東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第340話 風弓

「くっ……」

 咄嗟にお札を投げて結界を貼り、妖怪の攻撃を防ぐ霊夢。しかし、結界は簡単に壊れてしまう。前に霊夢の結界を見せて貰ったが、僕は一度も彼女の結界を破壊することはできなかった。それほど妖怪の攻撃力が高いということなのだろう。

「桔梗【ワイヤー】!」

 腰に長方形の箱を装備して霊夢に向かってワイヤーを飛ばす。こちらに気付いた彼女はすぐにワイヤーを掴んだ。急いでワイヤーを回収し、霊夢の体をこちらに引き寄せて妖怪から距離を取った。すぐに桔梗【盾】を構える。その次の瞬間に盾に凄まじい衝撃が襲った。桔梗【盾】の特性である衝撃波ですら殺し切れないのだ。

「時間稼いで!」

 後ろから霊夢の声が聞こえてすぐに盾を引く。そして、一気に前に押した。防御の盾ではなく攻撃の盾。わざと相手に盾を当てて衝撃波を喰らわせる技だ。霊奈と新技を考えた後、僕も自分なりに新しい技を考えてできたのがこの技である。

 盾が激突し、衝撃波を受けた妖怪はうめき声を漏らしながら後退する。本来なら相手を吹き飛ばすほどの威力なのだが、目の前にいる妖怪は重いか脚力があるようで踏ん張られてしまった。すぐに妖怪が僕に向かって突っ込んで来る。それを盾で受けようと構えるが、妖怪の姿が一瞬にして消えた。

「後ろです!」

 桔梗の叫びを聞いて体ごと振り返る。だが、妖怪の爪がすぐそこまで迫っていた。直撃だけは避けようと無理矢理盾と体と爪の間に割り込ませるも盾の縁に当たる。そのせいで上手く衝撃波が発生せず、吹き飛ばされてしまった。急いで桔梗【翼】を装備し、空中で急停止する。

「霊夢!」

 術式を組んでいる霊夢に妖怪が突進しているのを見て叫んだ。しかし、彼女は術式を組むのに必死で動こうとしない。術式を組むのが得意な霊夢でも難しいのか額に汗を滲ませている。翼を振動させてトップスピードで霊夢の元へ飛ぶがこのままでは間に合わない。咄嗟に博麗のお札を妖怪の足元に向かって投げ、爆発させる。いきなり足元が爆裂したので妖怪は怯み、バックステップして逃げた。

「はああああ!」

 背中の鎌を抜き、妖怪に向かって振り下ろす。振動を真上に放って威力を底上げするが渾身の一撃は妖怪の爪で受け止められてしまった。攻撃後の硬直で動けない僕の脇腹に妖怪の足蹴りが直撃する。そのあまりの威力に一瞬だけ意識が飛び、地面に叩きつけられた衝撃で我に返った。

「ガッ、は……」

 痛い。呼吸が上手くできない。もしかしたらどこかの骨が折れているのかもしれない。

「マスター、大丈夫ですか!?」

 背中から桔梗の心配そうな声が聞こえる。でも、痛みで返事ができない。霞む視界の中、妖怪が霊夢の方へ向かうのが見えた。早く、早くしないと霊夢が。

 ――どうして、そこまで頑張るの?

 どこからか声が響いた。聞き覚えがないはずなのに妙に懐かしく、それでいて近く感じる。そんな声が僕にそう問いかけた。

「がん、ばる……」

 確かに僕と霊夢は出会ったばかりだ。僕の時空跳躍は発動するまでの関係。でも、彼女は僕に手を差し伸べてくれた。一緒にご飯を作ったり食べたりしてくれた。それが、嬉しかった。桔梗と出会う前――いや、幻想郷に来るまで僕は独りだったから。両親も、友達もいたけれど、僕と一緒にご飯を食べてくれる人は、一緒に寝てくれる人はいなかった。

「絶対、に……」

 桔梗【翼】から【盾】に変形させ、地面に付き立てる。それを支えにして立ち上がった。霊夢と妖怪の距離はすでに目と鼻の先。今から向かっても妖怪が霊夢を八つ裂きする方が早いだろう。霊夢の術式もまだ完成していない。

(それ、でも……)

 諦めたくない。彼女は言ったのだ。時間を稼いでくれ、と。こんな僕を信じて託してくれた。その期待に応えたい。彼女を、守りたい。もうあの時の悲劇を繰り返さないために。

 ――ふふっ。そう、ね……そうよね。なら、力を貸してあげる。今度こそ、守ってあげる。

 誰かが笑う。その瞬間、僕の体から青い光が漏れた。脇腹の怪我がどんどん治っていく。

 ――さぁ、一緒に霊夢を守りましょう?

「……うん!」

 そう頷いた瞬間、桔梗【盾】が輝き始めた。あまりの輝きに妖怪が動きを止めてこちらを振り返る。その間にも盾の形が変わって行き、蒼い弓になった。

「これは……」

「嘴と糸の変形です、マスター!」

 まさかこのタイミングで新しい変形が生まれるとは思わず、呆けてしまう。だが、霊夢よりこちらを脅威と感じたのか妖怪が再び突っ込んで来た。急いで桔梗【弓】を構えるが、肝心の矢がなかった。

「矢は!? 矢はないの!?」

「……ないですね」

「そんなああああ!」

 混乱していると妖怪が僕を殺そうと腕を振るう。咄嗟に桔梗【弓】で受け止める。甲高い音が響き渡った。妖怪の剛腕に膝を付きそうになってしまうが、歯を食いしばって耐える。

「きつっ……」

 ――頑張って!

 そんな声と共に体の底から力が湧き、それに共鳴するように弓が青く光り風が吹き荒れる。それはあの青怪鳥の羽ばたきによって生じた風圧を彷彿とさせた。

「ッ!?」

 暴風によって妖怪の体が浮き、吹き飛ばす。ここだ。

「マスター!」

 桔梗の絶叫に応えるように弓を構え、魔力を指先に集める。想像するのは1本の矢。あの妖怪でも貫けるほどの鋭く、細い、頑丈な矢。

 すると、僕の手に青い矢が生まれた。それを弓に番え、力いっぱい弦を引く。産まれてから弓など持ったこともなければ触れたこともない。それなのにどのように弦を引けばいいのか、姿勢をどうすればいいのか、呼吸の仕方が全て頭の中に入って来る。いや、入って来るのではない。最初からわかっていたかのように体が勝手に動くのだ。こう動けば間違いないと本能が語ってくれているのだ。

「いっけええええええ!」

 パシュ、ととても小さな音と共に青い矢が射出された。矢が妖怪の腹に突き刺さる。そして、刺さった瞬間、矢から風が巻き起こり、更に加速した。

「――――!!」

 矢に押され、木に叩きつけられた妖怪が悲痛な叫びをあげる。それでも矢は消えない。逃がさないと言わんばかりに。

「……お待たせ。格好良かったわよ」

 そんな声が聞こえ、振り返ると宙に浮いた霊夢を見つける。その周囲には4つの弾が飛んでいた。そんな弾を操っている彼女は僕に向かって微笑んでいる。

「れい、む……」

 僕はその姿に思わず、見惚れてしまった。あまりにも幻想的な光景だったから。いや、それ以上に彼女がとても、綺麗だったから。

「『夢想封印』」

 静かにそう唱えた刹那、4つの弾が妖怪に向かって飛翔し、爆裂する。

「うわっ」

 爆風に煽られるが弓を地面に突き刺して何とか耐えた。暴風が止み、目を開けるとそこには何もなかった。妖怪を木に縫い付けていた僕の矢も、大きな木も、妖怪も。

「ふぅ……」

 宙に浮いていた霊夢は肩で息をしながら着地する。あれほどの威力だったのだ。霊力の消費も激しかったのだろう。

「……」

 そんな彼女に声をかけようとするが、何故か先ほどの霊夢が思い浮かんで言葉を詰まらせてしまう。

「ん? どうしたの?」

「え、あ、いや……さっきの技は何?」

 誤魔化すように質問する。僕の様子がおかしいことに気付いているのか首を傾げた霊夢だったがすぐに僕の質問に答えてくれた。

「あれは博麗の巫女が使える技……のような物ね。まだ練習中で半分しか力出せないけど」

「あ、あれで半分!?」

 妖怪を木端微塵にする威力だったのにまだ全力ではないらしい。

「そう半分……だから、木端微塵にはできないはずなのよね。でも、弱ってる様子でもなかったし……まぁ、いいわ。少し疲れちゃったの。帰りましょ」

 やはり、あの技は消費が激しかったらしい。なら、蔵の掃除は僕がやろう。新しい変形が出来たと言ってもそこまで力を消費していないし、怪我もあの青い光のおかげで治っている。

(そう言えば、あの声って……誰だったんだろ?)

「ん?」

 その時、どこかで草むらが揺れる音が聞こえた。普段なら風だと思っただろう。でも、何故かとても気になった。

「キョウ?」

 神社に向かって歩いていた霊夢が振り返って僕を呼ぶ。

「……ちょっと見て来る」

 そう言って、僕は草むらの方へ駆けだす。何か胸騒ぎがする。とても嫌な予感。何か、起きてはいけないことが起きてしまっているような。これから何かが起きてしまうかのような。とても、不安になるような予感。背後から聞こえる霊夢の制止の声すら無視してしまうほど焦っていた。

「ッ……」

 そして、見つけてしまう。

「キョウ、どうした、の……って」

 僕の後ろにいた霊夢もそれを見て言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 とても綺麗で腰まで届きそうなほど長く真っ直ぐな黒髪。目を閉じていても美人だとわかってしまうほど優れた顔。女性なら誰でも羨ましくなってしまうほど整ったスタイル。そんな女性が木に背中を預けながら眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 全裸で。

 


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