東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第329話 彼らの成長

「うわッ!?」

 背後から迫る火球を回避するキョウと桔梗。いや、【翼】になっている桔梗が必死に躱していると言った方がいいか。現在、キョウは後ろから追って来る青い怪鳥を倒す作戦を考えているので【翼】のコントロールを桔梗に任せているのだ。

『桔梗、右! 右に避けて!』

 聞こえないのはわかっているが私は大声で叫んだ。もしもの時はキョウと入れ替わって青怪鳥を倒せばいいがそうしてしまうと桔梗に私の存在がばれてしまう。できるだけそれは避けたかった。もし、ばれたとしてキョウや桔梗に警戒されてしまったら泣いてしまうだろう。

『左、左よ! ああ、今度は右から来てる!』

 まぁ、何だか迫り来る火球を回避し続ける光景が映画のワンシーンのようでちょっと楽しいのは秘密である。さすがにキョウが危なくなったら真面目になるけれど。

(でも、このままじゃジリ貧よね……)

 今は何とか回避できているが桔梗の集中力が切れた瞬間、火球が直撃するのは明白。桔梗は青怪鳥の嘴が欲しいらしいが、私とキョウが入れ替わったらあの嘴は諦めるしかないだろう。キョウを傷つけられて手加減できるとは思えない。

「……そうか!」

 すると、何か思いついたのかキョウは笑顔を浮かべて叫ぶ。どうやら、アリスが桔梗に施した魔法の効果がわかったらしい。しかも、桔梗に新しい力があるというではないか。その力は『振動を操る程度の能力』。アリスの施した魔法は『素材を元に武器を作り出す』というもの。その武器とは何も得物だけではない。そう、能力だって立派な武器である。だからこそ、桔梗が携帯を食べても桔梗本人の武器や変形が増えなかった。すでに能力として桔梗の中に発現していたのだから。そして、携帯を食べた桔梗が手に入れた『振動を操る程度の能力』。これは携帯の機能の一つ、バイブレーションが元になったと考えられる。

 新しい力を自覚したキョウと桔梗は振動を駆使して左右に回転するように移動し、火球を回避していく。まさか接近されるとは思わなかったのか青怪鳥は仰け反りながら驚愕の声を漏らす。その隙に青怪鳥の懐に潜り込んだキョウは鎌の刃先に魔力を集中させ、敵の左胸に向かって一気に振り下ろす。鎌は青怪鳥の胸を少しだけ抉り、血が噴き出した。

「うッ、おおおおおおおおおっ!」

 初めて生き物を傷つけたからか一瞬だけ怯んだキョウだったが、すぐに鎌を引き抜き、桔梗【翼】の右翼を勢いよく胸の傷に突き刺す。

「桔梗! お願い!」

「わかりました!」

 キョウの指示に頷いた桔梗は右翼を振動させた。青怪鳥の肉は翼が振動する度に引き千切れ――。

「ギャ、オ……」

 ――完全に息の根が止まった。よかった。今回も何とか切り抜けられたらしい。そう安堵の溜息を吐いた時だった。

「こ、これで……ッ!?」

 一息吐こうとしたキョウの体が落下し始めた青怪鳥の後を追うように落ち始めたのだ。まだ青怪鳥の胸に桔梗【翼】の右翼が突き刺さっているからだ。

「ま、マスター!? 大変です! 右翼が抜けません!!」

『いや、元の姿に戻るだけで抜けるわよ……』

「え!? ちょ、待っ……うわあああああああああッ!?」

 ため息交じりに呟いたが、キョウと桔梗はパニックを起こしているせいでそんな簡単なことにも気づかなかったのか青怪鳥と共に森に向かって落ちていく。

『ああ、もう! 仕方ないわね!』

 まさか戦闘以外の時に入れ替わることになるとは思わず、悪態を吐きながらキョウの意識をこちら側へ引っ張る。そして、私の意識がキョウの体へと移った。私とキョウが入れ替わる際、キョウの意識はなくなるので入れ替わっただけでキョウに私の存在がばれる心配はない。だが、問題は周囲にいる人だ。

「マスター、しっかりしてください!」

 入れ替わった時、一瞬だけ反応がなくなったのを見た桔梗はキョウが気絶したと思ったのか大声を上げた。

「ききょ――へぶっ」

 『変形を解除して』と声をかけようとするが丁度、森の中に入ったのか木の枝が顔面に直撃して怯んでしまう。

「大丈夫ですか!?」

「そんなことより変形を――ぶふっ」

 キョウの体を心配する桔梗にもう一度、言おうとするもまた木の枝に邪魔されてしまった。まずい。このままでは青怪鳥と仲良く地面に激突してしまう。今のキョウは半吸血鬼化しているため、地面に激突するぐらいでは怪我などしないがそのせいで桔梗に怪しまれてしまうかもしれない。

(……桔梗なら『怪我がないなんてマスターすごいです!』とか言いそうね)

 呑気なことを思っていると突然、誰かに抱きしめられた。

「っ! そうか変形を解除すれば!」

 やっとその点に気付いた桔梗が元の人形の姿に戻る。どうやら、キョウの体を抱きしめている人は空を飛んでいるのか青怪鳥だけが落ちていき、大きな音を立てて地面に激突した。

「ふー、何とか間に合ったみたいだね」

 後ろの方から女の声が聞こえる。お礼を言うべきか、それとも相手の正体がわかるまで言葉を発さないでおくべきか。

「あ、あの!」

 悩んでいると桔梗が背後の女に声をかけた。

「ん? おお? 人形が飛んで言葉を話してる!?」

「マスターを助けていただきありがとうございました」

「どういたしまして。困った時はお互い様だよ。まぁ、あの怪鳥に襲われているのかと思って助けようとしたけど、すでに死んでるみたいだね」

 女はそう言いながらゆっくりと下降していく。

「何とか倒すことはできたのですが色々あって怪鳥と一緒に落ちてしまい……マスターも枝にぶつかった衝撃で気絶してしまったようなのです」

 どうやら、桔梗はキョウが気絶していると思っているようだ。ならば気絶したふりをし続けるべきだろう。

「よっと……さて、君のマスターをどこに寝かせようかな。お、あそこなんかよさそう」

 キョウの体を寝かせるのに適している場所を見つけたようで少し歩いた後、そっと地面にキョウの体を置く女。顔のすぐ近くに気配を感じる。桔梗がキョウの顔を覗き込んでいるのかもしれない。目を閉じているから見えないが。

「怪我はなさそうです。よかった……」

「さて、どうしてこうなったのか説明してくれると助かるんだけど…その前に自己紹介かな。私の名前は河城 にとり。よろしくね」

「あ、これはご丁寧にどうもです。こちら、私のマスターであるキョウ。そして、私は桔梗といいます。実は――」

 それから桔梗は青怪鳥に遭遇してからのことを簡単ににとりに説明した。

「なるほど、あの嘴が欲しいのか。ちょっと調べさせてね」

 薄目を開けて2人を観察していると何か思い当ったのかにとりは桔梗に許可を取り、青怪鳥の死体を調べ始める。その間、桔梗はキョウの体を念入りにチェックしていた。ちょっと鼻息を荒くしていたことはキョウに黙っておこう。

「……ねぇ、桔梗」

「はい、なんですか?」

「私が青怪鳥の解体をやるからさ。嘴以外の素材くれない?」

 青怪鳥の素材が欲しいのかにとりがそう提案した。

「私は構いませんが……」

 チラリと桔梗がキョウの方へ振り返る。キョウの許可なく素材をあげてもいいのか悩んでいるようだ。

「正直、その子がこの素材を欲しがるとは思えないよ? それに桔梗だけで解体できる?」

「うぐっ……できません」

「なら、確実に嘴を手に入れる方が賢明だと思うよ」

「うぐぐ……わかりました。解体お願いします」

 丸め込まれたと自覚しているのか項垂れながらも桔梗は頷く。別にキョウは青怪鳥の素材は欲しくないだろうし、なかなか魅力的な提案だと思う。それに素材を手に入れても困るだろうし。

「ありがとー。それじゃぱぱっと解体しちゃおうか」

「あ、私のお手伝いします!」

「うん、よろしくね」

 それから桔梗とにとりは青怪鳥の死体を解体して何とか嘴を手に入れることができた。

「とりあえず、嘴は手に入れたけど……それどうするの? 何かに加工するなら手伝うけど」

 大きな嘴を桔梗に渡しながらにとりは首を傾げる。キョウは子供だし、桔梗は人形だ。嘴から何かを加工できるようには見えない。

「あ、大丈夫です。食べるだけなんで」

「食べるだけなんだ。それは楽……は?」

「いただきまーす」

 目を点にしているにとりの前で桔梗が嘴にかじりついた。キョウの鎌を弾くほどの硬度を持つ嘴だったが、スナック菓子を食べているかのようにパクパクと食べていく。これもアリスの魔法の効果なのだろうか。

「ごちそうさまでした」

「……」

 驚いているにとりと呑気に手を合わせて挨拶をする桔梗を見て少しだけ笑ってしまう。もうそろそろキョウと入れ替わっても大丈夫だろう。そう判断した私は桔梗を問い詰めるにとりを横目にキョウの中へと帰った。


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