まだスペルカードルールができていないのに霊夢が普通に霊符と言っていたので底の部分をカットしました。
「月や雪、皆を支えるのはお姉ちゃんの役目だって思ってて。でも、こいしお姉ちゃんは警戒心があまりなくて……なら私が頑張らなきゃって。お姉ちゃんが皆を引っ張って、私が後ろから見守ろうって。そう、思って今まで……がんばって、きたの」
「……」
「最初の頃はよかったんだけど、どんどん辛くなって。でも、こいしお姉ちゃんを心配させたくなくて、心を読まれないようにこいしお姉ちゃんの前では楽しいことばっかり考えて。独りになったら心配して……怖くて、こわ、くて」
声を震わせながら彼女は溜め込んでいたものを全て吐き出す。顔を涙でぐちゃぐちゃにして。無理もない。咲は私から見てもしっかりした子供だ。しかし、結局のところ“子供”なのだ。どんなに大人っぽくても決して大人ではない。誰かが守らなくてはならない存在なのだ。
「なら、今からでもこいしさんに相談すれば……」
「……ううん。それはしたくない」
キョウの提案を彼女はすぐに拒否した。意地を張っているわけではないようだが、理由はわからない。
「もし、今までのことを話せば絶対にお姉ちゃんは落ち込んじゃう。そうしたら他の子たちも不安がると思うんだ」
確かに子供たちがいつ妖怪に襲われてもおかしくない危険な旅をしているのに笑っていられるのはこいしが皆を引っ張っているからだ。だが、リーダーであるこいしの弱い部分を見ればどうなるだろう。不安になるに決まっている。それを咲は危惧しているのだ。
「だからって咲さんだけが我慢するのはおかしいと思います。こいしさんだって、皆だって咲さんの気持ちを知ればきっと!」
「うん、きっと励ましてくれると思う。私だけが背負うこともなくなると思う……でもね。その分、皆も背負うことにもなるの。まだ、あんなに小さな子たちにこれを背負わせるのは、嫌なの」
咲の背負っているものは決して軽くはない。いつ妖怪が襲って来るかわからない恐怖。この先の不安。皆の心配。部外者への疑心。姉としての責任。それを彼女は何年も背負い続け、耐えて来た。耐えて来たからこそ重さを知っている。知っているからこそ背負わせたくない。彼女は――優しすぎるのだ。他の子に背負わせるくらいならば自分で背負う。そっちの方が気が楽だから。罪悪感を抱かなくていいから。だから、彼女は独りで背負った。
「……その皆に、僕も入ってるんですか?」
「……どう、なんだろう。私もまだわかんないや」
キョウはここに来たばかりだ。背負わせたくないと思えるほど咲と仲良くもなっていなければ、背負わせられるほど信頼も得ていない。つまり、まだ咲にも仲間と認められていないのだ。だが、この事実にキョウも咲も気づいていない。これに気づけるほど彼らは大人ではなかった。
だからだろうか――。
「なら、僕にも背負わせてください」
――仲間とも認められていなければ信頼も得ていない部外者は手を差し伸べた。
「旅をしてからまだそんなに経っていないけど……僕は皆が大好きです。こいしさんも、子供たちも、咲さんも……だから、大好きな人が苦しんでるのを見たくないんです。お願いします。僕に……僕たちにそれを分けてくれませんか?」
「っ……え、あ、その……」
キョウの真剣な眼差しを受けた咲は迷うように視線を逸らす。その先にはキョウと同じように彼女を見つめている桔梗がいた。
「……そろそろ、帰ろっか」
沈黙を破った言葉は――まさかの保留だった。
「……え?」
保留にされるとは思わなかったようで目を点にするキョウを放って咲が魚の入った籠を持ってベースキャンプの方へ歩き始める。キョウも慌てて荷物をまとめ、彼女を追いかけた。
(まぁ、無理もないか……)
キョウは少しだけ急ぎすぎてしまったのだ。仲間でもなければ信頼も得ていない部外者。そんな存在の願いを受け入れるわけがない。咲は人一倍臆病で慎重に事を進める性格だ。いや、そんな性格になってしまった。救いは拒否されなかったことか。
「……はぁ」
まぁ、それことに気づけるほど大人ではないキョウはかなり落ち込んでいた。頼りにされていないと認識しているらしい。先ほどから深いため息を吐き、その度に桔梗に励まされている。
「……ふふ」
そんな彼らを見て咲は小さく笑った。認められていないわけではない。ただ気持ちの整理がついていないだけ。今、咲に必要なのは時間なのだ。キョウを仲間と認め、信頼して、一緒に背負っても潰れないと確信できるまでの時間が。まぁ、あの様子では案外早く解決しそうだ。
「おねーちゃーん!」
もう少しでベースキャンプに着くといったところで雪ほどの男の子が草むらをかき分けて現れた。喧嘩でもしたのか顔をくしゃくしゃにしている。
「どうしたの?」
魚の入った籠を地面に置いて泣いている男の子に話しかける咲。先ほどまで不安がっていた彼女とは思えない。
「僕のテントに、穴あいたぁ!」
「え? でも、あのテント直してまだ2日だよ?」
「ケンタとヨシオが遊んでて……それで、僕のテントに!」
どうやら、ケンタとヨシオが遊びに夢中になっていて彼のテントに突っ込み、その拍子にテントが破れてしまったらしい。せっかく2日前に直したのにすぐに穴が開いてしまったのでショックだったようだ。それを聞いた咲はその場に膝を付いて彼の頭に手を乗せ、優しく撫でる。
(……ん?)
「よしよし……後でお姉ちゃんが一緒に直すからね」
「ホント?」
咲の言葉を聞いて男の子はすぐに泣き止んだ。それどころか笑みすら浮かべている。
「うん。あ、でも、今日の晩御飯の準備のしなきゃ。誰か、このお魚さんをこいしお姉ちゃんのところまで運んでくれると助かるんだけどなー」
「っ! 僕、行って来る!」
泣いていたはずの男の子は咲の籠を掴んでそのまま走って行ってしまった。先ほどまで泣いていたとは思えないほど元気になっている。
(今のは……)
「あやすの上手ですね」
何とも言えない違和感を覚えているとキョウが感心したようにそう言った。
「これでもお姉ちゃんしてるからね……ねぇ、キョウ君」
「はい?」
「……テント、直すの手伝ってくれる?」
「……もちろん!」
満面の笑みを浮かべて頷くキョウ。それに対し、咲は少しだけ慌てた様子で背ける。その顔は若干だが、紅くなっているようにも見えた。
(……これは)
妖怪に襲われそうになっているところに颯爽と現れ、見事妖怪を打ち倒した。自分の妹の命を助けてくれた。疑っていたが、本当にいい人だとわかった。自分のことを心配して怒ってくれた。一緒に背負うと手を差し伸べてくれた。
考えうる理由はいくらでもある。いや、これら全てが原因かもしれない。
(ああ、そういうこと……)
確かに咲には時間が必要だった。だが、それはキョウを仲間と認めることでも、キョウを信頼することでもなく――自分の気持ちに向き合う時間だった。
「じゃあ、急いで帰りましょう! そろそろ暗くなって来ちゃいますからその前に直さないと」
そう言ったキョウは未だ立ち膝を付いている咲に手を差し出す。
「う、うん……そう、だね」
それを遠慮がちに握り、立ち上がる咲。そして、2人は手をつないだまま、歩き始める。
『……頑張れ、女の子』
私は真っ赤な顔を俯かせながらキョウに引っ張られるように歩く咲を密かに応援した。