「キョウ、手伝って!」
いつものように修行を終え、お昼ご飯を食べている時、不意に霊奈が僕にそう叫んだ。
「手伝うって何を?」
「新技! あれから頑張って練習してるんだけど全然できなくて……」
どうやら、新技の開発に行き詰ってしまったらしい。でも、僕を倒すのを目標にしているのに新技の開発に僕が関わってしまったら意味がないのではないのだろうか。
「お願い!」
そう指摘しようとしたが、両手を合わせて拝むようにお願いして来たので口を閉ざしてしまう。まぁ、新技の内容を知られても技のバリエーションが増えれば戦略も広がるしいいか。
「うん、いいよ」
「やった! じゃあ、お昼ご飯食べたら早速やろっ!」
満面の笑みを浮かべながら霊奈はチャーハンをかきこむ。それを見て霊夢がそっとため息を吐いた。呆れているのだろう。
「新技、か……」
手数が多い僕もそろそろ新しい技を身に付けた方がいいかもしれない。そう思いながらチラリと桔梗を見る。ほっぺたにご飯粒を付けながら嬉しそうにチャーハンを食べていた。
(……まぁ、しばらくいっか)
「桔梗、ご飯粒付いてるよ」
「え? どこですか?」
スプーンを置いてペタペタとほっぺたを触る彼女だったが見当外れなところばかり触っている。僕はそんな彼女を見て苦笑を浮かべた後、サッと彼女のほっぺたに付いていたご飯粒を取り、口に入れる。
「はい、取れたよ」
「は、はぃ……ありがとう、ございます」
「桔梗?」
何故か俯いてしまった桔梗を不思議に思っていると再び、霊夢がため息を吐いた。
「それじゃ新技を開発しまーす!」
「おー!」
家事を一通り終わらせた僕は神社の境内で霊奈と一緒に気合を入れた。こうやって技を開発するのは何気に初めてなのでちょっとだけ楽しみだったりする。因みに霊夢は残りの家事、桔梗はお昼寝をしている。
「「……」」
気合を入れた僕たちはお互いに見つめ合う。そして、ほぼ同時に首を傾げた。
「新技を開発するんじゃないの?」
「うん、だから何かアドバイスちょうだい!」
「あ、そう言うこと……」
まぁ、今まで一人で新技を開発して来て出来なかったのだから僕にアドバイスを求めるのも無理はないか。
「新技ねぇ……うーん」
「……どうしたの?」
「えっと、桔梗が素材を食べれば新しい変形や能力が得られるから……僕自身が新技を開発したことはないんだよね」
「それってつまり?」
「アドバイスは……できないかな」
僕の言葉を聞いた霊奈はその場に崩れ落ちた。アドバイスを貰えれば簡単に新技を開発できると踏んでいたのだろう。
「ほ、ほら、三人寄れば文殊の知恵って言うし! 僕も手伝うから一緒に頑張ろ!」
「そう、だね……うん、頑張ろ!」
元気を取り戻した霊奈と頷き合う。そう、僕たちは独りじゃない。
「まずはどんな技にしたいか考えてみよう。どんな技がいい?」
「ドカーンってやってズバーンってやってズバババーって!」
「オッケー、少し落ち着こうか」
そんな擬音語ばかりで説明されてもわからない。そもそも霊奈の技は博麗のお札を投げるか結界で鉤爪を作ることだ。それからかけ離れているような技はできないだろう。
「おー、確かに!」
そのことを指摘すると彼女は感心したように頷いた。
「そう言えば、霊奈の技って結界っぽくないよね。結界って何かを守ったり邪魔したりするだけかと思ってたよ」
「これは攻めの結界って言って結界を鋭くしたりして攻撃するんだよ。霊奈はこっちの方が得意だからこっちを練習してるの」
「攻めの結界? なら、守りの結界もあるんだ」
「そっちは霊夢が得意なんだ。あ、それとお師匠様は全部できるけどその中でも援護の結界が得意なんだって!」
「援護の、結界?」
攻めの結界と守りの結界はわかる。しかし、援護の結界は想像できなかった。
「霊奈もよくわかんないけど……結界内の仲間を助けるんだって。後、自分に結界を貼り付けたり」
「貼り付ける?」
結界って貼り付けられるものなのだろうか。それにしても結界にそれだけ種類があるとは思わなかった。
「とにかく、今は攻めの結界を使った技を作ろう。きっとそっちの方が霊奈に合ってると思うし」
「よっしゃー! 頑張るぞー!」
「方向性はこれで決まったから……次は霊奈の弱点を考えよう」
「じゃ、弱点? なんで?」
「その弱点をカバーできるような技にした方がいいでしょ?」
『なるほどー』と言った彼女は腕を組んで唸り始める。だが、それも数秒で終わり、口を開いた。
「いっぱいあるんだけどどうしよ?」
「あー……」
手数の少なさ、攻撃力の低さ、機動力のなさ。少し考えただけでもこれだけ出てしまった。特に霊奈の場合、何かずば抜けたものがない。例えば、僕のように手数の多さで相手を攪乱したり、相手の技を的確にあしらったり、スピード特化の人なら目にも止まらぬ速さで動き、相手に隙ができた瞬間に鋭い一撃を入れたり。このように『これだけは誰にも負けない!』と言えるようなものがないのだ。
「だから、霊奈も何かそう言ったものがあればいいんじゃないかな」
「これだけは誰にも負けない、かー……うーん。食欲?」
確かにたくさん食べるけれどそういうことじゃない。
「キョウは手数の多さだよね?」
「それもあるけど……後は意外性とかかな」
「意外性?」
「ほら、一番最初の模擬戦で霊奈の鉤爪を桔梗【盾】で防いだ時、衝撃波が発生して霊奈、すごく吃驚したでしょ?」
うん、と霊奈は頷く。
「あの時は霊奈がどんなことをして来るかわからなかったから何もしなかったけど、吃驚した瞬間に桔梗【拳】で銃弾をばら撒いてたらどうなってたかな?」
「……蜂の巣だったと思う」
「つまり、僕の強みは相手の不意を突けることなんだ。初見でしか意味ないけどその初見で相手を仕留められる可能性が高くなる。それだけでも勝率はグッと上がると思うんだ」
僕もそこまで戦い方に詳しいわけではないけれど不意を突くというのはとても重要なことだと思う。
「な、なるほど……」
実際に不意を突かれた霊奈はそう呟いた後、目を閉じた。自分の強みを探しているのだろう。
「……霊奈は、霊夢みたいに守りの結界が得意じゃないし、お師匠様みたいに何でもできない。キョウと桔梗みたいに手数も意外性もない。でも……やっぱり、攻めの結界だけは誰にも負けたくない。だから、攻撃あるのみ! 攻撃して、攻撃して、攻撃して! 相手が疲れるまで攻めまくる! 一撃を重く鋭く激しく! 攻撃は最大の防御だよ!」
グッと両手を強く握って霊奈は叫んだ。
攻めて攻めて攻め続ける攻撃特化。何の小細工もない真正面から相手の攻撃を受け止めて叩き潰す。
「……うん、霊奈らしいね」
でも、それが一番、霊奈に合っていると思った。
「じゃあ、具体的な技を作ってみよっか」
「うーん……具体的って言ってもなー。攻めの結界は鉤爪があるし。今から新しい術式を組むのも大変だし……」
「まずは鉤爪の派生技を作るのは?」
「派生、技……っ! そっか!」
何か思いついたのか霊奈は神社の方へ走り出す。
「れ、霊奈!?」
「ごめん! いい感じの術式を思いついたからさっそく組んで来る!」
そう言い残して彼女は神社の中へ消えて行った。
「……全くもう」
術式に関しては何もアドバイスできないので仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。
(できれば最後まで一緒に作りたかったな)
少しだけ残念に思っていると洗濯籠を持った霊夢が神社から出て来るのを見つけた。駆け足で彼女のところへ向かう。
「霊夢、手伝うよ」
「あら、ありがと。霊奈の方はいいの?」
「術式を思い付いたから組んで来るって言って神社の中に」
「ふーん」
そこまで興味はなかったのか霊夢は適当な返事をするだけで洗濯物を干し始めた。僕も洗濯籠から桔梗の予備のメイド服を引っ張り出して干す。
「霊奈から聞いたんだけど結界にも色々あるんだね」
「そうね。私は守りの結界が性に合ってるからそればかりしか練習してないけど」
「へー、やっぱり得手不得手があるんだね」
「師匠が言うには全部使えるようにしなきゃ駄目らしいけどね。攻めるのは面倒だし、援護の結界に限っては術式が複雑すぎて今の私たちじゃ使えないし」
「そんなに難しいんだ、援護の結界って。僕はどの結界が得意なんだろ?」
何となく呟いただけなのだが、それを聞いた霊夢は洗濯物の影からジト目でこちらを見た。
「まずは私の合格点を取ってから。今のままじゃどの結界もできないわ」
「はーい、師匠」
「師匠言うな」
そんな他愛もない会話をしながら洗濯物を干す。バタバタと洗濯物が風で揺れる音を聞きながら空を見上げる。そこには青空が広がっていた。博麗の巫女になることを夢見る女の子を応援するように。
明日で追いつきます。