴロゴロと畳の上を転がっていた桔梗だったがすぐに浮上して報告する。女性が目を覚ましても桔梗は暴走していないようだ。一先ず、安心した。まぁ、暴走した時のために霊夢と行動させていたので最悪の事態にはならないとは思っていたが。

 だが、まだ安心はできない。あの女性の正体がはっきりさせなければ。僕と霊奈は桔梗の後を追って霊夢と女性がいる部屋に向かった。

「霊夢、入るよ」

「ええ、どうぞ」

 霊夢の声が聞こえたので部屋の中に入る。そこには霊夢たちの師匠の寝間着を借りたのか、白い着物を着て布団の上で正座している女性と布団の横で腕を組んで目を閉じている霊夢がいた。少しだけ空気が重い。

「あの……あなたが私を助けてくれた、ますたぁ……さんですか?」

 女性は不安そうにこちらを見ながらそう尋ねて来る。

「あー、初めまして。『時任 響』って言います。こっちは『博麗 霊奈』」

「どうもー」

「キョウ、さんと霊奈さんですね。初めましてー」

 先ほどまで眠っていたとは思えないほどほのぼのとした挨拶になってしまった。霊夢の隣に移動して座る。霊奈もその後に続く。

「それで……あなたは?」

「えっと、そのー」

 女性の名前を聞いたが、何故か彼女は言い淀んで目を逸らした。何か事情でもあるのだろうか。霊奈と目を合わせて首を傾げているとすぐに女性が口を開いた。

「実は……記憶がないんです」

「え?」

「自分の名前も、住んでいた家も、家族のことも……何も思い出せないんです」

 記憶喪失。全裸で眠っていた時点で何か事情があるとは思っていたが、まさか記憶がないとは。なら、あの妖怪のことを聞いてもわからないだろう。いや、今はそんなことよりも彼女のことだ。どう励ますべきか。生憎、記憶喪失の人に初めて会ったのでどのような言葉をかければいいのかわからないのだ。

「大丈夫ですよ」

 不意に桔梗が女性の握りしめた拳に両手を置いた。

「桔梗、さん?」

「大丈夫ですよ。ここには優しい人ばかりです。貴女の味方になってくれる人たちです。だから、安心してください」

 彼女の手を優しく撫でながら桔梗は上を見上げて笑う。それを見て僕は思わず、目を丸くしてしまった。桔梗は初めて会う人に対して少しばかり警戒する。そんな彼女が目覚めたばかりの女性を励ました。これも『魂』を欲しがったことと何か関係があるのだろうか。

「……ありがとうございます」

 桔梗の言葉を聞いた女性は目に涙を浮かべてお礼を言う。この様子なら大丈夫そうだ。

「霊夢、どうする?」

「あなたはどうしたい?」

「いや、居候の僕に意見を求められても……」

 僕に決定権などあるわけないのに。それに気付かない霊夢でもない。何か考えでもあるのだろうか。

「うーん……少しの間でもいいからここに住まわせられない? もしかしたら記憶が戻るかもしれないし、桔梗のあれもまだ解決してないから」

「本心は?」

「放っておけない」

 何となく――この人を見捨てたら取り返しのつかないことになる。そんな予感がした。霊夢と霊奈も僕と同じ意見だったのか納得したように頷いている。桔梗も懐いているようだし、反対する人はいなさそうだ。

「私が言うのも変ですがいいんですか? こんな怪しい人を住まわせてしまって」

 桔梗を抱っこしながら確認するように問いかけて来る女性。

「悪い人はそんなこと聞きませんよ。それに霊夢と霊奈は勘が鋭いのですぐにわかります」

「そう、ですか……では、お言葉に甘えさせていただきます。これからよろしくお願いしますね」

 女性は嬉しそうに笑いながら頭を下げる。その拍子に彼女の豊満な胸が桔梗の顔面を押し潰した。息ができないのかもがく桔梗だったがそれに気付いていないようで頭を下げた状態で制止している。僕たちが何か言わない限り、頭を上げるつもりはないようだ。礼儀正しいのだがさすがに僕たちは窒息しかけている桔梗を見て顔を引き攣らせることしかできなかった。

「どうしました?」

 何も言わない僕たちを不思議に思ったのか顔だけ上げてこちらの様子をうかがう女性。

「か、体起こして! 桔梗が死んじゃう!」

「へ? あっ! す、すみません!」

「うきゅぅ……」

 目を回している桔梗を泣きそうになりながら揺らしている彼女を見て僕は少しだけ不安になるのだった。

 


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